第237話 キノコの謎
「キノコ…でふか?」
「はい。オーク族は塩キノコって呼んでいて、これを乾燥させて塩を採取するんです」
「わくきゅー…なんか可愛い名前でふね」
「ですよね! ですよね! 私もそう思ってました!」
「カワイイ…? ミエカワイイ、ワカル。キノコカワイイ…カワイイ?!」
女性らしい感性で盛り上がる二人。
ただその辺りの機微がわからぬクラスクは二人の興奮っぷりがいまいち理解できず、己が修得したはずの単語への新たな解釈について後ろで不思議そうに首を捻っていた。
「それで…ですね。オーク族とドワーフ族って生活圏が被ってるって聞いたんですが…つまりドワーフ族もこれを御存じなんじゃないかなって」
ミエの言葉に目をに参度ぱちくりさせたネッカは、やがてこくりと肯いた。
「はいでふ。私は鉱山の採掘はあまり経験がないでふので実地に見たことないでふが、おそらくドワーフ族の言う塩キノコのことだと思いまふ」
「やっぱり知ってらしたんですね! それでそれで! それでですね!」
ミエは両手をぽんと合わせて顔を輝かせた後、本題を切り出した。
「もし外れてたらお恥ずかしいんですけど…これ、この岩盤の先に『岩塩』があるんじゃないでしょうか?」
「ああ…はいでふ。ドワーフ族は塩キノコを岩塩採掘の目印にしたりしてまふし」
「わあ、やっぱり!」
「ちょっと待ってくださいでふ…少し調べてみまふ」
腰のポシェットから幾つかの煌めく小石を取り出し地面に並べるネッカを見ながら、ミエは己の推測が間違っていなかったことに興奮を禁じ得なかった。
通常植物は塩分を嫌う。
菌類もおおむね同様である。
植物は基本的に水がないと生きてゆけない。
通常であれば植物は浸透圧を利用し簡単に水を取り込むことができるけれど、塩分があると溶質バランスが崩れ水分を取り込めなくなったり、或いは塩分濃度が高すぎて浸透圧が逆に作用し水が吸い出されてしまう。
そうすると待っているのは枯死だ。
台風のせいで海水が大量に降りかかり、沿岸の植物が大量に枯れてしまう『塩害』などもこれが理由である。
だから植物や菌類が塩を自ら生成したりすることはまずありえない。
それでもこのキノコに塩分が吹いているとしたら…
自らが吸収してしまった塩を体外に排出している結果、ではないだろうか。
それがかつてこの塩キノコを見た時ミエが抱いた推論だったのだ。
『塩生植物』というカテゴリがある。
多くの植物にとって致命的な塩分への適応…『塩耐性』を獲得した植物群の事だ。
塩沼、塩湖、干潟、砂漠の湿地帯、或いは河口の汽水域など、比較的波立たない場所には、塩分に比較的強い植物が育つことがある。
例えばマングローブやツルナ、サリコルニアなどがそれだ。
彼らが塩分に耐えるメカニズムは様々である。
例えば塩分が取り込まれるのを防いだり、塩分による水分の蒸散を抑えたり、内部に塩分を貯めこむ器官を設けたり、或いは浸透圧を調整したり。
その中に…『取り込んだ塩分を外に排出する』というものがある。
おそらくこの塩キノコが獲得している塩耐性はそれなのだ。
生存競争の結果なのか塩分の強い洞窟内でしかし生息できなかったこのキノコは、そこで生き延びるため自らの塩耐性を高めた。
塩分を含む水を啜り己の糧としつつ、だがその塩分だけを表面に濾して排出することで身を守る。
おそらくこのキノコの表皮部分には塩による蒸散を防ぐ機能が備わっているのだろう。
そうした努力の結果、他にライバルのいないこの過酷な地で、彼らは細々とながら生き永らえて来れたのではなかろうか。
ということは…つまり、この岩盤から染み出しているのは塩水で、それはとりもなおさずその背後にその元となる塩がある、ということになる。
つまり『岩塩』である。
人口の増えた今の村ではこの洞窟で採取できる塩キノコだけでは不足で、外から塩を買っている。
