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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第二部 族長クラスク 第四章 いざ村の外へ
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第183話 黒エルフ(ブレイ)

東山ウクル・ウィール族、族長ヌヴォリダ」


猪の腰巻を付け、肩から布を巻き、背中に鳥の羽を背負った大柄のオークがミエ達の前へやって来た。

『背負った』というのは別に誤記でも誇張でもない。本当に大きな羽根を背負っているのである。

長さはだいたい6フース(約1.87m)ほどだろうか。

仮にこんな羽根の持ち主がいたとしたら全長10mは超えているだろう。

巨鳥と言っていい。


そんな羽根には目もくれず、キャスが馬上から身を乗り出して本題を切り出そうとする。

彼女にとってはこんな些末とっとと飛ばしたくて仕方ないのだ。

だが…馬車の上から真横に手を伸ばしたミエが、その開きかけた口を制した。


「お久しぶりでございます東山ウクル・ウィール族族長ヌヴォリ様。此度中森(シヴリク・デキクル)族族長クラスクの名代で参りましたドゥルボのミエと申します。我が部族のしきたりにて女が長の代理となること、そして女の身で直接御身に語り掛ける御無礼をお許しくださいませ」


流暢なオーク語でそう語り、恭しく頭を下げる。

ここに来てキャスもようやく気が付いた。


オーク族は女性蔑視の価値観を持っている。

そして相手はこの部族の族長なのだ。

その族長相手に、そもそも被差別対象である女性は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。


キャスだとてオーク族の風習や価値観は良く知っていたはずなのだが、そのあたりクラスク村に長らく滞在していたせいで色々と麻痺してしまっていたようだ。

キャスはここが危険極まりないオークの集落なのだと改めて気を引き締めた。


「構ワン。クラスクノ女ナラ歓迎シヨウ。ドゥルボガナニカハヨクワカランガ」


先程の語りで唯一嫁ドゥルボだけはオーク語ではない。

商用共通語ギンニムである。

オークには妻や嫁と言った概念は存在しないからだ。


「ありがとうございます。族長様の大猪の皮より空の王(クェス)の羽渡りより広大な御心に感謝を。それと…クラスク様の御子を身籠っている身ゆえ荷車の上からの無礼をお詫びいたします」


「ム…」


『完璧な儀礼』を踏まれてヌヴォリはたじろいだ。

女と言えば無理矢理奪い、攫い、暴力で虐げ、性的に屈服させ、死んだような目で子を産み育てさせることしか知らぬ彼らにとって、女にこれほど分を弁えた挨拶をされるとは思ってもみなかったのである。

