第278話 肉肉祭り
「さて肉肉祭りとは何かとゆーとですねえ…」
積まれた石材…いやもう壇上と言っていいだろう。
その上に立って、ミエが村内の者達…即ちこの村在住の村人、旅人、そして行商人たちに解説する。
「元は狩りの獲物…猪とか鹿とかですねー。これがいっぱい獲れた時に行われる行事でー、簡単に言いますとオークさん達がみんなで獲ったお肉をどーん! と集めて! 互いに筋肉を競い合って! 勝ったオークがたくさんお肉を食べる! 負けたオークもお肉を食べる! みたいに大騒ぎするお祭りの事です! 筋肉のお祭りで! お肉の祭り! なので肉肉祭り! です!」
おおお~、と観衆から感心したような声が漏れる。
村の外の者達の多くは、オーク族をもっと原始的で土俗的な連中だと思い込んでおり、そうした文化…祭りの一種だろうか? があることすらよく知らなかったのだ。
クラスクの演説とミエの翻訳は、そうした彼らの誤解を解きほぐす役割も担っているのである。
ただ…より正確に言えばそれは肉肉祭りの内容ではあっても全容ではない。
ミエがあえて口にしていないことがあるのだ。
オーク達がその祭りを執り行うのは大量の狩りの獲物を手に入れたとき。
そして…彼らは襲撃や略奪もまた狩りの一種だと考えている節がある。
つまり彼らのその祭りは森で獣を狩った時だけでなく、近隣の村を襲い大量の収奪をした際にも行われていたのだ。
クラスクが祭りの開催の前に言っていた『収奪日』というのがそれである。
ミエは嘘はついてない。
実際獣を獲った時にもその祭りは執り行われているのだし、この村ではもはや略奪や襲撃は行われていないからだ。
だが村の外のオークどもは未だそうした風習を色濃く残しているはずで、ミエはそれをあえて黙殺していた。
このあたりがギスが彼女を単なるお人よしとは見做さぬ所以であろう。
「そんなわけで! 村の外では今やオークさん達の筋肉の祭典が繰り広げられようとしています! 見学されたい方はご自由にどうぞー! ただし張られたロープの内側でお願いしますねー!」
ミエが手をかざした先には、今や己の筋肉を見せつけんとするオーク共の祭典の場と化していた。
幾つものブースができて、村の衛兵たちがオーク達を案内し、並ばせている。
南門の左右にはいつの間にやらロープが張り巡らされており、オーク以外の観客はそこより先には行けないようになっていた。
この村出身以外のオーク達は他の人型生物との接触に慣れておらず、迂闊に近寄らせるといらぬ騒ぎになるとの判断によるものだ。
村の外にはいつの間にやら大量の酒樽が積み上げられ、肉料理の屋台が立ち並んでいた。
アーリンツ商会の獣人達がクラスクとミエの演説の間にもせっせせっせと運んで整えたものである。
さらには酒も普通に売っている。
こちらはワッフとサフィナが森村からせっせと運んできたものである。
実はクラスクとシャミルが協力し素晴らしい(彼ら曰く、だが)酒の研究をしているようなのだが、残念ながら今回は間に合わなかったようだ。
「各競技の勝者には! この樽に詰まったお酒を息継ぎするまで飲める権利が与えられます! さらに二位以下のオークでも屋台でお肉が食べられます! とってもおとく! さあ気張ってきましょー!」
ミエの声と共にざわざわ、わらわらと村人たちが門の外に溢れ出て、ロープの手前で押し合いへし合いしながら競技の見物と洒落込んだ。
手前で執り行われているのはオーク達による筋肉比べ。
オーク達に囲まれた二人が互いにポーズを取って筋肉を比べ合う競技である。
今で言うボディービルコンテストのようなものだろうか。
ただしその評価に絶対的なものがあるわけではなく、周囲の観客の声援が大きい方の勝利となる。
「さー西丘と西谷の二人、因縁の対決です! 皆さんもよりカッコいいと思った方を応援してあげてくださいねー!」
ミエの声に励まされるように、村の者や旅人たちが目を皿にようにして二人のオークを観察し、それぞれ気に入った方を大声で応援する。
