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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第三部 村長クラスク 第五章 臆病者のドワーフ娘
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第239話 魔術工房

「ふわああああああああああああ!」


感嘆の声を上げるネッカ。

森の中のクラスク村の一角に、それは作られていた。


他の家屋に比べやや広めで縦長の建物で、壁は石造り。

これはネッカを驚かせるためわざわざ別の職人に用意させている。


壁際には書棚がありこの世界では非常に珍しい書籍が既に何冊か入っている。

研究や筆記をするための木製の机が壁際に用意されており、卓上には羽ペンとインキ、それに羊皮紙の束が入った陶器製の壺が置かれていた。

またその脇の壁には暖炉や水瓶があり、その横には魔導の研究をするための各種の器具が壁際の棚に備え付けられている。

さらに壁には大きな黒板がしつらえてあり、思いついたことをすぐに書けるようになっていた。


それはまさに魔導師が実験や研究をするための工房…いわゆる魔術工房であった。


「ふわ? ふわわ?! こ、これ、これって…どなたの…?!」

「どなたのっていうか…ネッカさんのために魔術工房っていうのを作ってみました! 本は…まだちょっと揃いきってないですけど…」

「ええええええええええええええええ?!」


あまりのサプライズに思わず声を上げてしまうネッカ。

まあ当たり前と言えば当たり前である。


魔導師はこの世界を全て魔術で解き明かすために研究をしている。

冒険に出る魔導師などもいるが、それは単に膨大な研究資金を稼ぐためであり、名声を得たり出世したりするためではない。

本音を言えば世間の毀誉褒貶など放っておいてひたすらに研究に埋没したいというのが殆どの魔導師の偽らざる本音のはずだ。


そんな彼らにとって己の研究や探索の成果を確かめ、推敲し、推し進め、そして構築した理論を纏めるための魔術工房は必須施設と言ってもいい。


ただし当然というか魔術の工房を制作するのはとても高くつく。

そして魔導師の多くは皆研究肌である。

せっかく工房制作のための資金を溜めていたのに「新しい発見だ!」「面白い研究テーマだ!」などと実験にかまけて貯金を食い潰し、結句いつまで経っても魔導学院の研究施設に安くないレンタル料を払い続ける者も少なくないのだ。


ゆえに彼らの夢は自分の研究がどこぞの貴族やら豪商やらに認められ、パトロンになってもらって魔術工房を建ててもらい、ついでに研究資金の援助を恒久的に受けられるような身分になることである。

なんとも都合のいい話だが、そうした事を目的として貴族や金持ちに取り入る魔導師も少なくないし、極論すれば各国の王宮に宮廷魔導師がいるのも魔導師の保護と資金援助を得るのが目的の一つだったりする。


そんな魔術工房を、自分のために用意してくれたというのだ。

それは驚くのは当然というものだろう。


「こ、こ、これ…その、わ、私に……?!」

「はい! ネッカさんがいつ帰ってきても大丈夫なように定期的にお手入れしておきますから安心してください!」


ミエが笑顔でそう請け合うその背後で、恐怖に打ち震えるホラー漫画の登場人物のような表情を顕わにするシャミルとアーリ。

そして瞳を輝かせて室内を見入るネッカの背後で、そんな彼女を両手を合わせ嬉しそうに眺めているミエを引っ掴みずるずると壁際に引きずってゆくと、すさまじい形相かつネッカに聞こえぬような小声でミエを叱りつけた。


