第243話 区切られた期限
ネッカの説明に一喜一憂しながらはしゃぐクラスクを横目で見つつアーリは沈思に耽る。
(まあフツー魔導師は魔術の研究にかまけてて鍛冶の技術ニャんて研究時間が勿体ニャいからって学ばないしニャ…いやしかし魔具造りにはめっちゃ稀有な特性持ちニャ。これを活用できなかった冒険者連中はちょっともったいないニャー…)
そしてそんな感想を抱きはしたけれど口には出さなかった。
以前ネッカの身の上話を聞いた時、彼女の『石工になるために魔導師を志し、学費を捻出するためにひたすら働いて、十年かけて卒業して』…といった身の上話を聞いて、アーリは若干の違和感を感じていた。
それが説明していた彼女の性格と合致しなかったためである。
話を聞く限りネッカは過去に於いてかなり行動的でかつアグレッシブ…いやむしろ向こう見ずにすら思えた。
そうでなくば頑迷で先例を好み新しいことに手を出したがらない保守派の代表のようなドワーフ族が魔導師を志そうだなどとは思うまい。
にもかかわらずネッカはそれを望み、新しい世界に飛び込んで、他種族ですら落伍する者が大勢いる狭き門を独力で潜り抜け魔導学院に入り、資金不足などの困難すらその一徹な想いと努力とで乗り越えて卒業してのけた。
話しから見えてくるのは彼女の不屈さと強靭な意志の強さである。
ところがアーリの目から見た彼女の初見の印象は『小心者で臆病かつ自己評価が低い娘』であった。
そして彼女自身も己をそう自己認識している。
つまり現在のネッカと過去の彼女の印象が一致しないのである。
ただ…その性格が『生まれつき』だとは彼女は言っていなかった。
もしかしたらどこかのタイミングで彼女の自信が撃ち砕かれてあんな性格になってしまったのかもしれない。
そして…勝手な想像に過ぎないけれど、前後の時期を考えるともしかしたらその冒険者仲間達が…彼女に自信を喪失させた原因なのかもしれない。
ふとそんなことを考えてしまって、アーリはそれを口に出すことが憚られたのだ。
「ええっと…もう一つのデメリットは、その、存在しない曰くを一から載せないといけないので…その、手間と費用がかかりまふ」
「そんなに変わるものなのか」
「そうですね…場合によると半月とか一か月とか」
「その間武器は」
「つ、使えないでふ…」
「…それは困るな」
愛剣をそれだけ長く手放していては業務に支障がでかねない。
まあ彼女の仕事はクラスクの護衛であり、クラスクが彼女抜きであってもそうそう後れを取るとは思えないのだが。
「まあ後は費用ニャー。半月かかるってことはたぶんこれこれこのくらい用意して…」
「きゃー!?」
「マジか」
アーリがさらさらと書き出した必要予算を覗き見てミエが悲鳴を上げ、ゲルダが仰天した。
金貨が一枚で銀貨が十枚。
その銀貨が数枚あれば村で豪勢な食事ができるのだ。
そんな物価で金貨が四桁五桁必要となると村一つで支払えるレベルを遥かに超えている。
「…ま、それでも必要経費と割り切れば支払えるけどニャ」
「マジか」
「やだアーリさん有能…!」
「砂糖と塩の寡占と蜂蜜の専売しといて資金がニャいとは流石に言えないからニャー」
瞳を輝かせ尊敬のまなざしを送るミエとゲルダ。
肩をすくめるアーリ。
「それで…いかがいたしまふか」
「ふむ…魔法の武器化か…」
ネッカに尋ねられ少し考え込むキャス。
「私はとても魅力的な話だと思うし、受けられるなら受けたいと思うが、クラスク殿はどう思う」
「イイト思ウ。キャスの剣からやっテクレ」
「いいのか。クラスク殿の武器が優先でも構わんぞ」
「俺はキャスの武器の出来栄えを見テから考えル」
「ほう、私の剣を実験台代わりにしようということか」
務めて冷静さを装いながら、けれど少し声に非難が混じるキャス。
が、クラスクは正直にそれを認めた。
「それもアル…ガ、俺の斧は親父の斧ダ。親父はさらにその親父の形見としテ受け取っタ」
少し考え込みながら、クラスクが己の危惧を告げる。
「代々オーク族が受けつイテ来タ斧ダ。さっきの話通りならドンナ『イワク』とやらがあルかわかららンからナ」
「ああ…!」
この村にいると、そしてクラスク相手だとつい忘れそうになってしまうけれど、オーク族はとても狂暴で危険な種族なのだ。
その歴史も当然ながら血に塗れている。
それがどんなものであれ、正直あまりいい曰くを有しているとは思えなかった、
「ダからお前の武器の出来を確認させテくれ」
