第177話 村内会議
「というわけでクエルタの報告によると先日村を出た商人達が例の歌を口ずさんでいたそうニャ」
夜、閉店した村の酒場『オーク亭』にて。
この村を立ち上げたオーク族とその家族、そしてその協力者どもが秘密の会合を行っていた。
「ということは…」
「そうニャ! 目論見通りってことニャ!」
「やりましたね!」
「やったニャー!」
いえーい! とハイタッチするミエとアーリ。
「まあ隣の店で聞いててもノリいいしなあの曲。口ずさみたくなる気持ちもわかるぜ」
ゲルダの言葉にサフィナもこくこくと頷き、ふんふんふふんと鼻歌を奏で始める。
その曲調の美しさに一同からおお…と嘆声が漏れ、その後に拍手が続いた。
「…いたい」
皆から頭を撫でられたサフィナは首を支点にぐりんぐりんと頭を動かし抗議の声を上げる。
「しかし吟遊詩人を利用するとは考えたのう」
「はい。近所のホットスーパーで延々とテーマソング流してたから思いついたんです。まあ私もスーパーには数回しか行った事ないんですけど…」
「祝祭? ああ祝祭の時の吟遊詩人を見て着想を得たのか。なるほどのう」
「変なところで通じてるぅー!?」
一時的に退院し、実家に戻っていた時、食事の買い出しなるものに強く憧れていたミエが母親にねだって買い物について行ったことがあり、その時に受けた着想のようだ。
…吟遊詩人は通常客に歌や曲を聴かせ、客からおひねりをもらって生活の足しとしている。
だが今回ミエは吟遊詩人たちに対しアーリンツ商会を通して賃金を支払っていた。
言うなれば宮仕えの吟遊詩人のように雇用したわけだ。
ゆえに彼らは賃金分交代で曲を奏で続けた。
誰が聞いていようといまいと、耳を傾けようと傾けまいと、常時曲を流し続けていたたのである。
そして歌うのは常にはちみつオークの歌のみ。
要は…彼らが奏でていたのは店の『BGM』であり、同時に店の『テーマソング』だったのだ。
リズミカルでノリのいい曲は頭にこびりつく。
自然と口ずさみやがて村の外でも歌う者が出てくるだろう。
ミエがわざわざ宮仕えの経験のある吟遊詩人を呼び出して曲を作ってもらったのもそのためである。
「おー……でも店の前通るたびに聞こえてくる声違う…」
「はい。旅の吟遊詩人を積極的に雇うようにしてますので」
市井で日銭を稼ぐ吟遊詩人の生活は不安定である。
客の受けや客層、それに入り込んだ酒場の客の入りなどによってその日の実入りが大きく変わるからだ。
ゆえに彼らにとって宮仕えの吟遊詩人のように毎日定額で雇ってくれる場所がある、というのは非常に希少であり、有難い。
それもアーリンツ商会には吟遊詩人専用の立ち台があるし、その上報酬も結構多めである。
となると当然噂を聞きつけた吟遊詩人どもがこぞって村に集まってくることとなる。
そうして雇いきれぬほどの吟遊詩人がやってきたとき…ミエはアーリと相談して以下のような取り決めをした。
ひとつ、仕事を希望する吟遊詩人には必ず店にある名簿に名前と村を訪れた日時を記録してもらう。
ひとつ、仕事は数時間おきの交代制で、同一人物を雇うのは連続五日までとする。
ひとつ、雇うのは最低限の技量を備えていることを前提としたうえで、常に雇用経験の無い者、次いで雇用回数の少ない者を優先とする。
ひとつ、村に訪れる回数が増えるごとに村の中で受けられるサービスが増える。
ひとつ、村を再訪した際、その間に訪れた村や街の話をアーリにすれば些少なお礼を支払うものとする。この時これまで誰も訪れていない村や町の話をするほどにこの額は増えるものとする。
ちなみに村を訪れるたびに増えるサービスとは、酒場で唄えば酒をタダで奢ってもらえたり、宿で唄えば宿の安部屋…複数人が同じ部屋で雑魚寝するクラス…に無料で泊めてもらえたり、といったものだ。
吟遊詩人たちが日銭を稼げるだけでなく、こうしたサービスをすることでそれらの店もまた活気づき、繁盛していった。
これらの種々のサービス目当てに新しい吟遊詩人たちが次々にこの村にどんどんやってきて、また頻繁に再訪するようになった。
なにせ新規でやってくれば確実に仕事がもらえ、何度も訪れれば本店での雇用がされにくくなる代わりに村全体で受けられるサービスが増えてゆくのである。
さらに新しい旅先で街や村を開拓すればアーリンツ商会の店主が喜んでそれを聞いてくれて小遣いまでくれるというのだ。
それはこれまで行ったことのない村や町にまで足を延ばそうという気にもなろう。
