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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第二部 族長クラスク 第四章 いざ村の外へ
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第175話 高い餌

バタバタと階段を駆け下りる若きフィモッス。

そんな中、のっけから商談を拒否されたフレブトはソファから動かずどっしりと腰を落としたままだ。


「どしたニャ?」

「今から大事な商談なんだろう? 俺に出て行けとは言わないのか」


自分はお呼びでないはずだ。

フレブトは暗にそう告げる。


だがアーリの返答はなんとも奇妙なものだった。


()()()()()()()()()()()()()()()ニャ」


その言葉を聞いて一瞬びくりと身を震わせたフレブトは、だがそのままソファに深く座り直す。


「ならここにいさせてもらおう」

「ほほう…それはまたなんでニャ?」

「俺が完全に拒絶されているなら商談が拒否された時点で追い出されてるはずだ。だがあんたはそうしなかった。それにあんたは()()()()()()()()()()とは言ったが()()()()()()()()()とは一言も言ってない。なら…店はともかく俺にはまだ目があると判断した」

「ニャるほど! 確かに!」


アーリは尻尾をぴぴんと立て、感心したように瞳孔を縦に細める。


「それに…若さがウリのアイツと違っておれはいいトシだ。この年でも図々しく商売人をやってられるのは俺がふてぶてしいからさ。なら…次に俺が査定される時のことを考えてここで『予習』しておくのも悪くない」

「ふふん。いい答えだニャ。そういうタイプは嫌いじゃないニャ」

「誉め言葉と受け取っておこう」


そう言いながらも内心相当緊張していた彼は再び蜂蜜酒をあおり、どうやら少しはお眼鏡に叶ったようだと心の中で深く安堵する。


「お待たせしましたっ!!」


そうこうしている内にフィモッスが部屋に飛び込んできた。


「フムフム…ニャルほど? ほう。ここからあえてこの街に遠回りするってことは…つまりおたくの売りは香辛料かニャ」

「は、はい!」


出納すいとう帳に記されていて遠回りしている場所は一か所しかない。

彼の国、ディスティア王国にて香辛料の生産が最も盛んな街・バルゾアである。

だがディスティアはこの国から見てバクラダ王国のさらに南だ。

地図もなしに記されている街の名だけでそんな遠方の国での彼の隊商の動きをそらんじる事ができるとは、やはりこのアーリンツを名乗る商人は只者ではない。

フィモッスは改めて感心しつつ、同時に緊張する。


「ふん…ニャルほど」


とんとん、と机で出納帳を軽く叩き角を整えた後返却し、己の猫髭を撫で上げる。


「うちから出す最低限の条件が『五つ』あるニャ」

「「いつつ!?」」


その数の多さに二人は目を丸くする。


「ひとつ。うちの商品を勝手に水増ししたり混ぜ物をしたりしニャいこと。二つ、うちの商品のラベルを勝手に剥がしたり偽造してうち以外の商品に貼り付けニャいこと。三つ、うちの商品を売る時は現地の相場を鑑みてうちの定価の最大二割り増しまでとすること。四つ、商品の数に限りがあるからそちらが提示した量の品を用意できニャイかもしれニャイこと。ま、提携する相手ごとの個別の条件に付いてはまた別と言うことで」