この洞窟に訪れるのが久しぶりだったのはそのためだ。
だがもしこの洞窟から取れる岩塩が少しでも足しになるのであれば…
「準備ができましたでふ。ちょっと下がっててくださいでふ」
「わかっタ」
「はいはーい」
ネッカに言われて一歩下がるミエとクラスク。
ネッカは壁の方に向かって杖を振り呪文を唱えた。
「展開せよ 『探知式・拾弐』」
ネッカの詠唱と共に彼女の前方の宙空にに不可思議な光る文字が浮かびあがる。
以前呪文を見せてもらったときにもちらちら見えていた気がするが、今日は暗闇の中なので一層はっきりと視認できた。
それは直径30cmほどの球形を為していて、その内部で高速に回転しているようだ。
ミエの目には…その文字が、ネッカの中から現れたように見えた。
「〈鉱物探知〉」
ネッカが呪文を唱え終わっても、以前のように石像が生えたり彼女の手が光ったりと言った見た目上の変化は何も起こらなかった。
なぜならその呪文は…ネッカの内側、その視覚に影響を与える呪文だったからだ。
「…ありまふね、岩塩。2フース(約60cm)ほども掘れば出てくると思いまふ」
ミエ達に背中を向けながらネッカが呟く。
わあ、と歓声を上げるミエ。
「岩塩? ガンエンってナンダ」
単語の意味がわからず問い質すクラスク。
「ええっと簡単に言うと岩に含まれてるお塩ですね。ざっくり言うと水に溶かして蒸発させれば塩結晶が取れます」
「塩!? 塩ガ岩から取れルのカ?!」
クラスクというかオーク族にとっては塩分の自体塩キノコで摂ることが多く、それ以外の塩分取得契機は塩を運搬している隊商を襲った時くらいである。
それが岩の中に眠っているということに驚きを隠せないようだった。
そもそも内陸盆地のこの地域で、しかも外界の知識に疎いオーク族ではまずもって海自体知らないだろう。
塩の生成方法について知らなくてもだから仕方ないのかもしれない。
…それは同時に、彼らが塩不足で種族が滅びない程度には頻繁に襲撃を行って来た、ということでもあるのだが。
「量は…でふ? …えええええええ!?」
と、その時ネッカがふらっと体をぐらつかせ、まるで立ち眩みでもしたかのようによろめいた。
素早く踏み出してネッカを支えるクラスク。
「大丈夫カ」
「ふわ、はははははははひぃぃぃ…っ」
後ろから彼に支えられたことに高揚と眩暈を感じながらもなんとか返事するネッカ。
「どうかしたんですか!?」
「あ、すいません大丈夫でふぅぅ」
杖を支えに体を持ち直したネッカは、そのまま二人の方へと振り向いた。
「あの、ええっと、探知系の呪文は精神を集中させることで対象の強さや大きさをある程度測ることができるんでふが…」
「ああ、シャミルさんも言ってましたね、瘴気を探知する呪文とかで」
「はいでふ。それで…その、その量って目に見える明るさみたいなもので表現されまふので、対象の量が多すぎると眩しすぎて立ち眩みを起こしちゃうんでふ」
「ええ…? じゃあすごくいっぱいあるってことですか?」
ミエの問いかけにネッカが頷く。
「はいでふ…たぶん200万ゴムサー(約9万トン)以上はあるんじゃないかと思いまふ…」
「そん
なに」
ミエは思わず目を丸くした。
品質にもよるが、その量だと村内の需要をまかなうどころか商業的に輸出できるレベルではないだろうか。
「たいへん…アーリさんにすぐ相談しなくちゃ…! あああとシャミルさんと精製の方法を詰めて…こっちの村じゃなきゃダメだから運搬はオークさんたちにお願いするしかないから…」
降って湧いた資源の山にミエが慌てて段取りを考え始める。
そんな彼女の様子に少し驚いた風のネッカ。
「ええっと…ミエ様大丈夫でふか?」
「問題ナイ。ああなっタミエ強イ」
うんうんと頷いたクラスクは…けれどその後ぼそりと呟いた。
「イヤ、いつも大体強イナ……?」