そうして……彼らは旅先で新しい村や街を訪れては、はちみつオークのテーマソングをレパートリーのひとつとして各地で謳い広めてゆく。
そんな風に各地を旅してきた吟遊詩人たちは、クラスク村に立ち寄った際アーリにその話を語り聞かせ、同時に現地の大きな商店の噂や評判、そして扱っている商品などの情報をもたらしてくれる。
いわば吟遊詩人ネットワークである。
もちろん村の外で夜営をしてすぐに再訪などと言った不正行為は名簿にある日付と突き合わせて防止する必要があったり、行った事もない街の噂を知ったかぶりで語る吟遊詩人などもいたけれど、おおむねこのシステムは成功を収めたと言っていいだろう。
今や諸外国の街にすら、はちみつオークの歌が広まりつつあるのだから。
「はぁーい。お酒とおつまみでぇーすぅ」
厨房から出てきた小人族のトニアがとてとてとカウンターの大周りして会議をしている机に大皿を置く。
「うちの村の牛さんのお乳から作ったーカマンベールチーズの燻製でーすー」
「「「おおおおおー」」」
早速焼き目のついたスライスされたチーズをひょいとつまんでそのまま蜂蜜酒を傾けるクラスク。
「ム! 美味イ!」
「ありがとうございますー」
「こりゃ確かにいけるな! うんうんうめえうめえ」
「これゲルダ一人でそんなに食うでない」
「これは…酒が進むな」
「それダ、キャス」
「もぉー、ちゃんと会議してくださーい!」
ぷんすこするミエの背中を、少し背伸びをしたトニアがぽむぽむと叩く。
「私達はぁ、もぉ帰りますけどぉー、ミエちゃんは身重なんですから、夜更かしはトニア感心しませんー」
「ハイ、気を付けます」
「はぁーい。よろしいですぅー」
ほにゃ、と笑ったトニアは、夫のクハソークと共に店を出る。
「ではー、戸締りの方よろしくお願いしますー」
「族長、失礼スル」
「わかっタ。任せロ」
「トニアさーん! トニアさんこそ深夜まではちみつオーク用の新メニュー開発とか無理しなくていいですからねー」
ミエの注意に笑顔で応え、手を振りながら夜の闇に消える二人。
「しかし本当によい腕じゃ。よい拾い物をしたのう」
「シャミルさん、言い方!」
小人族のトニアは、料理が好きで料理人を志し、だが田舎の農村そのものといった故郷では望んだ仕事に就くことができず村を出た。
女だてらに料理人をするなど…といった偏見もあったそうだが、村では良縁に恵まれなかったというのも理由のひとつらしい。
そして人間の街に行こうと商人達の幌馬車に相乗りさせてもらったところで…オーク達の襲撃に遭ったのである。
逃げる馬車。
追いかけるオークども。
あわや追いつかれるかも、といったところで…
唐突に、馬車の後部からトニアがころりと転がり落ちた。
それは彼女がうっかり転げ落ちたからなのか、それともオーク共から逃げるために誰かが彼女を生贄の羊として突き落としたからなのか、わからない。
トニアが語ろうとしないからだ。
ただ馬車を追いかけていたオーク達は彼女に気を取られそのまま隊商を取り取り逃がしてしまい、結果としてその日の襲撃の戦果はその小人族の娘一人だけとなってしまった。
それで彼女を分け前として受け取ったのが、中年のオークにして熟練の戦士、クハソークである。
彼はかつて人間族の女性を飼っていたことがあった。
容貌や身体の相性など、彼なりに随分と気に入って色々世話をしていたのだが、所詮人の体に関する知識も気遣いも持たぬオーク族のすることである。
結局その娘は徐々に衰弱し、そのまま死んでしまった。
トニアを手に入れた彼は、だからその娘の世話の仕方に悩んだ。
もし同じように扱って、同じように死なせてしまったら困る。
だがほにゃん、とした雰囲気のその小娘が話す言葉もさっぱりわからない。
何を嫌がり、何を好むのかもよくわからない。
彼なりに色々と悩んだ結果…クハソークは当時急速に名を上げつつあった若者クラスクに相談し、そしてトニアはそのままミエに世話されることとなった。
それが…前族長ウッケ・ハヴシが帰還する数日前のことである。
その後頂上決闘によりクラスクが族長に駆け上がり…襲撃により女性を攫ってくることは禁止され、また村の女性に対する無用な乱暴が禁じられた。
つまりトニアはこの村で最後に略奪された娘であり、そして村の方針転換によりオーク達の暴力被害を受けずに済んだ最初の娘となったのだ。
トニアは結局自分を拾ってくれたクハソークと夫婦となった。
そして様々なはちみつ料理などを手掛けながら…今もミエ達の掲げる村の改革に協力してくれているのである。