「じゃ、じゃあ…!」


飛び上がらんばかりに喜んだフィモッスが両手を掲げ勝利の雄叫びを上げる。

会ったばかりで未知の存在だったアーリンツ商会と提携できるだなんてなんという僥倖だろうか。


「…横からだがいいか。条件が五つあったはずだが」

「ああそうだったニャン」


フレヴトの言葉に頷いたアーリは、尻尾の先で横にある窓を指し示す。


「五つ。うちと提携する店は、うちから商品を納入した時は必ずこの村の護衛隊を雇ってもらうニャ。最低でも隣町までニャ」

「あ、ああ、それくらいなら…」

「ニャんだったら今回も雇ってみるニャ? この辺りは物騒だからニャ。絶対役に立つニャン」

「そ、そうですね。ではそうさせていただきます」

「はっきり聞いたニャよ?」


妙に念を押すアーリにフィモッスが肯首し、彼女は満足そうに頷いた。


「じゃあ次に来るときに店主の許可状をもらってくるニャ。それで正式に契約させてもらうニャン。ただし、貴社に対して限定で追加で幾つか条件を出させてもらうニャ」

「え…あ、はい」


まだ何かあるのだろうか。

まさかこちらが油断したところで一気に畳みかけてくるる腹積もりなのだろうか。

フィモッスだけでなくフレヴトも緊張する。

なにせ圧倒的優位な立場であるはずの彼女が提示してきたにしては、これまでの条件は()()()()()()()ことを除けばあまりに緩すぎるのだ。

こちらをいい気分にさせておいてから阿漕な条件を後出ししてくる可能性は十二分にある。


「一つ、ティロンム商会に於ける当商会との窓口は、常にフィモッス君であること。ティロンム商会のそれ以外の人物とは当商会は一切取引を行わニャい」

「「は……?」」


二人は彼女の言った事がよく理解できず、思わず顔を見合わせる。


「二つ、当商会との取引、及び当商会から仕入れた商品による利益については、ティロンム商会ではなくフィモッス君個人に帰属せしめること。無論そちらの商会の規約に則ってフィモッス君自身が店長に収入アガリを上納する分には当商会は一切関知しニャイ」

「「はい……?」」


追加で出された条項も、やはり彼らにとってはよく意味がわからない。

思わず怪訝な声を出し、再び顔を見合わせる。


「以上の条件を許可状に明記し、当商会との契約を行って欲しいニャ? ああ店長を説得するためニャら君の必死で熱心な売り込みにこちらが根負けして君とだけニャら商取引してもええよ…的な流れで商談がまとまった…的な筋書きだったことにしてもいいニャ。そこらへんは好きに脚色して欲しいニャン」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとまってちょっとまってちょっと待ってください!」

「なんニャ」

「そ、それは流石に…その、店長が納得しないんじゃ…」


自分の部下が超優良な取引先と自分だけが取引したい。売り上げも独り占めしたい。だから許可が欲しい、だなどと言ってきたら上司は絶対に信用しないだろう。

フィモッスもフレヴトが上司だったとしても間違いなく部下の私利私欲を疑う。


「じゃあ次は店長さんと一緒に来てもらってもいいニャ。こっちがちゃんを説明するニャ。ニャンニャら()()()()()()()()()()()()()


びくん、とフィモッスの体が震えた。

目の前の商談相手は暗にこう言っているのだ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。


無論有利な立場にある側が色々と無理難題を吹っかけてくることは珍しくない。

これまでも散々経験したことだ。


だがそれが明らかに自分側に…もとい()()()()()()()()()()()()()()()()というのはこれまで経験したことがない。

相手の思惑が全く読めず、それだけに不気味この上ない。


「それじゃあとりあえず今日の話はここまでだニャ。店が閉まる前に隣の護衛隊に…」

「待ってください!」

「ニャ?」


フィモッスの切羽詰まった叫びに立ち上がりかけたアーリが首を傾げ、そのまますとんとソファに座り直す。


「なんで…その、そんな、ええっと、私個人に有益な、その…」

「あー…そんニャに気になるニャ?」


アーリの特に興味のなさそうな返事にフィモッスどころかフレヴトまでぶんぶんと頷く。

如何に自分に有利な条件とは言え、その正体が見えないままでは商売人として素直に受け入れられないのだ。


「お宅の店長さんが有能なのは知ってるニャ。でも…うちとしては()()()()()に理解のある人物に力を付けて欲しいニャン?」

「力を…」

「付ける…?」

「ニャ。うちの商品を扱えば間違いなくフィモッス君は稼ぎ頭になれるニャン。だから…是非そのままティロンム商会を牛耳って欲しいニャ」

「…………………っ!!」


ぞわ、と背筋が泡立った。

アーリの言っていることは要はこういうことだ。


うちが援助してやるからお前がティロンム商会を乗っ取れ、と。


勿論商人は騎士や貴族とは違う。

儲けになるため利潤を追求するのは当然の事だし、仮に信義を大切にする商人だとて利益を求めること自体は否定しない。


だとしても、それをこうあからさまに後押しされると、なにやら色々と考えてしまうではないか。


「こちらの契約条件は告げたニャ。正式に契約するためはまたこの村に来てもらう事になるニャ。さっきも言った通り別に来なくてもいいニャ」


こちらの言い分は述べたから好きにしろ、と。

断ってもペナルティはないからと。

だから契約する気なら全部自分の意思で決めてここに戻って来い、と。

この猫獣人はそう言って誘っているのだ。






猫の方が、人間に向かって。

…おそろしく、高い餌を用意して。






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