「わかった。そういうことなら…ネッカ」
「は、はひっ!」
「私の剣は…曰くを『育てる』でお願いしたい」
ぱちくり、と目をしばたたかせたネッカは、そのままこくりと頷く。
「わかりましたでふ。でもいいんでふか? もしかしたらリスクが…」
「私の母の剣だ。それより前の由来は知らんが…きっとだ丈夫だと信じたい」
「わかりましたでふ。では…お借りしまふね」
キャスから剣を恭しく受け取るネッカ。
「あ、金床はすぐに用意するニャ!」
「お願いしまふ」
「なあなあそれよりさあ!」
アーリが工房を飛び出そうとしたとき…やや興奮気味のゲルダが身を乗り出して話をもちかけてきた。
「キャスとクラスクの旦那の後でいいからさ! アタシ! アタシの武器も魔法の武器にしてもいいかな!?」
「う~ん…そうですよねえ。予算と時間の都合さえつけば幾らでもお願いしちゃいたいとこなんですけど…」
「だよな、だよな、ちょっと待ってろ!」
ゲルダが飛ぶように工房から消え、すぐにどすどすどすと足音を立てて戻ってきた。
「あたしの斧だ!」
「これはダメでふね」
「即答かよーっ!?」
ゲルダが机の上に置いた斧をふむふむと調べたネッカが一刀両断に断じ、ゲルダが何とも言えない情けない声を上げる。
「そんなこと言わずにさあ!」
「あ、いえ、正確には試みることはできまふが、たぶん武器が途中で壊れまふ」
「マジで!?」
ゲルダの問いにこくこくと頷くネッカ。
「本来数百年から数千年かけて少しずつ刀身に魔法を馴染ませて魔剣化するところを数日で無理矢理鍛造しようとしてるわけでふから、当然武器には相応の負荷がかかりまふ」
「フーカ?」
「負荷でふ」
「フカ」
「はいでふ」
ゲルダとの押し問答に丁寧に答えつつ、ネッカは黒板の端に追記した。
「なので元となる武器自体の質が良くないと駄目なんでふ。無論最終的に魔法の武器になればその刀身は硬くなり切れ味も上がりまふが、それ以前の武器の質に問題があるとその前段階の魔法化儀式の最中に魔力に耐えられなくって自壊してしまうんでふ」
「なるほどなー」
「ではゲルダはまず質の良い武器を手に入れるところから始めんとのう」
感心するゲルダにニヤニヤ笑いながら横やりを入れるシャミル。
「うるへー! うちの護衛隊の稼ぎ舐めんな。すぐに手に入れてやらあ!」
そんな彼女たちのやり取りを聞きながら、ミエが顎に指先を当てて考え込む。
「う~ん確かに欲を言えばキャスさんと旦那様以外でもラオさん、ワッフさん、リーパグさん、ゲルダさんエモニモさんあたりの武器は強ければ強い程いいですよねえ。あとは予算と納期の都合かー」
「そんな余裕ないニャ」
「…ふぇ?」
先刻までと違う声のトーンに、ミエだけでなく他の者達もアーリの方に顔を向ける。
皆からの視線を一斉に浴びながら…アーリは小さくため息をついて『それ』を告げた。
「確かな筋からの情報ニャ。国王軍がこれまで攻めてこなかった理由がわかったニャ」
「ふぇっ!?」
「本当か!?」
驚くミエとキャスに、アーリが小さく肩を竦め頷く。
「防衛都市ドルム近辺で最近まで起きてた騒動が原因ニャ」
「騒動…?」
「ニャ。ドルムの見回り兵を闇討ちする謎の存在がいて、それが魔族じゃニャイかってことで相当ピリピリしてたみたいニャ。国軍もそっち方面に駆り出されててなかなかこっちに手が回らなかったみたいニャー」
「そうだったんですか…」
理由がわかったところでこちらとして何ができるわけでもないけれど、何かの策謀だと疑心暗鬼になるよりははっきりと理由が分かった方がありがたい。
ミエはほっと息を吐いた。
「んで、それがどうやら魔族の仕業じゃニャイとわかったから、王国軍はこっちに手が出せる状態になったニャ」
「!!」
びくん、とミエの体が跳ねるように震え、硬直する。
他の一同も一様に息を飲んだ。
「…とはいえ、現状この村はまだここの国に反抗すると謳ってるわけじゃニャイから、まず最初に国から徴税吏が来るはずニャ。秋に収穫した麦を納めろってニャ。軍が動くとしたら…その返答次第ニャ」
どうやってその情報を…とはミエは聞かなかった。
アーリがそういう以上、きっとそうなのだろう。
「だから…クラスクとキャスの武器は最優先で強くしてもらうニャ。でもその後は城壁造りが優先ニャ。徴税吏を追い返して、国軍がやってくるまでの間に最低限の砦を完成させニャイと…この村は詰みニャ」
村に…決断と決別の時が近づいていた。