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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第一部 オーク村の若夫婦 第一章 オークの花嫁
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第25話 穴掘り細君

「ああああああああ、恥ずかしかったああああ!!」


クラスクの背中を送り出し、彼が見えなくなるまで手を振っていてミエは、その後姿が消えると同時にへなへなと床に崩れ落ち、ぷしゅーと頭から蒸気を出して両手を顔で覆った。


恥ずかしい。ああ恥ずかしい。

頬とは言え自分から接吻するだなんて、夫にはしたない娘だと思われたりしなかっただろうか。

機嫌を損ねたようには見えなかったけれど、もしやして呆れられたりでもしていないだろうか。


「でもでもでも! ずっと夢だったし! 夢だったもん! そ、その…も、もう私達夫婦なんだし、いい、よね……?」


幸せな結婚生活を夢想して、諦めて。

けれどだからこそ強く強く憧れて。


そんな彼女の夢の一つだったのだ。

仕事に出かける夫を抱擁と口づけで送り出すことが。


まあ彼女が妄想していた夫はスーツを着て会社に出勤していたが、現実の夫は戦斧を肩に担いで旅商の襲撃に出かけたのだけれど。



…いやそれ以前にそもそもあのオークとミエが夫婦だと認識しているのは現状彼女だけなのだが。



「とにかくもっとしっかりしなくっちゃ! 新婚早々幻滅されて離婚とかになったらイヤだもん! もーん!」


ふんすかと鼻息を荒げ気合を入れる。


彼女にとって幸いと言うべきか、オーク族に離婚の概念はない。

というかそもそも離婚の前に婚姻の概念自体が存在しないのだけれど。


仮にそんなものが彼らにあるのだとしたら速やかその権利を行使してオークとの関係を解消した方が本当は彼女のためではあるのだけれど、困ったことにミエにはそんな発想自体が浮かばない。



なにせいかにして夫に喜んでもらえるか、満足してもらえるか、そんなことばかり考えているのだから。



「とにかくお料理もお掃除ももっと頑張って、あとは…こう…いろいろと…こう、いろいろ、がんばって…」


ちら、と寝室の方に目を向けて、耳先まで真っ赤に染め上げてギギギ、と顔を戻す。

昨晩のことをまざまざと思い出してしまったのだ。


「しっかりしなさい私! 世の中の女の人はみんなこうやって頑張ってきたんだから!」


べしべし、と頬を叩き、腰が砕けるほどの鈍痛に耐えながら、ミエはなんとか立ち上がる。

自らを叱咤することで彼女のスキル≪応援≫が発動し、少しだけ腰回りが楽になったようだ。


とはいえ彼女の言い分にはやや語弊がある。

世の中の女性が皆恋愛を重視しているわけでもなければ結婚しているわけでもないし、そもそも大概の女性が相手するサイズは彼女ほどに破天荒ではないのだろうから。


さて部屋の掃除も終わり片付けも終わらせ、一息ついたところでミエは椅子に座りながら腕を組んで考え始めた。


これからどうしよう、と。


無論妻として夫に尽くす。

そこには一点の曇りもない。


けれど自分の力を十全に発揮するために、それより前にするべきことはないだろうか。


「えーっと…食事はなんとかなりそうだから、次に気にしなくちゃいけないことっていうと…」


少しだけ首を捻って、だがすぐに結論は出た。

早急に対策を打たなければならない最重要課題が2つほどあったのだ。




「トイレと…お風呂かな?」




この世界で、この村で生きてゆく。

生きてゆかなければならない。


そう覚悟したとき、最も気を付けなければならないものはなんだろう…とミエが考えたとき、真っ先に浮かんだのが『栄養』と『衛生』である。


この村はとにかく衛生面に不安がある。

それがオーク達の種族性の問題なのかそれともこの世界の衛生観念が著しく未発達だからなのか、現時点ではミエにはわからないけれど、少なくともオーク達は自らの不衛生さについてあまり気にする様子がないようだ。


「オークの人たちはみんなすごい丈夫そうだし…あの人たちだけならほんとに平気なんだろうな…」


夫の厚い胸板を思い返しつつそんなことを考える。


そう、彼の太い首回り、たくましい腰つき、がっしりした太腿……

ついでにそんないらぬことまで思い出してしまい、昨晩暗闇の中で指を這わせ腕を巻き付けた彼の逞しい体躯(カラダ)を想起してうなじまで真っ赤に染め上げたミエは、両頬を押さえやんやんやんと首を振った。



