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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第三部 村長クラスク 第五章 臆病者のドワーフ娘
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第242話 疑似伝承

「それで…でふね。さっきの話に戻るんでふけど」

「おおすまない少し興奮していた」


一通り板書を終えたネッカが振り返り、キャスの方を見上げる。

エルフとドワーフは世間的にあまり仲がよろしくなく、彼女の場合は怯えも混じって少しびくびくしながらではあるが、それでも村に来た当初から比べればだいぶ慣れてきたようだ。


「キャス様の剣には…その、既に『いわく』がありまふ。これまでの歴代の使い手が広めた伝承なのか、()()()()()()()()()()()()()()()()によるものなのかまではわからないでふが、確かに反応がありまふ」

「既に『いわく』が…?」


翡翠騎士団で上げた武名はそれなりにあるけれど、それなら他の騎士達だとて相当にあったはずだ。

それとも魔族との戦いに身を投じた母が上げた武名なのだろうか。

キャスは色々と考えてみたがいまいちピンと来なかった。


ただ…()()()()()()()()()()()()()、というのならなんとなく理解できた。

クラスクの側にい続ける以上、きっと大きな戦いに巻き込まれるであろうことは疑いないからだ。

そして己は彼の妻であり…彼の元から離れるなどという選択肢はあり得ないと断言できるのだから。


一方彼女の隣にいたエモニモは、敬愛する隊長が伝説になる! という部分だけで本人以上に興奮して頬を染め、鼻息を荒くしていた。


「ええっといわくっていうか正確に言うならまだその『萌芽』のようなもので、どんないわくなのかは現時点ではわからないんでふが…おそらくあと五、六百年もすれば放っておいても魔法の剣になると思いまふ」

「「「おおお~~!」」」


皆が感心してキャスと彼女の剣をガン見する。

まあ現時点ではただの質のいい細身の剣に過ぎないのだが。


「…そう言えば先程『いわくをどうする?』と聞いていたな。具体的にどういうことか伺っても構わないか?」

「は、はひでふっ!」


ネッカは黒板を布拭きでさっと拭いて「あ、すっごい消えまふ!」と再び感心しながら先刻描いた図を消してゆく。

そして今度は文字を中心に板書を始めた。


「一つ目は曰くを『育てる』でふね。既に武器に宿っているいわくなのでそれをそのまま育ててあげるだけで『曰くつきの武器』になってくれまふ。こう既に種が植えられているのであとは水をかけて育ててあげるだけ、みたいなイメージでふね。メリットは製作日数が短めでコスパがいいところでふ。とりあえずただの魔法の武器にして宿っているいわくは後で顕現させる、って手法もありまふが、まとめて育てた方がだいぶお得になりまふ」


ネッカの話を聞きながらアーリが手持ちの黒板にさらさらと明細を書きこむ。

それをゲルダが後ろから覗きこんだ。


「なにやってんだ?」

「予算の計上ニャ」

「うげ、コスパいいっつってもたっけえな!」

「そりゃそうだニャ」


武器の魔法化は魔具の中でも特に高くつく。

どんなに安く見積もっても金貨を四桁用意しなければならぬという恐ろしく高価な買い物なのだ。


「それでいいような気がするが…何か問題はあるのか?」

「打ちあがるまで…どんないわくが付与されるかわからないことでふね。あらかじめ有名な武勇伝なんかがあればある程度推測できまふが」


キャスの問いに対しネッカが板書を追記する。

それを見ながらミエが首を捻りつつ質問を挟んだ。


「ええっと…つまり運頼みになってしまうことが問題と…?」

「それだけじゃないでふ。例えば味方に裏切られて仲間にとどめを刺された剣士の武器は、手にした人を操って周囲の相手に敵も味方もなく無差別に襲い掛かる『曰く』が付与されてるかもしれないでふ」

「「「あー…!」」」


全員が一様に驚きと得心の声を上げた。


「そっか…いわくっていいものばかりじゃないんですね…!」

「そうなんでふ。危険なものや悪いものもありまふ。悲恋や悲劇もまた英雄譚の王道でふから」

「それは確かに…無条件で試みるのはリスクがあるな」

「はいでふ」


ミエとキャスの言葉に頷きながら、ネッカが再び皆に背を向け板書を続ける。


「なので次の選択肢は『うずめる』でふ。武器の内にある『いわく』の萌芽を育てずに灰をかけて埋めてしまうでふ。そうすればいわくを持たない『ただの魔法の武器』になりまふ」

「あー、確かに大事な武器が呪われた剣とかになっちゃったら困りますもんねえ…」

「はいでふミエ様。メリットとしては選択肢の中で一番安上がりで制作期間も短くできることでふね。デメリットは特にないでふが『育てる』のメリットを享受できないのが一応それに当たりまふ」

