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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第三部 村長クラスク 第六章 決戦!城塞防衛線
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第277話 クラスク夫妻の大演説

「なんだ…?」

「なんだ…?」


ざわざわ、ざわざわと村人たちがざわめき、各門から固唾を飲んで外の光景を見守っている。


北門、東門、西門…南門を除く各門の外には、明らかにこの村の者ではないオークどもが群れていた。

それぞれ数十人ずつ…つまり合わせれば百人を優に超す大人数である。


しかもそれぞれの門ごとに装備や装束が微妙に異なる。

ということは別部族同士なのだろうか。


これは一体どういうことだろう

オーク達がこの豊かな村を獲物と定めて、複数の部族が手を組んで襲ってきたのだろうか。


ざわざわ、ざわざわと村人たちが互いに不安を囁き合う。

だだ…その光景は些か妙だ。


オークに襲われるとなれば蹂躙と略奪と虐殺が常である。

ゆえに普通の村でオークを見かけたとなれば角笛なりなんなりで村全体に緊急事態が伝達され、命を守るために慌てて我先にと逃げ出すか、あるいは麦などの収穫物と共に床下などに急ぎ隠れるのが常である。

いやそもそもそうした理性的な判断ができる村落の方が少数で、大概の場合混乱し慌てふためいて右往左往するのみとなることも珍しくない。


だが…この村の者達はオーク達が近づいてきているというのに不安を口にするだけで逃げ出そうとすらしていない。


これは普段からオーク族と共に暮らしているので彼らに慣れているから、というのが一つ。

ただこれに関しては危機感の欠如という意味であまりいいことではない。

この村に住んでいるオーク以外のオーク族が危険であることに変わりはないからだ。



そしてもう一つが…クラスクの存在である。



オーク族の族長にしてこの村を治める村長。

オーク達の訓練をしたり、厳しく叱責したり、また励ましていたり。

市場に気軽に散歩に来ては店の者と立ち話したり、買い食いしたり、客に酒を奢ったり、旅人の話を面白そうに聞いたり、外の世界の事で様々なことを尋ねて知って驚嘆し目を丸くして皆を笑わせたり。

そのコミカルさと気前の良さと頼もしさを、この村の者達は皆知っている。


そして半年前…百を超えるゴブリンと黒エルフ(ブレイ)の軍団に襲撃されながらも、村の住人と偶然居合わせた旅人や行商人たちに一切犠牲を出さなったという大いなる戦果もまた、当の旅の者や商人達から各地に過大に喧伝されていた。


さらにはミエの≪応援≫により普段から向上してる魅力と、範囲が拡大した≪カリスマ(人型生物フェインミューブ)≫と、さらにはちょくちょく発動する≪疑似位階/低級(村長)≫の効果も相まって、彼に対する信頼と親愛と畏敬はこの半年で絶大なものとなっていた。


ゆえに今回のような事態になっても、皆過度にパニックに陥らずに済んでいるのである。


「おお…村長だ…!」

「村長が出て行かれたぞ…!」



唯一外のオーク共が囲んでいない南門より外に出たクラスクは…大音声でこう叫んだ。



集まれェ(ハーギクゥ)!」



…と、彼の叫びと共に各門に群れていたオーク共が皆南門の方へとぞろぞろ集まってゆく。


村にはオーク語を知る者も知らぬ者もいたけれど、そのいずれもがすぐに察した。

村の外のオークどもは…村長の声に従って動いているのだと。


「ルガヴト イェア デック スヲヴー ペクフ セクフォイック!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


クラスクの演説が高らかに響き渡り、他部族のオーク達も、この村のオーク達も…なんなら門番をやっているオーク達まで雄叫びを上げ、他の種族達…主に人間族…を驚かせた。


だがオーク語が必修であるオークの花嫁達以外の、この村の者や旅人や商人達は、彼の言っている内容が全く理解できなかった。

オーク語など誰も知らぬのだから当たり前の話なのだが。


「よく来てくれた! 勇猛なる戦士たちよ!」


…と、そこに商用共通語ギンニムによる、村長に負けず劣らず大きな声が響き渡った。

どうやら村長のオーク語を翻訳してくれているようだ。

声色からして女性だろうか。


村の周りに積み上げられつつある石材…いずれ城壁となるであろういしずえたる石の山。

南門付近のその石山の上に、その娘はいた。


…ミエである。

村に背を向けオーク達に演説しているクラスクの背後で、ミエが村の皆に向かって彼の言葉を翻訳していたのだ。


「はーいちゅーもーく! 村の皆さん注目してくださーい! そして終了! 今日のお仕事終了でーす! 農作業してる方も今日はもうお休み! お休みしてこっち見に来ませんかー? 旦那様…じゃなかった村長が今から面白いものを見せてくれるって言ってましたよー!」


ミエの言葉は決して大きいとは言えなかったが、妙に遠くまで届いた。

これは彼女の隣…もとい石段の一つ下に控えているサフィナの手により、ミエに〈拡声アテューゴーム〉の精霊魔術が付与されているためである。


「デック ケヴゥ ムゴキ エクス オク アックアキリク ウヴフ ヴケイヴフィフキィク!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