「勝者! 西丘のプカムヴィさーん!」
ミエの翻訳が響き渡り、観客がどっと沸く。
当のプカムヴィはそのまま観客の方に腕を振り上げ肩を怒らせ近づいてゆく。
観客たちはもしやして怒らせたのかと慌てて道を空けた。
だが彼はそのままずかずかと彼らの横を通り過ぎると、脇にある酒樽の一つを両腕で掴み持ち上げぐびぐびと飲み始めた。
「ブハッ!」
そして息継ぎ限界まで飲んだ酒樽をどんと地面に降ろし、その素晴らしい飲みっぷりに再び歓声が巻き起こる。
すっかり気を良くした彼は、そのまま右腕を高く掲げて西丘陣営へと凱旋していった。
「さぁーて次は…丸太石運びです!」
ミエが指し示した方角…その視界の向こうから、各部族のオーク達が大きな石を運びながらやって来た。
丸太の上に大きな石材を乗せ、それをオーク達が二人で押して転がし、後ろに控えたオーク四人が後方に抜けた丸太を拾い上げ前方へと運び再配置。
それを繰り返しながらどんどんと石を運ぶ競技である。
「あーっとこれは早い! 東山チーム早い早い! 今一着で…ゴールイン!」
六人のオークが勝利の凱歌に上げながら腕を高々と掲げる。
「これは族長のヌヴォリさんも大喜びでしょうねー。あ、どーもどもーも」
『虎殺し』の異名をとる東山部族族長ヌヴォリが、勝者として凱旋した村のオーク達にねぎらいの声を上げながらミエに向かって嬉しそうに手を振る。
彼女が社交辞令に手を振り返すと、これまた嬉しそうにぶんぶんと手を振った。
「さて次なる注目は皆さんの右手の方! 今から始まるムキィクルコヴフ! えーっと…オーク相撲…って言ってもわからないですよね。共通語で言うなら徒手格闘のようなものだと思ってください!」
オーク達は斧を格別に得意とするが、素手による格闘も嗜んでいる。
村では戦闘に慣れるため、訓練として或いは純粋な娯楽としてよく徒手によるムキィクルコヴフが行われていた。
そのルールは単純なもので、地面に棒などで円を描き、そこにオークが二人で入り互いに武器を持たず取っ組み合う。
相手を気絶させるか、円の外に出すか、或いは参ったと言わせれば勝ち。
降参した相手に攻撃を加えたり、相手を殺してしまったら負けである。
ミエの感覚で言うなら彼女の言葉通り相撲に近い。
勝負の多くが相手を円の外に出すことによって決まるためである。
ただし首絞めや関節技などもあるし、相撲と違って地面に引き倒しての寝技や飛び関節などの不意打ちなどもあるため厳密にはだいぶ戦略が異なるのだけれど、格闘技に詳しくないミエにはそこまではわからない。
「あー西谷の族長! スクァイクさん! 『獰猛』の異名をとるスクァイクさん強い! そして大人げなーい! 若者の挑戦をものともせず一蹴ー!! ちょっと負け越してた西谷の星をこれで戻しましたー!」
他部族の若きオークの挑戦を鎧袖一触した西谷の族長は、商品の樽酒を掴むとこれまで三人ほどが飲み半分以上残っていたそれを一息で飲み干し。空樽を地面に叩きつけ大歓声を浴びた。
「そしてそしてー! 次の競技はそちら! 遠方からの荷車競争です!」
部族対抗で村が用意した荷車に石材を積むだけ積んで、四人がかりで運ぶこの競技は、乗せる石が多い程得点が高くもらえる報酬が増える一方、あまり載せすぎると積載過多で速度が下がり一着が取れぬというなかなかに塩梅の難しい競技である。
これに関しては勘定や計算が得意なクラスク村のオーク達が勝利した。
さて…この肉肉祭り、古来よりオーク達が行って来たそれとは少々異なる点があった。
競技の約半分が石運びなのだ。
よりたくさんのオークどもが参加し、より勝利した際の報酬が美味しい競技が、この石運びである。
これこそクラスクがかつて言っていた『当て』。
彼の繰り出した秘策。
そう、作る石の量に対して足りぬ足りぬと言われていた人手が…
今や、お祭りという形で大量に補充されていた。