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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第三部 村長クラスク 第五章 臆病者のドワーフ娘
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第227話 湿地帯の謎

「おっわわわわわわわ! ミッミミミミミエッ! 振り落とされるでないっ、振り落とされるでないぞっ!」

「だーいじょうぶですよぉーう♪ まったくもうシャミルさんたら心配性なんですからぁー♪」

「心配にもなるわああああああああああああああああっ!!」


楽し気に喋るミエと戦々恐々と言った体のシャミル。

シャミルはミエの腰に必死にしがみついていて、ミエが手綱らしきものを握っている。

となれば二人は馬に二人乗りしているのかというと…そうでもない。


実は二人が跨っているのは…コルキである。

先日魔狼と判明したばかりのミエの飼い狼だ。


普通の狼は大きいと言っても人間が乗れるサイズではない。

せいぜいゴブリンなどの小型な種族が跨れる程度だ。


だがコルキは普通の狼より明らかに大きく、そのあまりの大きさにもしかして人が乗れるのではないか…などとミエとシャミルが家の前で話をしていたら、コルキが俄然やる気を出して乗って乗ってーとせがんできたのである。

そこで念のため彼の首輪に紐を括り付け手綱替わりとし、こうして軽く遠乗りをしてみた、というわけだ。


なお子供たちは乳母のマルトに預けてある。


「うーん母親なのにいっつもこんな風に子供を預けちゃってていいんでしょうか…ちょっと悩みます」

「子育てに専念したいなら自分がおらんとろくに回らん村なぞ作るでない!」

「それは言わないでくださぁーい!」


馬…もとい狼に乗りながらなので少し声を張り上げながら会話する。


ミエはかつて元の世界で大人になるまで生きられぬと覚悟して生きて来たので、恋愛、婚姻、出産、育児というものに強い憧れがあった。

それがこの世界ではすべて叶っているのである。

彼女にとっては望外の喜びだった。

まあ順番的には恋愛より婚姻の方が先だったけれど。


実は育児に関しても彼女としては全力で当たりたいとは思っていたのだが、困ったことにミエの発想や意見がないと進まない案件が多すぎるし、なにより彼女自身頼られるとついなんでも引き受けてしまう性質たちである。

周囲には少し育児に専念した方が…という意見もあるにはあったが、彼女は今もこうして仕事に出かけているわけだ。


そう…これは『仕事』である。

決してコルキの乗り心地が知りたくて遊びに出かけているわけではないのだ。

まあついでにそれも楽しんじゃえ! という心持ちがないでもないのだが。


いや、むしろそうした仕事の中に楽しみを見出す姿勢こそがミエをこの多忙と重責の中でなお輝かせている要因なのかもしれない。


「あ! あのあたりですかね。コルキ…コルキ! ゆっくり速度落としてー」

「ばうっ!」


言われた通りに速度を緩める巨大な狼。


「本当に人語を解しておるなお主…」

「ばうばう!」


当たり前のように返事をするコルキ。


「確かに兵器転用されたら恐ろしい事態になりそうじゃわい」

「ばう~ん?」


シャミルの深刻そうな述懐に、けれどコルキが不思議そうに首を傾げた。

『兵器』という単語の意味がわからなかったのだ。

知力はともかく語彙力という意味ではまだまだ足りぬコルキである。


「とうちゃ~く! です!」

「やれやれ腕と腰が痛いわい…」


魔狼コルキから降り立った二人の視界の先にあるのは急坂の岩肌…そしてその手前にあるのは一面の湿地帯であった。


「…だいじょうぶ。出かける前にたっぷり上げたからまだおっぱいは張ってないです!」


むにむに、と己の乳房を揺らして乳の張りを確認するミエ。


「母親は大変だのう」

「それはもう! シャミルさんも子供産んだらわかります」

「人間族の妊娠率と一緒にするでない」

「そんなに低いんですか? ノーム族」

「というか人間族やオークどもの繁殖力が高すぎるんじゃ」

「つまり私と旦那様はベストカップル…!?」

「やっとれ」


きゃ~!と舞い上がるミエに毒づきながら視線を巡らせるシャミル。

その横で我に返ったミエが掌を目の上に当てながら周囲をざっくりと見渡す。


「あら思ったより大きいですねこの沼地…湿地?」

「そうじゃな…予想より北と東の方に広がっておるわい。確かにこれでは開拓予定地と被るのう」


二人で湿地の周りを歩きながら色々見分して回る。

のっしのっしと大人しくついてくるコルキ。


「それにしてもこの地方ってだいぶ乾燥してるイメージだったんですけど湿地帯なんてあったんですねえ」

「お主以前のわしの話を聞いておらなんだか」

「以前の…?」

「わしがこの村のオーク共相手に虜囚となったいきさつを思い出してみい」

「えーっと、えっと……あー!」


そうだ、確かにあの時シャミルは燃え盛る村から逃げ出して丘を駆け下りて沼地にはまってしまい、ずぶ濡れになってなんとか這い出たところをこの村のオークに捕らわれたのだと言っていた。