「フニャニャニャニャニャにを考えてるニャッ!(小声」

「なーにーを考えておるっ!(小声」

「ふぇっ!? な、何かまずかったですかね?!」

「不味いも何もあるか! せっかく高い金を出して工房を作らせておきながらそれを餌にあやつをこの村に留めおかんでどうする!」

「そうニャそうニャ! 元々魔導師を村に置くための投資って話だったニャ!」

「あああああすいませーん! でもでも本人が旅をしたいならそれを応援してあげたいかもって思わなくもないって言うか…」

「ミエのアホー! ミエホー! ミホ! ミホニャ!」

「あっ! なんか可愛い感じの名前に聞こえますっ!?」

「ミエのおたんちん(ワンガトゥフ)! おたんこなす(ワンガッガー)ニャ!」

「こぉーのぉーたくらんけめ(ウィア・グッフアンヴ)!!」

「ほ、方言に翻訳されるのってなんでなんですかねー!?」


怒り心頭のアーリとシャミルになじられるミエ。

まあ工房の設備投資に費やした金額を考えればむべなるかなという気もするが。


「と、とにかくいかがでしょうか。研究書とかはまだ揃ってないんですけどこれから充実させますから欲しい本なんかがあれば仰ってくださいね!」

「ふわ、な、なんか夢みたいでふぅ…」


まるでおとぎの国にでも迷い込んだような風情のネッカ。

その背後で研究書の相場についてメモ書きし顔を青くしているアーリ。

そこに己の欲しい錬金術の学術書を書き足してこづかれるシャミル。

どうもシャミルは最近学者よりは研究者としての自覚が強くなってきているようだ。


「…何かありますか?」

「ふわっ!? な、なにがでふか!?」

「ええっと、欲しいものとか…」

「す、すいませんすいません聞いてなかったでふ!!」


ミエに尋ねられて慌ててペコペコ謝るネッカ。


「…クラスク殿はああいう弱気なのは我慢ならんたちか?」


キャスが横にいるクラスク…夫にそっと問いかける。

自信と尊大さをを併せ持つオーク族としてはああいった態度に苛立ちを感じるのではないか、というわけだ。


「イヤ、ネッカはああ見えテそんな気弱じゃナイ」

「そうかな…?」


腕を組んでうんうんと頷くクラスクに首を傾げるキャス。


「そ、そ、そうでふね…本はそこまででもないでふけど…ええっと、せ、せっかくでふし()()()()でもあるとお役に立てるかもしれないでふ…」

「…えるがむ?」


知らぬ単語にミエが首を傾げる。

そんな言葉彼女の共通語の語彙には存在しなかった。

知っている他の言語のどれでも思い当たる節がない。

とはいえミエにかけられた翻訳の魔術?らしきものは商用共通語ギンニムの全単語を網羅しているわけではないらしいので単に彼女の知らぬ珍しい単語、という可能性もあるのだが。


「ええっと『えるがむ』ってなんなんです?」

「ああっ! すいませんすいませんでふ! つい言い慣れた言葉で…っ!」


言い慣れた、ということはつまり彼女の母語だろうか。

ミエがそんな風に一人納得するとその背後でシャミルがフォローした。


「エルガム、はドワーフ語じゃな。ノーム語ならエルヴゥム、まあ要は金床エンバーのことじゃな」

「まあ、ドワーフ語とノーム語って本当に似てるんですねえ」

「うむ。しかし金床かなとこが入り用とはのう。お主魔導師なのに鍛造もするのか」

「あ、はいでふ。一応ドワーフなので心得くらいは…でも金床エルガムが欲しいのはそういう理由じゃなくってでふね…」


そう言いかけた彼女が途中で言葉を止める。

彼女の背後でアーリが激しくむせていたからだ。


「アーリさん!? だだだ大丈夫ですか!?」

「ニャッフ! ニャッフ! えふん! だ、だ、大丈夫ニャ、大丈夫ニャ…!」


慌てて駆け寄るミエに寄り掛かるようにしてなんとか身を持ち直したアーリは、瞳孔を縦に裂いてぎょろりとネッカを見つめた。


「ネ、ネネネッカ……さん? も、もしかして()()()()()()のかニャ…?」


なぜか敬語になっているアーリに若干怯えながらネッカが頷く。


「は、はいでふ。先ほども申し上げた通りでふね…」

「フツーの鍛冶の話じゃないニャ! ()()()()()()()()()のかって話ニャ!!」


アーリの剣幕にびくうと肩を震わせたネッカは、だが彼女を見つめ返しおずこくこくと頷く。


「ええっと…は、はいでふ。自分に向いてると思ったもので…」


その言葉を聞いた途端、アーリはギョロ目でぐりんと振り返り、他の面々をびくりと脅えさせた。


「キャス! クラスク! すぐに()()()()()()()()()ニャ! 大急ぎニャ!」

「武器か? いやだがしかし私には母の形見の愛剣が…」

「俺もあノ斧大事、親父からもらっタ奴」

「うむ。サブ武器ならむしろ歓迎だが…」


クラスクの言葉に頷くキャス。

二人とも己の愛用の武器の手入れを欠かすことのないタイプであった。


「そ、そんな話をしてるんじゃないニャー!」


二人の落ち着いた様子にますます憤ったアーリは、捲し立てるようにその事実を告げる。



「『魔法の武器』ニャ! ネッカは『魔具』が作れる魔導師…それも『魔法の武器』が鍛造できるレア物ニャ! 二人の武器を魔法の武器に鍛え直してもらうニャア!!!」



一瞬の静寂。

一斉に集まる視線。

そして照れて汗を飛ばしながら俯くネッカ。


だが…彼女のその態度は、決してアーリの言葉を否定することなく…






「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!?」






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