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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第三部 村長クラスク 第六章 決戦!城塞防衛線
254/941

第252話 王国からの使者

「……………………」


アルザス王国より派遣された徴税吏シアックスは、クラスク村に近づくにつれて驚愕の表情を隠せなくなっていた。


なんだろうこの軍碁の盤のような整然とした畑は。

なんで麦以外の作物をこれほど大量に植えられるのか。

なぜ冬も近いというのに方々にこんなに家畜がたくさんいるのだろうか。

ところどころに置かれているあの小さな鶏舎は一体なんだ?


それはこれまで幾多の村で見て来たどの光景とも異なっていて、彼を混乱させ、同時に感嘆させた。


活気に満ちた雑踏。

渦巻く喧騒。

そして威勢のいい掛け声。


それらは全て村の外にいる彼の耳にまで届くほどだった。


近づくにつれわかる。

仕事柄たくさんの村を訪れて来た彼だからこそわかる。

()()()()()()()()()()


だからこそ信じられない。

この村がオーク族に作られた村だなどと。


「「ヨウコソクラスク村ヘ」」


だが村の入り口を護る門番は明らかにオーク族で、声をかけられた瞬間ぎょっとして思わず身構えてしまった。


村の中に入る。

そこは外から想像していた以上に活気に溢れていた。


ただ…確かにそこかしこにオークがいる。

歩いている。

闊歩している。

そして当たり前のように道行く他の人間族に挨拶し、また話しかけられ、談笑している。


あまりに異様な光景が。

あまりに自然にここにある。


徴税吏シアックスはごくり、と唾を飲み込んだ。

ひょっとして自分はとんでもないところに来てしまったのでは…?

と。



×       ×       ×



「この村の村長、クラスクダ」

「妻のミエと申します」

「村方相談役のシャミルじゃ」

「ア、アルザス王国徴税吏シアックス・ギログシルと申します」


木造の建物に案内され、村の重鎮達と対面する。

目の前のオーク族の精悍そうな顔立ちに、彼は不覚にも一瞬どきりとしてしまった。


シアックスは王都を出立する時、上司や同僚からあることないこと色々吹き込まれていた。

特に話題になったのがこの村を治めているというオークについてである。



「オークがまともな村など作れるはずがない」



それが彼らの共通見解であった。

もしそんなことが可能なら彼らはとっくにあの略奪と収奪の生活を改められているはずだからだ。


ゆえに彼らはこの村についても懐疑的であった。

オークが作ったのだとしたら噂倒れのろくでもない場所に違いない。

もし立派な村があるとしたらオークの名で納税を誤魔化さんと偽装している人間の村に違いない。

仮にオークがいたとしても、人間に祭り上げられているだけの傀儡に違いない。


皆そんな風に思っていたのだ。


「そろそろ来ル思っテタ。歓迎はしナイガ命は保証シよう」


だが…目の前にいるオークの纏うこの空気はなんだろう。

見ているだけで感じる威厳と不可思議な高揚感。

まるで各地の領主達に目通りを許され御言葉を下賜されたかのような気分ではないか。



…まあ、多少物騒なことを言われているのが気にかかるが。



「それでは要件を伺おうかのう。まあ言わんでもわかるが一応な」


小柄なノームが仏頂面で尋ねてくる。

その隣ではオークの妻を自称する娘がにこにこと笑っていた。


これまた随分と奇妙な存在である。

オークと言えば女性をモノのように扱う連中と悪名高いはずなのだけれど、少なくともこの場にいる女性二人にはそうした陰が一切ない。


ちなみに卓上の菓子や茶を出したのも彼女である。

シアックスは場が持たぬ緊張感からその菓子を軽くつまんでその甘味と美味さに驚愕した。


「ええっと…そろそろ収穫の時期です。この村は領主へと麦を納めなければなりません」


麦には幾つかの種類があるが、『冬を越すか越さないか』で大きく二つに分類できる。


即ち秋に種を撒き、冬を越えて翌年の夏に収穫する『冬麦』。

そして春に種を撒き、冬を越さずにその年の秋に収穫する『夏麦』の二種類である。


この地方で冬麦としてよく利用されるのが小麦イフォースライ麦(ルウォ)

