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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第三部 村長クラスク 第六章 決戦!城塞防衛線
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第272話 圧縮魔術と展開詠唱

「呪文を…縮める……?」


ほえー、と感心したような顔で呟くミエ。


「はいでふ。魔術行使による魔術方程式の圧縮って概念がちょっと理解しづらいと思いまふが…わかりまふか?」

「めっちゃわかります!」

「わかるんでふか!?」


ミエはかつて病床の頃、ベッドの上で表計算ソフトやプログラミングについて学んでいたことがあった。

いつか時代が進み、自宅からでも、ベッドの中からでも仕事ができるような時代が来るかもしれない。

そうした時に自宅でできる仕事と言えば簿記やプログラミングだろうと、彼女なりに本を読んで勉強していたのだ。


…まあその後自分は大人になるまで生きられないと知り、彼女の抱いた夢は結局叶うことはなかったけれど、世界は在宅での仕事に大きく門戸を開く事態となった。

そういう意味では先見の明があったと言えなくもない。


ミエはそんな自分の苦い記憶を追憶しながら言葉を選ぶ。


「要は文字列…情報の()()()()ですよね? 辞書式とかハフマン式みたいなこう…複数の圧縮方式を上手く併用して全体の容量を格段に減らす的な…?」


大規模なデータをそのまま別の場所に移そうとすると時間がかかる。

同じパソコンやスマホの中同士ならともかく、ネットワークを介した転送などではその影響や負担が顕著になる。


そういう場合、まず特定の取り決めで情報を少なくする。

例えば「1234567890」という数字の並びを「A」に置き換える、といった法則だ。

そうすればデータ転送の際には文字列1文字分の負担だけで済むわけだ。

そして受け取った側は同じ取り決めによってその文字列を「123457890」へと戻す。

こうすることでネットワークの負担などを最小限に抑えつつ大規模なデータが扱えるようになるわけだ。


こうして情報量を縮め、また元に戻すことをプログラミング用語で『圧縮』『解凍(展開)』と呼ぶ。

単に圧縮するだけでなく、元に戻すことができる圧縮だから『可逆圧縮』と言うわけだ。



そうしたミエなりの解釈を聞いていたネッカがぱあああああ…と顔を輝かせる。



「はいでふ! そうなんでふ! その通りでふ!」


興奮したネッカが驚嘆と尊敬の瞳でミエを見つめ、その両手を掴んでぶんぶんと振った。


「すごいでふ! ミエ様すごいでふ!」

「いやその、半端な知識だし別に褒められるようなものじゃ…」


困ったように苦笑いしながらふと何かを思いつくミエ。


「でも圧縮ってことはそのままじゃ使えないですよね? どこかで解凍や展開してあげないと…」

「そうなんです! まさにそれでふ!!」

「ふぇ!?」


ふんすーと鼻息を荒くしたネッカがぶんぶんと首を縦に振る。


「私が! 魔導師が唱えてる呪文は! ミエ様が言ってた()()()()()()()()()って部分は! まさにその()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんでふ!!」

「あー……!!」


長すぎる呪文詠唱を圧縮した『秘紋』…その秘紋を使用可能な状態に戻すための()()()()

それがすなわち魔導師が唱えているものの正体ということらしい。


「えーっとでも呪文によっては全然違う詠唱? の時もありますよね? あれもやっぱり解凍してるんです?」

「はいでふ! 魔導師の組む魔術式は高度なものになればなるほど詠唱時間が膨大になりまふから、圧縮する術式もより高度で複雑なものになるんでふ。でそれを解凍展開する手順もより複雑になりまふから…」

「あー、それで詠唱が長くなったり?!」

「そうでふ」

「なるほどー…」


つまり『同じように聞こえる』呪文詠唱はだいたい同じ威力や効果の呪文群であって、解凍詠唱? ごとにグループ分けできる。

そしてその解凍のための詠唱時間が長ければ長いほど高度で強力な呪文群である、ということだろうか。


ほむほむ、とネッカの説明にそれなりに納得したミエは、せっかくなのでもう一つ気になっていたことを尋ねることにした。


「そういえばなんですけど、ネッカさんが呪文唱えてるときにこう…ネッカさんの周りに光る文字? みたいなのが浮かび上がるじゃないですか。あれってなんなんです?」

「あれが解凍展開された()()()()()でふね」

「ふぇー…綺麗なものですねえ。あれなんでわざわざ外に出すんです?」


ミエの無邪気な質問に、ネッカは少しだけ困ったように頭を掻いた。


「わざわざというか…()()()()()()()()んでふ」

「と…言うと?」

「さっき言ったように魔導術の詠唱は膨大な量になりまふ。そして高度な呪文になればなるほど加速度的に情報量も増えまふ。なので解凍した呪文をそのまま頭の中で展開させるとその圧倒的情報量に記憶が塗りつぶされたりとか感情が削り取られたりとか、場合によっては物理的圧力を伴うレベルの情報総量が脳を内部から圧迫してこう…頭がボン! と」

