第229話 就活魔導師
「おっ待たせしましたー!」
「ワォォォォォォォォォォォォーン!!」
村の外から大きく飛び跳ね、ミエの家の屋根をひと蹴りして広場へと降り立つコルキ。
その上からしゅたっと飛び降りるミエ。
その後ろからごろごろと地面に転がり落ちるシャミル。
そして人型生物だったら間違いなくドヤ顔であろう雰囲気で遠吠えするコルキ。
「なかなかいい乗り心地でした! コルキえらいっ!」
「ばうばうっ! わっふわっふ…」
ミエに撫でられ尻尾をぶんぶんと振りながら喜びコルキ。
「ぜぇ…ぜぇ…腕が…腕がもうあがらん…」
「シャミルさん大丈夫です?」
「くぅ~~ん?」
「もう二度とおぬしの後ろには乗らんからなっ!」
地面に大の字になって怒鳴るシャミル。
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
そして…コルキを見て全力で脅えるドワーフ娘、ネカターエル。
「まっ、まものっ! まものまものまものっ! これまものじゃないでふかっ!?」
「はい! 魔狼のコルキです!」
「ばうばう!」
「いやあああああああああああああああああああああっ!!?」
がくがくと震えながらその場に蹲り顔面蒼白となるネカターエル。
ぱたぱたと尻尾を振りながら近づいて、その頭にぽんと肉球を乗せるコルキ。
「ひうっ!?」
「こーらぁー怖がってるじゃないですか。コルキめっですよ、めーっ」
「くぅ~~ん」
ミエに叱られて尻尾をだらんと垂らしたコルキは、そのまま家の前まで行くと自ら首に巻き付けた鎖付きの杭を地面に差し込んでその場で丸くなった。
ミエはその足でネカターエルの元まで行くと、腰を落として目線を合わせる。
「ごめんなさいね。あの子悪気はないんです」
「でも、でも、まもの…っ!」
「いやですよー。コルキが悪い魔物だったらとっくに私が食べられちゃってますよ?」
「あ、う…」
涙で滲んだ視界を向ければ、先程の魔狼が大人しく鎖につながれて丸くなりながら欠伸をしている。
どんな理屈かはわからないがどうやらミエはあの魔物を御しているようだ。
ひっく、ひっくとしゃくりを上げながら、ゆっくりと立ち上がるネカターエル。
ミエは彼女の服についた土埃を叩いて払ってやる。
「ミエ」
「旦那様!」
片手を上げてやってきたクラスクに飛びついてキスをするミエ。
むくりと起き上がるシャミル。
そんな彼らの前で…ネカターエルは涙をぐしぐしと拭いた。
「これデ揃っタナ」
「はい。ではネカターエルさん、お願いします!」
「は、はひっ!」
ネカターエルが村に居着くにせよ去るにせよ、先立つものは必要である。
魔導学院の学費を捻出するためバイトを色々していたというけれど、それは魔導術を修める前の話。
今ならばその特殊技能を活かしてもっと向いた仕事先があるかもしれないということで、彼女の魔術を一部披露してもらうことになったのである。
ちなみに昨日は会合だったため(男性陣以外)全員集合できていたけれど、今日は皆本業が忙しくて集まることができず、時間に融通の利くクラスクとミエとシャミルのみが採用担当の面接官としてわくわくしながら待ち受けている。
なにせ魔導術を間近で拝める機会など滅多にないし、特にミエは完全に初見である。すっかりサーカスや辻芸を見物する気分なのだ。
ちなみにサフィナやゲルダもだいぶ見たがってはいたけれど、今日は仕事に穴が開けられないと言うことで泣く泣くお休みである。
「えーっと…あの、では、その…は、はじめまふっ!」
「ぽちぱちぱちー」
「ウオオオオオオオオオオオ!」
「ヒッ!?」
ミエが拍手し、クラスクが期待のあまり雄叫びを上げる。
そしてそれに怯えたネカターエルが頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
「だーんーなーさーまー?」
「これ族長殿。あまり怖がらせるでない」
「悪かっタ。怖かっタカ?」
「あ、いえ、その、つい反応しちゃっただけで、その、たぶん、だいじょぶ、でふぅ…」
クラスクに謝罪され、涙目でなんとか立ち上がる。
「確かにこれでは冒険者は不向きよな…」
「ううっ! すいませんすいませんっ!」
「だいじょぶです怒ってないですから。もーシャミルさんたら!」
「ああすまんすまん。脱輪させてばかりじゃの」
「あそっか線路がないから脱線じゃないのか…」
「? 何の話じゃミエ」
「あいえなんでもないです」