夏麦としてよく利用されるのが大麦デルロウカラス麦(イポム・ヒース)である。

カラス麦は地域によっては燕麦イーストとも呼ぶ。


冬に撒こうが春に撒こうがその収穫期は夏から秋にかけてであり、したがって収穫物を領主に納めるのもこの時期に行われることとなる。


ちなみにこの村が春頃に作られてから凡そ半年あまり。

今この村ではちょうど夏麦の収穫期であり、冬麦を撒く準備をはじめようと言った頃合いだ。

麦を納めるにはちょうどいい時期と言える。




()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「その領主とは一体誰の事じゃ」

「納めるべき相手、ということであれば、アルザス王国国王アルザス=エルスフィル三世陛下です」

「なるほど。直轄領とうそぶくつもりか」


軽いやり取りながら徴税吏たるシアックスはそのノームの言葉にひやりとした。

徴税吏は税を納めさせるために派遣される役人であり、当然ながら租税や納税周りの知識や歴史に通暁している。


この地方の領主は正確には未だパクザン家であって、その一族はこの地方の怪物を討伐しようとして失敗、全滅している。

だが文献上この地方を引き継いだ領主はいなかった。

いるべきはずなのだが、なぜかどこにも引き継がれなかった。

なぜか国王自体がこの領地を引き取り直轄領にする手続きも踏んでいない。


本来あり得ないはずの事ではあるが、あえて法律上理屈をつけるならちょうど『すぐに誰かが引き継ぐはずのものとして一時的に空位にされたまま、長い間塩漬けにされ放置され続けた』ような状態と言える。

つまりこの地方の領主は現在実質的に空位なのだ。


領主のいない土地が国の領土というのもおかしなな話ではあるが、そこは瘴気法と呼ばれる国際法により、土地から瘴気を払い浄化する目的に沿っている限り、この地域は王国の国土として保障されている。

そしてこの村は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。



そう、非常に奇妙な話ではあるが…

この村は法を厳密に適用する限り、その麦を納めるべき直接の相手がいないのである。



ただこうした事情はこの国の過去から現代に至るまでの多くの資料に精通していなくばたどり着けぬ。

その全てを一介の村落の相談役が知っているとも思えない。

ゆえにシアックスはこの村の税を納めさせる方便として、あくまでここが現在国の直轄領である、という前提で話を進めることにした。


「お前の言い分はわかっタ」


この村の村長を名乗るオークの口から重々しい言葉が漏れた。

商用共通語ギンニムである。

オークが話していると考えれば相当達者な言葉遣いだ。

それだけでも彼が相当に高い知能を有しているのがわかる。


だがギロリ、と睨むその目つきには恐ろしい程の威圧に満ちていて、彼が獰猛で危険極まりないかの種族であることをまざまざと思い起こさせた。


オーク族…縄張りを広げながら略奪と襲撃を繰り返す恐るべき種族。

圧倒的な怪力、猛毒すら耐えるとされるタフさ、戦いと争いを好む性質、女を攫い奪う悪癖…どれを取っても周辺の諸国諸都市にとって恐怖でしかない。


そんな種族が目の前にいるのである。

文官たる彼が震えあがるのは当然と言えよう。


しかもこのオークは単に恐ろしいだけではない。

その姿には威厳と威容とが満ち満ちており、会ったばかりだというのに只者でないことを肌で感じさせる。


あの瞳、あの筋骨、あの威圧。

睨まれただけで死にそうだ。

手を伸ばされたらくびり殺されるかもしれない。


そんな彼が、重々しい口をゆっくりと開き…


「村の進路に関わる話ダ。少し考えさせテくれ」

「…わかりました」


ほう、と大きく息をつく。

思った以上に話の分かる相手でよかった。

己の命が残っていることに、シアックスは安堵する。



安堵してしまったせいで…彼は、すぐに結果を聞いて王都に戻り報告せねばならぬ、というその己の役割を忘れてしまっていた。



「それではゆっくりしていってくださいね! そうだ! 協議がまとまるまで村の見学なんていかがでしょうか! 村の者に案内をさせますね!」


手を叩きすぐに村人を呼びに出るミエ。

一度了解してしまった以上拒否も拒絶もしにくい徴税吏。






最初の会合は…こうしてクラスク村有利に終わった。






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