「なにそれこわい」


全く想定していなかった方向性のリスクに真っ青になったミエが涙目でガタガタと震え、すぐ近くにいたコルキにしがみつく。

コルキは大人しく抱き着かれたまま地面に叩きつけるようにばふばふと尻尾を振った。


「大丈夫でふ。学院を卒業した魔導師はみんな『検算魔術』と呼ばれる呪文をマスターしてまふから、自分で研究した呪文にそれをかければ展開時に呪文を己の外部に排出するよう公式を組み替えてくれまふ。なので学院に提出されてる魔術は全部安心安全なんでふ」

「なーんだ…よかったあ…」

「ただ学院を落第した術師や独学で魔導術を学んだ人なんかは全部一から自分で組み上げまふので、そうした方が開発した呪文とかは危険かもしれないでふね。あと古代遺跡とかから発見された呪文なんかもちょっと気を付けた方がいいかもでふ」

「きゃあ」


思っていたよりも随分と物騒な話にミエが悲鳴を上げる。

ただ魔術についてこれまで聞いた話の中では一番わかりやすい話でもあった。


魔導術はこの世界の全てを解析・分析して式として組み直すものであり、原理や法則はまるで別物ではあるが感覚的には数学や科学のそれに近い。

だからこそミエにとって魔導術は直観的に理解しやすかったのだ。


「ありがとうございます。大変勉強になりました」

「こちらこそでふ。すっごく楽しかったでふ」


なんとも嬉しそうにそう語るネッカに、ミエは少しだけ首を傾げる。


「楽しい…ですか?」

「はいでふ! その…こんな風に私の話を聞いてくれる人殆どいなかったでふから」

「そうなんですか? こんなに面白いのに…」

「私の実家は魔術に無縁な職人一族だったでふしそもそもドワーフ族自体神聖魔術以外の魔術に拒否感を持っている者が多いでふし、学院では私がドワーフだってこともあってどうせ落ちこぼれるとみんなに避けられてた気がしまふ。魔導師になった後もその、みんなあまり…あまり話を…」

「はわわ…どうしましょう」


語りながらどんどん消沈してゆくネッカに慌ててきょろきょろと当たりを見回すミエ。

話題、何か話題を変えないと…。


「あそうだネッカさんネッカさん! ええっとこのちっちゃな泥沼! この泥沼って魔法で作ったやつなんですよね!?」

「…はいでふ」

「これってその…あとどれくらいもつんですか? こう持続時間的な…」


ミエの脳裏に楽しそうに遊んでいるクルケヴが突如泥がただの土に戻ってしまったせいで土の中に閉じ込められギャー! とホラーチックな顔で叫ぶ絵面が想像された。

わりとぴんちかもしれない。


「持続時間でふか? …()()()()

「ふぇ?」

「この呪文に()()()()()()()()()

「…………………!?」


ネッカに説明を聞く前に、ミエはすぐにある推論に辿り着く。


「もしかして…()()()()()()()()()()ってあるんですか!?」

「え……っと」


ネッカはミエの発想に驚いて目を丸くして、その後どう説明したものかと腕を組み首を捻る。


「ええっとでふね…最初に断っておきまふが、この呪文の持続時間は永続とかじゃないでふ」

「違うんですかー…」


ちょっとがっくりして肩を落とすミエ。


「でも()()()()()()()()()()はありまふ」

「あるんですかー!?」



そしてびっくりして今度はミエが目を丸くした。



「はいでふ。ええっとこの前岩塩鉱床を探しに洞窟に入ったことがあったと思いまふが…」

「はい、ありましたね」

「あの時私が用意した小箱の中に入っていた灯りは〈(イウークド・ク)(アヴォーヴェス)〉という呪文でふ。あれは微細な魔術式によって大気中の魔力を取り込み熱を持たない炎を燃やし続ける呪文で、理論上永遠に燃え続けまふ」

「すごいですね?!」


科学技術でも永遠に続く無限機関は開発されていない。

誰でも使える利便性や量産性については科学技術の方が上だけれど、こうした分野に関しては魔術の方が優れているかもしれない、などとミエはふと考えた。


「ただし…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んでふ」

「ふぇ…? な、なんか矛盾してません?」


ミエの言葉にネッカはふるふると首を振る。


「先程の〈(イウークド・ク)(アヴォーヴェス)〉を考えてみてほしいでふ。魔術である以上魔術式がそこにありまふ。その魔術式は周囲の大気から微量の魔力を集め続けてまふ。ならこの呪文を『止める』にはどうしたらいいと思いまふか?」

「ええ…?」






ぽくぽくぽく、とたっぷり三拍ほど考え込んで、ミエが腕組みをしながら首を捻った。







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