「…おちつけわたし」



荒い息とともに己に突っ込みを入れてなんとか我に返る。

ともかくオーク族はいいとしよう。

彼らは多少の不衛生さを気にしない程に頑健な肉体を持っているのだろうから。


問題はミエである。

オーク族でもないミエがこの衛生環境下でいつまでも健康を保っていられる保証はない。

新しい世界、新しい生活を始めて早々不衛生さから感染症などにかかってしまっては目も当てられない。

なによりそれでは夫に迷惑をかけてしまう。


だが対岸の火事という諺もある通り、自分たちとって問題にならぬものをオーク達はなかなか意識できまい。

となれば不衛生がリスクとならぬオーク族の協力を得ることは難しく、つまり賛同者がいない以上衛生面について村ぐるみで改善に取り組むことは困難と考えるべきだ。


「現時点では! です! 現時点では!」


ぐおー! と両手を掲げて気合を入れるミエ。

近くで遊んでいたオークの子供が彼女の奇矯な行動にびくりと驚き慌てて逃げた。


「あちょっとかわいい…じゃなくて!」


そう。

ならばせめて自分の身は自分で守らねば。

たとえ今はまだ村を変えるだけの力がなくとも、少なくとも自身の生活環境を変えることはできるはずだ。



そのためにまず手を付けなければならないこと…それがまずトイレの整備である。



お手洗い自体は家にあった。

彼女の認識で言えば赤子が使うおまるに毛の生えたようなものではあるが、トイレには違いない。

ただそれを夫が使った様子はない。


理由は推測できた。

用を足すと排せつ物が下の壺に溜まるのだが、それの処理先がないのである。


「…というか私にもよくわかりません」


前にも述べたがこの村には畑が少ない。

ないではないが非常に小さい。

あの面積で村全体の食料を賄うのは到底不可能だろう。

かつてのこの村落にミエの知らぬ食糧問題に関わる魔術やら奇跡やらが存在しない限りは、だが。


人糞の効果的な処理方法として素人のミエでもすぐに思いつくのは故郷の世界でかつて一般的に行われていた堆肥としての用途…つまり『肥溜め』だが、先述の通り畑地の少ないこの村でそうした目的で使われていたとは考えにくい。


「確かあれってそのままだと作物にとっては有害だよね。だから発酵させて雑菌を殺して下肥(しもごえ)にするはずなんだけど…」


ミエがこの世界に来てまだ1日しか経過していないし、そもそも今がどの季節なのか、そもそも季節自体あるのかどうかすらよくわからなかったが、とりあえず現時点では彼女が住んでいた国よりこの村の気候はだいぶ冷涼で、そして乾燥している。

仮に肥溜めを作ったとして想定通りに肥料化できるかどうかわからない。

温度が足りなければ発酵自体が起きないからだ。


とはいえなにもしないわけにもいかない。

昨日村を歩いた時、村のあちこちに糞尿の跡があった。

流石に村の広場や自分の家の近くにはしていないようだが、村はずれなどには平気で転がっている。

昨日川で水を汲もうとしているときも、川面に立ち小便をしているオークを見かけた。

それでさえ村に撒き散らされるよりはまだマシな部類と言える。


この衛生環境では自分がいつ病気になるとも限らない。

つまり肥料にするしないはあくまで二次的な目的であって、自分自身の健康のために早急に糞尿の処理施設を作る必要があるのだ。

協力者がいないなら、せめて自分の家だけでも。


「となると必要なのは……穴、か」


倉庫を漁るがシャベルは見つからない。

かわりに木の柄に平刃をつけた農具を見つけた。

ミエは生前農作業の経験はほぼなかったけれど、その農具にはなんとなく見覚えがあった。


「確かこれって(クワ)だっけ…? それとも(すき)だっけ…?」


さて用具を手に入れたとなれば対木は処理場の選定である。

家から近すぎても臭うだろうしかといって遠すぎても運搬が面倒だ。

川の近くもあまりよろしくない。


ミエは適当な距離や風向きを考えて場所を決め、穴掘りに取り掛かった。

試しに鍬…もう面倒なので鍬と呼ぼう…を地面に突きこんでみると思ったよりよく掘れる。

ただ本来この農具は土地を馴らすためのものであって、柔らかくした土は別途桶などで外に運び出す必要がありそうだ。


「結構な重労働かも…よぉ~し頑張ろう!」


腕をまくって気合を入れる。

同時に自身にスキル≪応援≫が発動した。


「あれ、鍬が軽ーい!?」


一時的に筋力が増加したミエがざくざく、ざくざくと土を掘る。

男たちはほぼ襲撃に出かけてしまっているが、かわりにオークの子供たちが物珍し気に見学しにやってきた。




冷涼と言っても力仕事をしていれば汗が出る。

上半身を脱ぎ、下着同然の姿となったミエは見物人の目を気にせずただひたすらに穴を掘り続けた。






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