第255話 異界交信
「タダし、リスクはなルべく下げロ。お前の言い回しからすルトそれがデきルはずダ」
「「「!!」」」
クラスクの言葉に驚く三人。
特に驚嘆したネッカは、目を大きく見開いてクラスクを見上げた。
「…はい、でふ。私もまだ死にたくはないのでなるべくリスクを下げる努力はしまふ」
「ええっと…具体的には?」
ミエの質問に少し考え込みながらネッカが答える。
「まず相手を選びまふ。質問の対象を『ヌシーダ』にしまふ。彼の座標なら把握しているので交信も問題ないでふ」
「ぬしーだ…さんってどなたです?」
ミエの脳裏に浮かんだのは何かすごく偉そうな神が「主ーだ」とのたまうなんとも間の抜けたものだったが、流石にそれはなかろうと首を振った。
「山の神じゃな。ドワーフを生み出したドワーフの神でもある。自らの種を作り出した創造神であらばこちらに悪感情を持たれにくいという考えじゃろ」
「なるほどー…!」
おー、と嘆声を上げながら拍手をするミエ。
釣られて拍手をするクラスク。
「はいでふ。さらにスケールの差の問題を少しでも抑えるため、ヌシーダ様の『相』に対象を限定して、“炭鉱の王”ルークベンに話を聞くことにしまふ。私は石や地に適性があるので比較的好意的に話を聞いてくれるはずでふ」
「ほうほう。それは考えたの」
「ふぇ? え? ルークベンさん? さっき山の神ヌシーダさんに話を聞くって…ふぇ?」
感心するシャミルの横でさっぱり意味がわからずミエが首を捻る。
クラスクも真剣に話を聞いているようだがいまいち理解できていないようだ。
そんな二人の様子を見ながらシャミルが小さくため息をついて補足する。
「『権能』はわかるかの」
「けんのう…?」
「ナンカエライヤツ?」
「神々はこの世界を支え、この世界を維持しておる。ゆえに数える時に『柱』と呼ぶわけじゃ。一柱、二柱とな」
「はー…神様ってそういう数え方するんですか」
「サッパリ知らなかっタ」
「知っておけ。で、神々がこの世界を支える要素…それがすなわち『権能』じゃ。こうなんとゆうか…この世界そのものの構成要素であり、同時に柱として世界を支えるための資格のようなものじゃな。例えば人間族の神である太陽神エミュアであらば〈守護〉や〈太陽〉、〈治癒〉などがそれにあたる」
「あー…つまり〈大願成就〉とか〈商売繁盛〉とか〈安産祈願〉みたいな…?」
シャミルの言葉を聞いてミエが想起したのは神社のお守りである。
神様の御利益…確かにそれも権能と捉えることができるだろう。
「まあやけに俗物な権的じゃがその認識でおおむね間違うておらん。で、じゃ。神々は神話や物語などで語られる際、その一部だけが強調して語られることが多い。先のエミュアの例で言えば守護神として語られる物語があり、或いは太陽の化身としての役割を演じる叙事詩があったり…などじゃな」
「はいはい。なるほど。つまりその神様の一側面…みたいな?」
「そうじゃ。そして神話に於いて、その一側面のみを抜き出した存在を別の神性として扱うことが多いのじゃ。例えばその神の弟子であったり、子供であったりなどじゃな」
「ああ! じゃあさっきのルークベンさんって言うのも…?」
そこまで話が進んだところで、ネッカがこくりと頷いた。
「そうでふ。ルークベンは炭鉱夫や職人達が信仰するヌシーダの高弟であり、同時に彼の一側面、鉱石や鉱物を司る存在でふ。こうした存在を『化身』と呼びまふ。化身は時にこの世界に物理的に顕現することもある存在で、スケール的にも人型生物により近く、話も聞き出しやすいと思いまふ」
「「おおー」」
ネッカの言葉にミエとシャミルが感嘆の声を上げる。
クラスクはきょろきょろと左右を見て、「ナルホどー!」と言った体の表情で顔を輝かせた。
「ただ…リスクが減って答えの精度が上がった代わりに別の問題がありまふ。『相』を限定したせいで専門分野以外の全能性が下がってしまうんでふ。簡単に言えば鉱石や鉱物に関わらない情報についての信憑性と答えてくれる可能性がが大きく下がりまふ。それでも構わないでふか?」
「…要は質問の内容に鉱物や鉱石に関わることが入ってなかったり、質問の答えにそれらが含まれていないものについては、単に『知らない』って答えられて終わりってことですか?」
「そうでふ」
「う~~~~ん…?」
「構わん。やっテくれ」
逡巡するミエをよそに、クラスクがゴーサインを出す。
「…わかりましたでふ」
ネッカは魔法陣の前の床に膝をついたまま、目を閉じて瞑想状態に入る。
そして傍らの床に置いた杖を手に取り、静かに呪文の詠唱を始めた。
「我が命に従い展じて開け 『通信式・弐』」
詠唱と共に彼女の周囲に光る文字のようなものが浮かび上がる。
それらはまるでポップコーンのように弾け、周囲に文字を撒き散らし、それらの文字がまた破裂してさらに小さな文字を周囲にばらまいた。
「〈異界交信〉」
ネッカがその呪文の名を唱えるのと同時に、彼女の周囲を覆うように球状に展開されたそれらの文字が、ゆっくりと彼女の周りを回りながら青白く発光しはじめる。
目を閉じたままのネッカは右手をゆっくり伸ばし、魔法陣の中央、先刻置いた小さな石板の上に手をかざした。
彼女の掌が淡く光り輝いて…そこからその石板へと白い光の粒が注がれてゆく。
ミエが目をこすりながらじいと凝視すると…
それは小さな小さな文字列のようにも、見えた。
一体どれくらい時間が経ったのだろう。
少なくとも十数分から数十分ほどは過ぎたのではないだろうか。
眉根を寄せ、脂汗を垂らしながら目を閉じ儀式に集中しているネッカを、三人は固唾を飲んで見守っている。
…と、彼女の掌から注がれていた光の粒がゆっくり、ゆっくりと消えてゆく。
そして遂に最後の一文字が掌から石板へと落ち、その石板がぼう、と淡く輝き始めた。
どうやら準備が整ったらしい。
ごくり、と唾を飲み込む三人。
その石板に向かい深々と拝礼し、静かに手に取るネッカ。
彼女はそれを己の耳から頬あたりに近づけて…
遂に、神格との交信を始めた。
「もしもし。“炭鉱の王”ルークベン様でいらっしゃいまふでしょうか。こちらドワーフ族のネカターエル(中略)と申しまふ。はい、はい。このたびご連絡差し上げたのはでふね、是非ルークベン様にお伺いしたいことがありまして…はい、はい」
高位存在との交信の場を目撃したミエは…その荘厳なる佇まいに、思わずこう呟いたという。
「…スマホだこれー!?」