第267話 魔具作成依頼
皆色々思い詰めた姿で三々五々工房を出て家路に向かう。
特にギスは、半年前の襲撃で村人を虐殺されようとしたその理由が自分にあり、かつその相手が自分の父とあって、見た目は平静を装いながらも色々沈思に耽っているようだった。
「ネッカさんネッカさん!」
だが…そんな中いつもとまるで変らぬ空気の娘がいた。
ミエである。
「はい、なんでふか」
「えっとえっとですね…あそうだアーリさん! アーリさんも! ちょっと待って! 待ってくださいすとーっぷ!!」
「なんニャなんニャ」
皆が工房を後にしてゆく中で、ミエがぴょんこぴょんこと飛び跳ねながら手を振ってアーリを呼び止める。
「えっとですね、えっとですね、魔術の専門家のネッカさんと色々お詳しいアーリさんにお伺いしたいんですけど…」
「詳しくないニャ」
「お詳しいですよね?」
「は、はい、詳しいと思いまふ」
「詳しくないニャ」
「じゃ、じゃあそれでもいいですけど…」
「詳しくないニャ」
「オートリピート機能かな?」
「詳しくないニャ」
どこか死んだ目で同じセリフを連呼するアーリに根負けして、ミエはそのまま話を進めることにした。
「えっとですね、魔具…でしたっけ? 魔法を品物に込めるやつ!」
「そうだニャ」
「は、はいでふ。そう呼ぶのが一般的でふね」
「あれって知ってる呪文ならどんなやつでも込められるんです?」
ぱちくり、とネッカとアーリが目をしばたたかせる。
「え、えーと…どう説明したらいいんでふかね…」
頭を悩ませるネッカの横で、アーリがすらすらと答える。
「それは…使用制限と作る魔具の『形状』次第だニャ」
「使用制限…? 形状?」
「例えばフツーに呪文を唱えて何かの効果が一回発揮されたとするニャ」
「するにゃ?」
「真似すんニャし」
ついアーリの語尾を真似して小首を傾げるミエをアーリが窘める。
「その呪文効果を魔具に込めたとして、使ったら終わりの一回こっきりニャのか、指定回数使ったら消費し切って打ち止めニャのか、或いは使用制限はニャいけど一日の回数制限があったりするニャか、もしくは使用回数制限なしで使い放題ニャのか、はたまた常に効果を発揮しっぱなしニャのかとか…こーゆーのが『使用制限』ニャ」
「ふむふむ。いっぱいあるにゃー?」
「真似すんニャし。そーゆー可愛いやつは旦那の前でするニャ。で魔具には形状ごとに分類があってだニャ、それぞれ得意分野があったりするニャ」
「そこのところを! 是非! 詳しく!!」
「例えば≪巻物≫ニャ。これは呪文を書き留めてそのまま読み上げる代物で、魔術言語で記されてるから魔導師が作ったら魔導師しか読めニャいし使えないニャ、さらに一度使ったら終わりの使い切りニャ。でもどんな呪文でも込めることができる魔具ニャ」
「へぇー! へぇー! へぇー!」
「≪杖≫は巻物同様魔導師の呪文が込められてたら魔導師しか使えニャイけど、複数種類の呪文を込めたり複数回込めたりできる点では巻物より便利ニャ。まあその分作るのが手間ニャし値段も張るんニャけど。≪ポーション≫は呪文の使い手でなくても飲めば効果を発揮する便利アイテムで、回復や治療効果を込めるのが一般的だニャ。あとは≪手袋・手甲・靴≫ニャんかは運搬や移動なんかを強化する呪文を込めやすいし、≪指輪・腕輪・足輪≫あたりはさっきの打ち合わせでも出てた魔石なんかをふんだんに使えるから強力な効果を込めることができるニャ」
「「なるほどー!」」
滔々と語るアーリの言葉にミエとネッカが瞳を輝かせる。
「やっぱりお詳しいじゃないですか」
「すごいでふ! お詳しいでふ!」
「詳しくないニャ」
これまた死んだ目でどこか遠くを見つめるアーリ。
こう謙遜や嫌悪というより忌避…どうにもあまり触れられたくない話題のようだ。
ミエは何となくそれを察してそれ以上ツッコまないことにした。
「え、えーっとですね…こうずっと! 置きっぱなしでずっと効果があるやつがいいです! で効果なんですけど…あこの会話って盗聴とかされちゃいますかね」
「さっきの呪文がまだ効いてまふからこの工房の中の会話なら大丈夫だと思いまふ」
「なら安心ですね!」
ほっと息を吐いたミエが、ぼそぼそと二人に小声で先刻思いついたことを相談する。
「…え~っと、できると思いまふ」
「できますか!」
「さっきアーリ様が仰ってた以外にも≪冠・帽子・髪飾り≫とか≪手袋・手甲・靴≫みたいに作るものによってさまざまな魔具作成の種類があってでふね、それぞれ込められる呪文なんかが決まってたりするんでふが…それらに分類されない≪その他≫って魔具もあるんでふ。石像とかの石細工なんかがその分類なので私は≪その他≫系統の魔具作成を修得してまふ。ミエ様の作りたい魔具はちょうどその≪その他≫の系統でふので…」
「わあ!」
ぽん、と嬉しそうに手を叩くミエ。
「ただミエ様が考えてる運用でふと効果範囲の問題でたぶん一つじゃ足りなくなるから幾つか作らないとでふね…その分ちょっとこう、御予算が…」
「まじですか! で、でもそこはそれ! アーリさんが…アーリさん?」
猫のように瞳孔を縦に開き、ミエを睨んたまま固まってるでいるアーリの前でミエがひらひらと手を振る。
「…ミエ、本気で言ってるのかニャ?」
「ふぇ? なにがです?」
「今作ろうとしてるものニャ! さっきの会合でそれに気づいたのは大したものニャ! 確かにそれは今後必要になるかもしれないものニャ! でもそれは今必要なものじゃないニャ! それを…このタイミングで造らせるのかニャ?」
正確にはミエが望んだものは今でも役には立つ。
役には立つけれど他に優先すべき事項がもっとあるはずのものでもある。
だが…彼女は不思議そうに小首を傾げ、こう問い返した。
「え? でも…造るとしたら今ですよね?」
「~~~~~~~~~~!!」
そう。
その点に於いてはミエが正しい。
彼女が求めているものは襲撃を撃退した後で慌てて造ってもあまり意味がない。
そもそもそこから造り始めても場合によっては手遅れになるやもしれない代物だ。
さらにこれ以上先延ばしにすれば戦の準備でネッカの手が回らなくなるかもしれない。
だからもし造るなら確かに今が、今この時が一番いい。
一番いいけれど…それが十全に役に立つのはこの村が今控えている難事を全て乗り越えた後の話である。
城壁作成の目処すら立ってないこの状態で、この先訪れる熾烈な戦いを、黒エルフ率いる地底の軍団の猛攻を、そして彼らの首領であるクリューカなる人物の野望を、すべて凌ぎ、挫くことを前提とした計画である。
「…わかったニャ。予算計上して材料を用意しとくニャ」
「やた! ネッカさんお願いしますね!」
「はいでふ! がんばりまふ!」
嬉しそうにネッカに手を振るミエを横目で眺めながら…アーリは嘆息しつつふとこんなことを想った。
なにかを成し遂げる人物というのは、むしろこういうタイプなのかもしれない、と。