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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第一部 オーク村の若夫婦 第一章 オークの花嫁
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第24話 出立の時

「……………」

「……………」


お互い言葉を交わさず、ベッドの端と端に座る。

相手の方をちら、と見ては慌てて顔を反らす。


クラスクは自らの情動が理解できずただただ動転し、ミエは昨晩己を娘から女にした男を羞恥のあまり正視できぬ。


「あ、あああああああのあのっ! わ、私朝ごはん作ってきますねっ!」


遂に沈黙に耐え切れなくなったミエが立ち上がり、逃げるように大部屋へと向か…おうとして、大股でよたよたとよろめきながら進む。


「大丈夫カ」

「だ、だだだだ丈夫です! ガンバリマス!」


自らの声に励まされるようにしゃきん、と直立すると、まるでロボットのように手足をそろえ隣りの部屋に消えてゆくミエ。

自らを叱咤する≪応援≫が効果を発揮したのだろうか。


クラスクは消えゆく彼女の背中に手を伸ばしかけ…だがベッドに腰かけたままでは届くはずもなくただ空を掴む。


呼び止めたいなら声をかければいい。

引き止めたいなら立ち上がって強引に腕でも引っ張れば済む話だ。


けれど彼はそれができなかった。

別のことが気になってそんな余裕がなかったからだ。


朝から猪肉のステーキという豪勢な食事…と言えば聞こえはいいが、他に選択肢がないのだから仕方がない。

焼き具合はミエの方がミディアムレア、クラスクのものはレアである。


この世界にもどうやらフライパンはあるようで、ミエが肉を焼くときには今後もこれの世話になりそうだった。

見た目は向こうの世界のそれと近いが綴蓋がなく、また鍋と同じくすんだ金色をしていて、真っ黒なフライパンしか見たことのない彼女を物珍しがらせた。


「~~~~♪」


食事を終え、鼻歌を歌いながら朝食の片づけをするミエ。

クラスクが文句を言わずに全部食べてくれたことが嬉しかったようだ。


一方椅子に座ったままその背中を眺めていたクラスクは妙に沈んでいた。

そろそろ今日の生業(なりわい)の時間なのだ。


彼は若者ばかりで構成された襲撃隊の一員である。

先輩オークに従って旅商などを襲い、酒や食物を奪うのが主な仕事だ。


それはいい。自分たちが生きるためだ。

奪われるのは弱いからで、それが嫌なら強くなればいいだけの話なのだから。


だがそのためには家を空けなければならない。

家を空けるということは彼女が…ミエが野放し(・・・)になってしまうということだ。


なんのかんので彼は今この時までずっと彼女を自由にさせていた。

自分が常に一緒にいて彼女が逃げないよう見張ることができたからだ。


けれど今からは違う。

村の外に出れば確実に目が届かなくなる。


ならば…やはりこの娘を縛りつけ、彼が帰宅するまで首輪と手錠と足枷で自由を奪い壁に繋ぎ留めておくべきなのだ。


そんなことはわかっている。

わかっているはずなのに…



同時にそれを嫌だと思っている自分に、クラスクは困惑していた。



もしかしたらこの娘は逃げないのではないか? という変な期待がある。

だが同時にこの娘に逃げられるのは嫌だ、ずっと自分の側に留めておきたい、どこにも行かせるものか、という妙な焦燥感もある。



そしてこの娘のあの笑顔が、あの懸命さが、強引に自由を奪い鎖に繋ぐことで失われてしまうのではないか…という漠然とした不安がある。



つまり彼はミエをずっと手元に置いておきたいけれど、

強引な手段で相手が嫌がるようなことはしたくないと思ってしまっているのだ。


だがそんなことが本当にあり得るのか?

攫って来た娘が自分の意志でオークの元に残ろうだなどと、本気でそんなことを考えているのか?


それならやはり繋がなければ。

逃がしたくないなら束縛しなければ。拘束しなければ。


でも…それで彼女に泣かれたら?

嫌がられたら?

嫌われたら?



それは嫌だ。

それだけは嫌だ。

なんでかわからないけれど、それだけは絶対に嫌だ…!



そんな気持ちがない交ぜとなって、彼は混乱していたのだ。


「あの…旦那様?」


難しい顔をしているクラスクを、ミエが横から覗き込む。


「な、なんダ?」


少し慌ててなんとか取り繕うクラスク。

すっかり考え込んでいた彼は、彼女の接近に全く気付けなかったのだ。


「あの…お仕事って、昨日みたいな?」

「アア、マア、それダ」

「そうですか…」


ミエにはそれがいけないことだと感じる倫理観はあった。

けれどそれは元の世界の倫理だ。

ここはもう異世界で、そしてオーク達の生活にはどうやら襲撃や略奪が欠かせないもののようだった。


止めたい。

やめさせたい。


けれど彼女には現在それを押し留めるだけの力がない。

どうやら強さや暴力が価値観であるらしき彼らを説得するには、ミエがなにがしかの力を見せて納得させるしかないのだが、そんなことすぐには思いつかない。


なにも方策がないままただ口だけで反対しても、きっと彼らに鼻でせせら笑われるのがオチだろう。


(いけないこと…でも、今の私にできることは…!)


ぶつぶつと小声で呟きながら、ミエは小さく息を吸い込んだ。


「旦那様、えっと、そ、その…!」

「ン?」


椅子に座ったままミエの方に振り向いたクラスクは、彼女の腕が己の首に巻き付いたことに思わず動転する。

完全に不意を打たれた彼は、ミエの顔がどんどん近づいてくるのをただ見守ることしかできずに…


彼女の唇が己の頬にちゅっ、と触れるまで、なにもできなかった。


「あ、あの、お仕事、頑張ってくださいね…?」

「ムハー」


ミエのスキル≪応援≫が発動し、クラスクの胸に高揚と興奮が渦巻いた。

クラスクは斧を担ぎ、「オ仕事頑張ル!」と叫びながら上機嫌で仲間の元へと走り去ってしまったのだ。






…ミエを、野放しにしたまま。






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