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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第三部 村長クラスク 第五章 臆病者のドワーフ娘
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第204話 オーク騎士隊

「鞭入れろ! 全力で走れ!」


ティロンム商会の支店長フィモッスが幌馬車の前から顔を出し、御者に命じて馬車の速度を上げさせる。

いかにも新品の見事な馬車だが、それだけに一際目立つのだろう。

野盗どもが剣や弓を構え街道の左右から挟撃しようとしていた。


「大丈夫だ…この距離なら逃げ切れる…!」

「店チュー! 店チュー!」

「店長だっ!」


幌馬車の後方から声がする。

最近雇った店員の一人、鼠の獣人娘(ドゥーツネム)の小娘である。


商売の世界ではつい最近まで獣人は商売人には不向きであり、雇うべきではない、とされてきたが、アーリンツ商会の名が広まるにつれその旧弊は徐々に打ち破られつつあった。


飛び込みで働かせて欲しいと売り込んできた彼女を試しに雇ってみたら、これがなかなかに目端が利くし鼻も利く。

なんだかんだで重宝してこうして隊商でも連れまわしているというわけである。


まあ他にもその娘を連れて来ているのには大きな訳がある。

次に行く街は、女性を連れてゆくととても受けがいいのだ。


「だからそれまでなんとか積み荷を取られるわけにゃあ…ってなんだ! レスレゥ!」


速度を上げたせいで騒音が酷くなり、後ろからの声がよく聞こえない。

フィモッスは大声で怒鳴り返した。


レスレゥと呼ばれたのは先の獣人ドゥーツネムの娘で、体格はやや小柄。

動きやすい服と比較的短めのスカートを着ており、その下から鼠族特有の長い尻尾が伸びている。

つぶらな瞳と長い睫毛は愛らしいけれど他種族から見ると前歯が出ているのは少々気になるところだろうか。


小さいながら荷運びなども積極的にこなす彼女は服も汚れが目立ち、世辞にもあまり色気の感じられぬ姿だが、耳の上と尻尾の先に結んでいるリボンが彼女なりの精いっぱいのお洒落のようだ。