それも荒々しくも丁寧なオーク語で、だ。


なにより以前彼らの村を訪れた時に見た時と同様…いやそれ以上の美しさをその娘から感じる。

オークの村に連れてきた娘を…一体どうやったらこんな風に()()()()ことができるのだろうか。

ヌヴォリはあの新族長に対して底知れぬ脅威を感じた。


「ササヌヴォリ殿。挨拶はそこまでデ。早速本題に入りましょう」


と、ゲヴィクルが軽い口調で語り掛け、キャスに軽くウィンクする。

オークとは思えぬ気遣いとイケメンぶりである。

まあ実際には女なのだけれど、キャスはまだそれを知らぬ。


「そうダッタな」


純粋なオーク族であるゲヴィクルの方が礼儀を弁えておらぬではないか…などと内心愚痴を漏らしつつも客人に背を向け歩き始める。


「こっちダ」


そして…他より二回りほど大きな家の前まで案内した。


堪らずゼアロから飛び降り家の中に飛び込むキャス。

そこには…寝袋のようなものにくるまって上体を起こした黒エルフ(ブレイ)の娘がいた。


白銀の髪、褐色の肌、尖った耳……そして蒼い瞳。

それは紛れもなくキャスバスィが探し続けた娘、ギスクゥ・ムーコーであった。


「ギス!」

「あら、キャス…あんっ」


旧友の突然の来訪に少し驚いた風のギスは、けれど彼女に縋りつくように抱きしめるキャスの力の強さに小さく呻く。


「無事で、無事でよかった…! 私は、私はてっきり…!」

「…キャス、強いわ。少し痛い」

「あ、ああすまん」


思った以上にきつく抱擁していたことに気づき、慌てて両手を放し少し距離を取る。


「だがなぜこのようなところに…?」

「それが…私にもよくわからなくって」

「なに…?」


ギスクゥ…ギスの把握している限りの事情はこうである。

キャスがいなくなった後の路地裏…貧民窟への締め付けは一層に厳しくなった。

時折発作を起こすギス一人ではそれを完全に押しとどめることはできず、少しずつ少しずつ追い詰められてゆく。


そんな時…謎の人物に交換条件を切り出されたのだ。

ちょうど棄民達による開拓団が作られている。

彼女がそこに加わり王都を出てゆくというのなら、手下どもの方は目をつぶろう、と。


相手の言うことが本当に正しいのか、果たして信じられるのか。

悩んだ末にギスはその条件を飲んだ。

度重なる取り締まりで正直もう彼らに対抗できるだけの勢力を保てなくなっていたのだ。

その条件が正しいと信じて従う他なかったのである。


「連中は無事だったぞ。お前がいなくなった後も元気にしていた」

「そう…それは良かった。なら貧民との約束を律義に守ってくれたのかしら」


…なぞと口にはしたもののギスはその人物を一切信用していなかった。

聞いているキャスも同様である。


彼女らの手下が見逃されたのは、単にその人物にとって彼らが無価値だったからだろう。

要は捕らえたり放逐したりする手間をかけることすら煩わしい程度の存在、ということだ。



つまり…その条件を持ち出した連中の目的は貧民街の掃除などではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()だった、と考えられる。



キャスもギスも口にせずとも今の会話でその程度はすぐに把握した。

ただそれが一体なぜ、なんのために…ということになると流石に渺茫びょうぼうたる霧の中だ。

相手方の情報が少なすぎるのである。


ともあれ棄民達の開拓団と呼称された追放旅団は王都から大きく南下し商用都市ツォモーペを経由してそのまま西へ、目的地である国の南西の廃村へと向かった。


そこが彼らの新天地。

住む家も畑も既に用意されているというその場所で新たな生活を始めよというのが彼ら棄民達に与えられたお題目である。


「…ふざけるな! 住む家と言えば聞こえはいいが数十年前に住む者のいなくなった廃墟だったではないか! 畑も誰も耕す者がなく荒れ放題だったぞ!」

「あら、そうだったの? むしろちゃんと存在したことの方が驚きだわ。案外しっかりしてるのね」


無論ギスは本気でそう言っているわけではない。

丁寧な口調の痛烈な皮肉である。

ギスにはこうして言葉にオブラートをくるむような物言いをするところがあった。


「それで…私外見がこんなだし、私が黒エルフ(ブレイ)達の一般的な主義主張に賛同する気はないなんて言っても信じてもらえないでしょうし、ローブを引きかぶって隊の後ろの方にいたの。食事の時もみんなから距離を置いてね」


だがそんなとき山賊たちから襲撃を受け、たちまち彼女のいた集団は大混乱に陥った。


身なりのあまりよろしくない、粗暴そうな人間族の集団であった。

装備も貧弱だしあまり統制も取れていない。

山賊として長く生きているというより、そういう生活を余儀なくされて已む無く身を堕とした風に見えた。


ギス一人なら簡単に逃げ遂せることもできただろう。


「でも私達を率いていた老人…長? が真っ先に逃げ出してしまって他のみんなが右往左往しているのを見ていたら…こう、ね? つい癖で…こう」

「どうしてお前はそういらん苦労をするのだ…っ!」


そして棄民達が散り散りに逃げ出すまでの間、前線で山賊たちを引きずり回し翻弄していたギスは…けれど途中で発作に襲われそのまま彼らの手に落ちた。


「そこから先は…ぼんやりしていてよく覚えてないのだけれど…」

「そこから先は今ヌヴォリさんから聞きました」

「ミエ!」


キャスが振り返ると、家の入口にミエが立っている。

背後に隠れてよく見えぬ大きな影はあの族長だろうか。


「獲物を求めて縄張りを見回っていたところちょうど人間の集団を見かけて、それが最近縄張りを勝手に荒している連中だと判断したヌヴォリさんが殲滅させたそうです。その時彼らから収奪したもののひとつがギスクゥさんだったと」

「貴女は…?」

「申し遅れました。ギスクゥさん…ですよね? はじめまして。私は隣村のオーク族族長クラスクの妻女、ミエと申します。そちらのキャスさんには私の村で色々お世話になっておりまして」

「オークの村に協力って…キャス貴女何してるの」

「いろいろ…あったのだ…っ!」


ギスの追及に俯き身を震わせながら答えるキャス。


「オークの村になんで貴女が…と思ったけど、そういうことだったのね」

「いや、まあ…その、とにかく無事でよかった」

「そっちこそ。色々聞きたいことはできたけど」

「ぐむ…っ」


ギスの微笑みに苦虫を噛み潰したような顔となるキャス。

そんな彼女の様子をにこにこしながら見つめていたギスは、その視線を背後のオークの族長夫人を名乗る娘に向けた。







オークの村で笑顔を絶やさず、そのうえオーク族の妻を自称する…その怪しさ極まりない女性に。







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