「これがシャミルさんが落ちたっていう伝説な沼地…!」

「勝手に伝説にするでない!」

「…つまりシャミル沼ですね!」

「勝手に人の名を地名に付けるでないわ!!」


がなり立てるシャミルをよそに湿地帯の先を見るミエ。

かつてのシャミルはあの岩だらけの急な斜面を駆け下りてきたと言う事だろうか。

だとしたら相当切羽詰まっていたのだろう。


ただ…ミエはこの時目の前の光景に心惹かれ、シャミルの話をあまり深く思い出そうとしなかった。


「あの坂を上った先が多島(エルグファヴォ)丘陵(レジファート)ですよね…オーク達は単に大丘ポーゴックって呼んでましたけど」

「まあそうなるな」

「あれ…ってことはノームの村って割りと近い…?」


ミエの言葉にシャミルの表情が一瞬翳るが、丘の方を眺めていたミエの眼には入らかった。


「まあわしも駆け通しじゃったからこの丘のすぐ上、というわけではないがの。確かにそこまで遠くではない。この沼地とこの切り立った斜面があるゆえそうそう簡単に行ける場所ではないがの」

「確かに…でもこの辺りだけ湿地帯なのはちょっと不思議ですねえ。他は乾いた大地なのに」

「なんじゃ、理由が気になるのか」


こくこくと頷くミエにシャミルがニヤリと笑う。


「では少しコルキの助けを借りるとしようかの」

「…はい?」

「ばう?」


ミエとコルキは顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。



×        ×        ×



「きゃっ! わっ! すごいすごい! コルキすごい!」

「ばうっ! ばうばう!」

「これっ! こっちに振り向くでない! 振り落とされるぅぅぅっ!」


コルキの背に乗って岩肌を登る二人。

岩から岩へと巧みに飛び乗り、飛び移り、コルキはかつてシャミルが転げるように駆け降りて来たその急坂を斜めに駆け登って行った。


「はいコルキ、ここまで!」

「ばうっ!」


そして急坂が途切れたところで、ミエがコルキを制動する。


「…この辺りでいったん平らになるんですねえ」

「ハァ、ハァ、ハァ…腕が…腕が吊る…」

「でシャミルさん、この辺りに何があるって……!?」


そこまで言いかけてミエは己の問いの答えを自分で発見した。

急坂を登った先に広がる平野部…いわゆる段丘だんんきゅう面に、その解が()()()いたからだ。


「川!? 丘の上!? この高さで!?」

「そうじゃ。幽尾ズフィッツ・セア川の支流じゃな。つまりは…」

「天井川!」

「…ようもまあそんなことまで知っておるのう」


天井川とは一般的には土砂などが堆積した結果川底が高くなり、堤防などがその分積み増された結果平地より高い所を流れるようになった川の事を指す。

場合によっては意図的に高い場所に導水した用水路などがそう呼ばれることもあるようだ。


ミエの前に流れている河川はそうした人工的な要素は見受けられず、単に丘の中腹で斜面に沿って真下でなく真横方向に流れている河川ではあるのだが、まあニュアンスとしてはミエの表現で間違ってはいまい。

地盤沈下や土地の隆起などによって発生したものだろうか。


「ふむふむ…崖面から結構離れてますしこれだけ沢地になってれば森の方には落ちてきませんねえ」

「うむ。この川はこのまま南方面に流れ、途中で滝となって丘の下に流れ落ち、その後幽尾(ズフィッツ・セア)川へと合流する。まあ水量はそこそこじゃがの」

「なるほどー…つまりこの川の水が土中とかからしみ出したものが下の湿地帯の水源ですか」

「正解じゃ。この近辺が一番斜面に近いからのう」

「ああさっき壁面が一部濡れてたのはそういう…」

「…あそこで滑って落ちとったらわしはお主を一生恨むからな」

「あの高さから滑落したら私達の生涯はたぶんあそこで終わりだったでしょうから、恨まれる時間はほんの一瞬のような…」

「やかましわ」


シャミルの皮肉を受け流しつつ一通り湿地帯の成り立ちに納得したミエは、ここで今更ながらに疑問に思った事を口にする。


「そういえばなんで幽尾(ズフィッツ・セア)川って名前なんです? なんかおどろおどろしい雰囲気ありますけど」

「『目に見(アンプトゥド)えぬ獣(ロ・ドゥーツ)』という魔性の獣がおる。決して目に見えず、その長い尾を巧みに利用して己がおらぬ方角から攻撃を仕掛けるとされる危険な化け物じゃ」

「なにそれこわい」

「その不可視の奇怪で危険な尾の事を『幽尾ズフィッツ・セア』と呼ぶ。川の名はそこから取ったものじゃな」

「えーっと…じゃあなんでその川はそんな物騒な名前が付けられてんです…?」


当たり前と言えば当たり前に行き着く疑問に、シャミルはミエが考えもしなかった答えを用意していた。


「その名の通り()()()()()()()()からじゃ」

「…ふぇ?」

「その川の先端は海へと行かぬ。バクラダ王国の国土を流れた末に深き穴に飲み込まれ、その後地底世界を流れる川となるのじゃ。わしらにはその行く末が見えぬがゆえ『幽尾(ズフィッツ・セア)』の名を冠するようになったわけじゃな」

「ええええええええええええええ!?」


ミエは驚愕した。

『川が海に辿り着かない』

そんな事があるだなどと想像したこともなかったからだ。






けれどこの世界ではそれは決してあり得ない話ではない。

何が起きても驚かないよう、そしてそれに対処できるよう…ミエは小さく息を吸って心を落ち着けた。






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