「後ろからー! 馬が追ってまチュー!」

「そうか馬か…って馬ァー!?」


慌てて全部から首を引っ込め、どたどたと積み荷を掻き分け馬車の後方から首を突き出と、なんと野盗どもの別動隊が馬に乗り弓を構えてこちらに迫ってきているではないか。


というか、見ている間に矢が放たれた。


「うわああああああっ!?」

「チュゥゥゥゥゥゥッ!?」


馬車の前と後ろでパニックになる二人。

だが幸いその矢は大きくそれて馬車の手前の地面に突き刺さった。


揺れる馬上で弓を使うには修練が必要である。

どうやら野盗どもの弓は隊商を脅す目的以上には鍛えられていないようだ。


だが少なくない数で狙われている。

街道は一本道で左右は丈の高い草原、馬車で突っ込む事はできぬ。

このままでは下手な鉄砲…もとい弓矢も数撃ちゃ…などという事にもなりかねない。


「ここここうしちゃおれん! 速度を上げろ! 追いつかれるぞ!」

「これ以上は無理でさあ!」


そう、これ以上は難しい。


こちらは馬車。

向こうも騎馬。


どちらも同じ動力だが向こうが人間一人を乗せているだけなのに対し、こちらは馬二頭とはいえ積み荷を満載した荷車を引いているのである。

速度に格段の差が出るのは当然の帰結と言えるだろう。


「くそ! もう少し…! もう少しであの村の()()()なのに…!」


背後から響くレスレゥの警戒の鳴き声に、遂に諦めかけたその時…



突如、馬車の後方から断末魔の悲鳴が響いた。



「お…おお……?!」


馬車の左斜め前方、草原の切れ目からこちらに向けて駆けてくる馬群がある。

彼らが一斉に放った矢が野盗どもに降り注ぎ、馬車を追う徒歩(かち)の幾人かと、馬に乗った一人に突き刺さった。


馬上でふらついた男はどう、と街道の砂利の上に落馬する。



全軍突撃レムゴ・ゲルツォ!!」

「「「全軍突撃レムゴ・ゲルツォ!!」」」



商用共通語ギンニムの雄々しい叫びが草原に響き渡り、野盗どもにとって一方的な蹂躙の場であったはずのそこは、一転して凄惨な戦場と化した。


動揺する野盗どもに向かい、新たな襲撃者達は馬に括り付けた槍…騎兵槍ランスと呼ぶには少々不格好でさらに形や大きさもまちまちだが…を突き出し、一斉に突撃を敢行する。

草原を駆ける彼らの馬群は一気に戦場を貫通し、野盗どもを串刺しにしつつ次々に血祭りにあげてゆく。


ばちん、ばつん、という乾いた音が戦場に響き渡る。

馬上の黒い鎧を纏った戦士…いや騎士だろうか? 達が使用している騎兵槍? が、敵に突き刺さった勢いで次々に折れているのだ。

だが槍の方が折れても突進の勢い自体はまともに通っているようで、標的にされた野盗どもが次々と木っ端のように空に舞い汚い雨のように地面に降り落ちる。


その内の一人…だったものがどしゃあ、と馬車のすぐ近くに落下してきた時、フィモッスとレスレゥは恐怖で竦み上がった。



これは叶わぬと野盗どもが次々に逃散ちょうさんする。

だが背を向けて逃げ出す姿は騎馬の者にとって格好の獲物である。

騎馬兵達は役立たずとなった騎兵槍の代わりに剣や斧を引き抜いて次々に夜盗たちを餌食としていった。


さて野盗達が戦場で次々に躯を晒す中、最初に先陣を切って他の兵を先導していた指揮官らしき騎士が馬首を返してフィモッスたちの幌馬車を追い、並走してきた。

どうやら彼としてはもう戦闘は終了、あとは残党処理のみであって、自分の指揮は不要と判断した模様である。


その人物は日の光に照り返る黒い鎧を纏い、漆黒の兜を被り、他より一回り大きな青毛の馬に乗っていた。

そしてその体格もまた他の兵士達より一回り以上大きい。


馬に括り付けられている槍はしっかりした金属製で、他の多くの騎兵どもが使っていたものと違い折れてはいないようだ。


「御無事カ、旅の方」

「おお、おお、助かりました!」


フィモッスは感謝しつつ御者に命じ速度を落とさせる。

幌馬車と騎馬は互いにゆっくりと速度を落とし常脚なみあしとなった。


「最近我らが支配圏の境界線付近を荒らす連中がイルト聞き警戒しテイタ」



そう言いながら兜を脱いだその騎兵は…いかにも屈強そうなオーク族であった。



「おお、()()自ら…いやはや、本当に助かりました」


目の前にオーク族がいるというのに、フィモッスは特に驚いた風もなく、恭しく頭を下げる。

ただ幌馬車の後部からこちらを覗き見ている鼠獣人の娘・レスレゥの方は目をまん丸くして驚いていたが。


『村長』と呼ばれたオークは当然ながらクラスク村の村長、クラスクその人である。

跨る青毛は彼の愛馬キートク・フクィル。

率いていたのはオーク達で構成されたオーク騎兵二十騎である。


「イヤ、我が村を訪れル者ハ等しく貴重な客人。村長トしテその無事を守ル事がデきタのなら…アー、嬉シイ」


クラスクの物言いは発音こそやや拙いながらなんとも立派なもので、フィモッスは素直に感心してしまう。

言われてみれば醸し出す雰囲気もオークでありながらなにやら高貴な印象すらある。


…これはクラスク自体が人の上に立つ者としての自覚や立ち居振る舞いを覚えつつあるというのも勿論あるのだが、ミエの≪応援≫の影響でもある。


亭主を応援しない日のない彼女によって、クラスクは≪カリスマ(人型生物フェインミューブ)≫をほぼ常時発動させており、さらには≪応援(旦那様/クラスク)≫のレベルが上がったことにより新たな効果を発現させていた。


≪疑似位階≫と呼ばれる効果がそれである。


≪疑似位階≫とは応援対象に一時的な序列や地位を付与する効果である。

簡単に言えば≪疑似位階(商人)≫が発現すればその者は商人のような受け答えができるようになるし、周囲の人からも商人のように扱われる。

クラスクが現在発現させているのは≪疑似位階(騎士)≫であり、今の彼は騎士のような立ち居振る舞いや考え方をする事ができるし、周囲からまるで騎士のような扱いを受けられるのだ。


「この先ハうちの()()()ダ。もう道中は安全ダト思うが念のタメうちの連中に送らせル。俺ハ残敵ナイカ少し見回りをシテイク」

「こ、これは御丁寧に…」


至れり尽くせりの扱いにすっかり恐縮してしまうフィモッス。

クラスクは大声で草原に散ったオーク達に呼びかけると、真っ先に駆け付けたオーク騎兵に何やら指示を出し、幌馬車の後ろからじっとこちらを凝視している鼠獣人の娘に茶目っ気たっぷりにウィンクすると、そのまま兜を被って南の方へ走り去った。

鼠獣人のレスレゥは視線に気づかれたことにびっくりして慌てて馬車の中に首を引っ込めたが、己に向けられた笑顔が妙に心に残って頬に両手を当ててどぎまぎとしていた。


さて先程クラスクが話しかけていたオーク騎兵は、すぐに幌馬車に追いつき並走すると、これまた丁寧に兜を脱ぐ。

こちらも鎧を着たオークの戦士だが、クラスクに比べるとだいぶ小柄である。

まあそれでも人間よりは一回り大きいのだが。


「村まデの護衛を任されタイェーヴフデす。よろしくお願いします」


オークとしてはだいぶ流暢かつ丁寧な口調で話す若者である。

そして彼の言葉が終わらぬうちに一騎、その後にまた二騎と、草原に散ったオークの騎兵たちが次々と集まってきた。


「ハッハッハ! 騎兵槍はダメだな(カヴシ オク パッフ)!」

確かに(カークィ)! ぼきんぼきん折れる(ツォープ エアレム)! ガハハ!」

木製だ(エド シークィ )からだろ(オーク ミーフィヴ)族長のは(ギアフ カヴシ オク)折れてなかった( ヴェヴクェティヴ)

「「マジで(クィッキィ)ー!?」」


オーク語で口々に会話しながら呵々大笑してる彼らはなんとも豪放磊落で頼もしそうに見える。

彼らの言葉はわからないまでも、ともあれ心強い護衛が付いたことでフィモッスは安心してクラスク村へ馬車を向けた。


なあおい(ギヴ)この馬車なかなか(オク ルゴク)いい感じの( サックゥヒ )獲物じゃないか(ヴォシ パフ)?」

確かに(カークィ)昔なら(ミワクル ウティ )これ絶対(アックァクル)襲ってるな( オヴ ルギ バクル)

襲ってる(アックァクル)

襲ってる(アックァクル)

「「「ワハハハハハハ!」」」






…彼らがオーク語で随分と物騒な事を話し合っていた事には気づきもせずに。






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