「なるほど」


キャスとミエが同時に頷き、納得する。


「三つ目が…『上書きする』でふ」

「「「上書き…?」」」

「はいでふ。こう…例えばなんでふけど…」


板書しながら戦士の絵を描き描きするネッカ。

絵心があるのかこれまたなかなかに上手い。


「とある戦士がいたとしてでふね、誤解や勘違いによって実際には成し遂げていない武勇伝が喧伝されて、それが言い伝えになって後世に伝えられたとしたらどうなると思いまふか?」

「ええ? 要は嘘なんだよな?」

「はいでふ」

「じゃあどうにもならねーんじゃねえか?」


ゲルダが眉根を寄せて至極もっともな意見を述べる。

だが…その横でミエが真剣な顔でぶつぶつと何かを呟いていた。


「ううん…違う…だってみんなが信じたことが世界に記憶されて、その世界記憶? みたいなものが元になってその武器に還元されるんだから…」


そしてそこに思い至ってハッと顔を上げた。


「それが嘘とか誤解って誰にも気づかれずに、長年みんなに信じられたんだとしたら…その嘘が武器に宿る…?!」

「正解でふ」

「「「ええええええええええ!?」」」


ミエの言葉にネッカがこれまた頷き、キャスやゲルダらを驚愕させた。


「え、だ、だってミエ、嘘んこなんだろ!?」

「はいゲルダさん。でもたぶん()()()()()()()()()()んだと思います。大事なのは()()()()()()()()()()()()()。みんなの想念…ええっと想いとか記憶の蓄積? が世界に反映されるんだとしたら、『みんながそう信じている』んならきっとそれが『世界にとっては真実』なんです」

「その通りでふ! やっぱりミエ様は魔導師の素質がありまふね」


同類を見つけて嬉しいのか、少し朗らかにそう告げたネッカは再び黒板に向き直り板書を継ぎ足してゆく。


「もちろん誤った言い伝えが一切露見せずに長く流布し続けるのは難しくって大概どこかで破綻するんでふが、ここで大事なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()、という点にありまふ」

「ごびゅー」

「誤謬でふ」

「ごびゅう」

「でふ」


ゲルダと問答のようなやり取りをし、互いにこくりと頷き合う。


「さっき魔導師は武器が魔法化する仕組みを解明したと言ったでふ。それはつまり()()()()()()()()()()()()()と言うことでふ。例えば〈ゴブリン殺し(オルヴ・ゴブリン)〉という呪文がありまふ。これはゴブリンだらけだった地方でゴブリンをより多く殺すため開発された、対ゴブリン特化で強化される付与呪文なんでふが、これを武器を魔法化するときに上手く取り込ませることで、その武器に『自分はたくさんゴブリンを倒したのだ』と思い込ませて≪ゴブリン殺し≫のいわくを発現させることができるんでふ」

「つまり武器騙すのカ!」

「はいでふクラ様。こうして実在しない言い伝えを武器に込めることを≪疑似伝承≫と呼びまふ」

「おおおおおおおおお! それはスゴイ! スゴイナ魔導師! スゴイナネッカ!」


クラスクが本気で感心し、キャスやエモニモも感心したように唸り声を上げた。


「じゃあじゃあ、有利ないわくだけ選んで武器に込められるってことですか? すごいじゃないですか!」

「はいでふ。それが一番のメリットでふね。ただ…」

「デメリットですか?」


ミエの言葉にこれまたこくりと頷くネッカ。


「まず≪疑似伝承≫を起こすための呪文を唱えられる必要がありまふ。魔導師は()()()()()()()()()()()()()()()でふから、必要なら適切な呪文を探し出し、自分の魔導書に書き写すところから始める必要がありまふ」

「そうだったんですか? 私てっきり魔法使いはみんな全部の魔法が使えるものかと…」


ミエの素朴な疑問に答えようとして言葉を探すネッカ。


「ええっと…魔導学院の卒業試験に合格して、やっと一人前になった魔導師が知っている呪文がだいたい十くらい。大賢者とか大魔導師とかって呼ばれてる人が扱う呪文が大体百とか数百程度」

「へえー、いっぱいあるんですねえ!」

「…で、各時代の魔導師が開発してきた呪文は、現存するだけで数千とも数万とも言われてまふ」

「そん

 なに」


想像以上の膨大さに眩暈がするミエ。


「魔導師は全員研究者で、暇さえあれば新しい呪文の研究や開発をしてまふから…それに古代魔導帝国の遺失魔法あたりまで含めればさらに数は増えると思いまふ」

「な、なるほどー…?」

「なので込めたいいわくに適した呪文を探して学ばないといけないのが第一のデメリットでふね。ただネッカの場合他の魔導師と違って鍛冶の心得があるので多少誤魔化しがききまふ。ごく簡単ないわくであれば呪文を知らなくても≪疑似伝承≫を注ぎ込めまふ」

「「「おおお~~~」」」






一同が感嘆のどよめきを上げる中…だがなぜかアーリだけが眉根をしかめてネッカを凝視していた。







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