クラスクが他部族のオークどもに演説し、怒号のような叫びが後に続く。


「我らオーク族は長きに渡り襲撃者であり略奪者であった! …って言ってますねー。ちなみに襲撃者と略奪者って直訳してますけどもー、なんと! オーク語では襲撃と略奪って単語に()()()()()()()()()()! ()()()()()! これ褒めてます! 褒めてますよー? びっくりですねー。皆さんオーク語を使う時は誤解しないようにしましょうねー!」


そしてミエが作りかけの城壁の上から軽妙にそれを翻じて訳し、皆をくすくすと笑わせた。


「ゲミニック! キート ルギクィ! ノッカヒ ウヴフ ブケムカヴフ! オーク ウ フクィル フィーフ エドゥ オーク!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


クラスクの演説が続くほどに。オークどもはどんどん盛り上がってゆく。


「だが見ろ! この村を! 広大な耕地を! 我らオーク族が成し遂げたものだ! って言ってます! きゃー旦那様かっこいー! きゃー! …あーコホン。村長はですねー…あーそこ笑うなー!?」


ミエの翻訳と私情だだ漏れの入り混じった解説に城壁になりかけの石材の下に群れ集まった村人や旅人たちがどっと笑う。


「ちなみに『ゲミニック』は『しかしながら』という意味ですがー、この村でオーク語を勉強してる人でも聞いたことないかもしれませんねー。これはオーク族の勲功いさおし…昔の英雄譚とかですねー、に出てくる用語で、日常会話ではまずお目にかかれない言い回しです。あとオーク語で『それ』を意味する『オーク』とオーク族の『オーク』をかけてますねー。旦那さm…村長はとても博識だと…ちょっとそこー! なんですか無理すんなってー!」


下から囃し立てるヤジと声援…

クラスクの言葉を訳したミエの演説は、今やすっかり聴衆の心を掴んでいた。


「オーク ギクィ! ムギウル! ウィウル! ウヴフ ピーク エドゥ ムギウル!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


クラスクが腕を振り上げ大声で煽り、オークどもが一層の熱気を伴ってえる。


「ここにはある! 麦も! 肉も! そして酒もだ! あー…これはオークさんたち盛り上がっちゃいますねー。ちなみに文脈からお酒って言ってますけど直訳すると『ピーク エドゥ ムギウル』は単なるお酒じゃなくて麦酒のことですねー。なんでそんな言い方をしてるかというとー、『麦』の『ムギウル』と『酒』の『ウィウル』とで韻を踏んで演説のリズムを整えてるからなんですねー…やーん旦那様知的! 素敵! きゃー!」


壇上…もとい積まれた石材の上で両手を頬に当て腰をくねくねさせるミエ。

公私混同甚だしい解説にどっと湧き大いに盛り上がる一同。


「ミサヴフェ!! ミサヴフェ アヴィルゴヴフ!!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


短い言葉。けれどいや増す熱気。


「俺達には出来る! なんだってできる!」


ミエの叫びは…クラスクの言葉がオーク達に響いたように、村人たちの心も打った。

まるでクラスク自らが共通語ギンニムで彼らに語り掛けたかのように。


「リファイ オク フィボポノーヴ ファイ! エドゥ ブカヴフィク ガクニクル ドゥキュウ アヴァーギク クゥシ!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「今日は収奪日! 我らが他種族の村の実りを奪う日だ! えー収奪日っていうのはオーク族に伝わる各地の村々が実りの秋を迎えた頃にそろそろ襲撃しよっかー的な日のことでー…って旦那さまダメですよー!? ちょっと旦那さまー!? だめですからねー!?」

「…ダメカー!」

「だーめーでーすー!!」

「ソウカー!」


それまでオークに向かって、そして村内の村人や旅人たちにだけそれぞれ向けられていた互いの言葉が、この時、初めて交わされた。

この夫婦めおと漫才のような、余人にとってはなんとも珍奇な、けれど二人にとっては当たり前のやりとりが…





後になってみれば、大きな分岐点であったのだ。





村の外に集ったオーク達と、村の中にいるオーク以外の種族の者達…

クラスクとミエが、そしてこの村が懸命に埋めようとしてきた互いの壁。

けれど互いの間には、未だ埋めがたい断絶が横たわっている。


けれど種の異なる夫婦であるクラスクとミエのその明るく軽妙なやり取りは、演説の熱気と共にオーク族を含むすべての種族に共通した()()()()を与えた。



…『一体感』である。



「ルゴク オカヴ ディクロナック エドゥ ウィウル ウヴフ ワクリキ ルガルミ クギークフ スゥーイウェクリ!!」

「と、ともかく! それを記念して、私はここに『肉肉祭り』の開催を宣言する!!」






二人の大きな声が…熱狂と歓呼を持って聴衆を昂らせた。







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