慣用表現についての文化の違いに感心しているミエのせいで少々話が脇に逸れたが、ともあれようやく試験開始と相成った。
まさに脱線である。
「えと、じゃあ、まず、その…石…」
うろうろもたもたしながら広場に転がっている握りこぶし大の石を拾い、自分の前に置く。
「こ、これを石像に変えまふっ」
「ふぇ?」
言っている意味がよくわからず、ミエが不思議そうな声を上げた。
ネカターエルは杖を持ち、目を閉じて魔導の詠唱を口ずさむ。
「いざ励起せよ 『石像式・弐』!」
彼女の体が薄く輝き、その身体から周囲に何かがはじき出されるように幾つも浮き出てきた。
それは…青白く輝く文字のように、見えた。
そして…ネカターエルは自らの杖でこつんとその石を軽く打つ。
「〈石像化〉」
すると杖先の石がみるみる大きくなり、さらにそこから手足が生えてきて、見る間に人型の石像となったのである。
「ほう」
「わあっ! すごい!」
「ウオオオオ! …オオオオ」
シャミルが目を瞠り、ミエが大喜びで手を叩き、クラスクが興奮で叫び…かけて声のトーンを落とした。
先程のような雄叫びを放たないことで、ネカターエルはクラスクの様子をよく観察することができた。
自分の呪文で大袈裟に驚いてくれている。
でもこちらを脅えさせないように必死に声を抑えている。
その様がなにかおかしくて嬉しくて、ネカターエルの口元が僅かに綻んだ。
「すごいすごいすごいすごいっ! 石ころがこんなおっきな石像になっちゃうなんて!」
ミエは魔導術に関して他の魔術に比べて数学や物理学にやや近い印象を持っていたけれど、今目の前で起こったことは完全に魔法の業で、ミエの知っている科学とは完全に別物であった。
「凄イナ! これ強イカ? 戦えルカ?!」
一方のクラスクは物理法則がどうよりもとりあえず戦えるのか、どれくらい強いのか、そして戦力になるのかどうかが気になるようだ。
「ええっと…これは簡易なゴーレムの一種でふので一応戦闘はできまふ…」
「ウオオオオオ! …オオ …おおう。凄イナ」
声のトーンを徐々に落とし落として感想を述べるクラスク。
今度はネカターエルだけでなくミエとシャミルも少しくすりときたようだ。
「た、ただその、あまり強くないでふ…せいぜい駆け出しの戦士くらいしか…」
せっかく褒められたのに汗を飛ばしながら後ろ向きな発言ばかり。
ここがもし就職面接会場だとしたらせっかく面接官の喰いつきもいいというのに必死に自分の特技のネガキャンをする、という奇妙極まりない入社希望者である。
「勿論強さ大事。強けれバ強いほドイイ。デモ大事なのそこジャナイ」
「え…?」
「ふぇ? どういうことです旦那様」
だが、クラスクの発言にネカターエルとミエが同時に反応する。
「この石像殴り壊しタラドウなル」
「えと、あの、石に戻りますぅ…」
「お前痛イカ」
「あ、いえ、共感能力はないでふので、そういうのは…」
「お前痛くナイ。俺も痛くナイ。誰も死なナイ。なのに戦力にナル。これスゴイ大事」
「「ああ…!」」
ミエとネカターエルが同時に感心したような声を上げ、シャミルがうんうんと頷く。
「使い減りせん戦力は確かに有難いのう。わしよりキャスの方が喜びそうじゃが」
「えーっと、さっき戦闘もできる的な言い方してましたけど、これって本来は戦うためのものじゃないんです?」
「あ、は、はいでふ。これは本来雑用をさせるためのもので、主に荷運びとかをやらせるものでふ…多少力持ちですし石像だから疲労もしないでふので…」
「おー! なるほど! 疲れ知らずの荷運び人足ですか! 優秀ですね!」
「で、でもでもっ! ドワーフは丈夫で力持ちなので荷物運びも兄さんたちだけで足りちゃって…」
「うちはうち、よそはよそダ」
自分に褒められるものなんてない、と彼女は主張する。
けれどそれをクラスクが言下に否定した。
「お前の村デお前役に立たなかっタかもしれナイ。デモここはお前の村じゃナイ。お前の使うまじないすごくイイト思ウ」
「そうですそうです! すっごい役に立つと思います!」
「ホ、ホントでふか…?」
おずおず、といったネカターエルに、うんうんうんと幾度も顔を縦に振るクラスクとミエ。
そんな彼らを見ながら…少し怪訝そうな顔でシャミルがそのドワーフの魔導師を見つめていた。
少し気にかかる事があったからである。
(そもそも入るに難く出るに狭き魔導の門戸、それが魔導学院のはずじゃ。卒業しておる以上最終試験に合格しておるわけで、その時点で優秀でないはずはないんじゃが…なぜこの娘はここまで後ろ向きになるんじゃ…?)