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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第二部 族長クラスク 第四章 いざ村の外へ
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第162話 エモニモの信頼

「あのー、それはいいんですけど…」


ゴブリンの手強さについて盛り上がっている一堂に、ミエが挙手をして当初の話題に引き戻す。


「元はこの辺りに狼がいるかどうかって話でしたよね」

「そうダッタ」


クラスクも言われて思い出したのか、頭を掻いて本来の質問に答えた。


「ダから…手強いゴブリンイるナら、狼イテもおかしくナイ」

「…どういうことです?」

「あイつら狼に乗ル。キャス達が馬に乗ルように狼乗っテ戦う。そうイウ訓練をしテル奴がイル」

「まあ! その発想はありませんでした」


狼と言っても犬より多少大きい程度であって、人間族やましてやオークがその上に跨るのは難しい。

無理矢理やれば虐待になりかねぬ。


けれど体格的にゴブリンのような小型の生物なら大き目の犬…ここでは狼だが…に騎乗することはできるかもしれない。


ミエが驚いたのはこの世界で狼を『利用』している例を初めて聞いたからである。

どうにもオーク達は物騒で、彼らは狼たちを退治することばかり考えているからだ。


「ふむ。騎馬ならぬ騎狼とは面白い。次は容赦なく誅戮してくれよう」

「騎士らしく怖い物言いじゃのう」

「わ、私達も次は不覚を取りません!」


キャスとエモニモが口々にやる気を口にしてリベンジを誓う。


「で、いつ襲ってくるんです?」

「「あ…」」


そしてミエの言葉でそれぞれ我に返った。

そう、襲撃をするのは相手側。

その時期をこちらで指定することなどできないのだ。


「…それなんダガ、ミエ、ここデ家畜を飼うト言っテタナ?」

「ええ、はい。その折に野生の獣に襲われないかを確認するため旦那様をお呼びしたのですが…」

「それ囮にすルか」

「…ああ!」


ミエがぽむと手を叩く。

そもそも狼がいるとしてこの辺りに住み着いているわけでなはくゴブリンたちに飼われているのだとしたら、そのゴブリンたちを討伐すれば狼の脅威もなくなるはずである。

ゴブリン自体も数を恃みに村を襲うと言うのなら、それらの脅威を早めに潰しておくのは今後の事を考えれば悪いことではないだろう。


それに…とミエはちらとキャスの部下を名乗るエモニモの方に視線を走らせる。

村を守るため、村人を守るためという名目であれば騎士達の助けが借りられる大義名分が立つ。

相手の規模がわからない以上少しでも戦力が多いに越したことはない。


「…なら決まりですね。家畜を飼って、それを餌にゴブリンや彼らの駆る狼を退治して、早いうちにこの村を安全な場所にしましょう」


ミエの言葉に一同が頷く。


「もちろんなるべく家畜達の犠牲は出さないようにしたいですけど…」

「こっちに村のオーク常駐させル。ラオ、仕切りはお前がやれ」

「ワカッタ」

「あ、旦那様、村の人たちと一緒に農作業をするオーク達ってこっちで選んでもいいです?」

「任せル。決まっタら教えテくれ」

「はい!」

「…キャス」

「は、はいっ!」


クラスクに唐突に名指しされ思わず上ずった声で返事してしまうキャス。

なにやら背中に突き刺さるエモニモの視線が妙に痛い。


「お前はまダウチの村に協力しテもらう約束ダ」

「あ、ああ。わかっている」

「なら向こうの騎士ドモは誰が仕切ル」

「それは…当然副隊長のエモニモになるだろうな」

「ソウカ。お前カ」


その大柄のオークに視線を向けられ緊張感と同時になぜか少し高揚感を感じてしまうエモニモ。


「貴族の娘なんだからできて当然」とか、

「貴族の娘なのだからそんな夢を見るな」だとか、

「寄せ集めの騎士隊の副隊長風情が偉そうなことを」だとか、


実家でも、騎士団でも、彼女をまともに評価してくれるものはろくにいなかった。

だからこそ己を正当に評価してくれたキャスバ()に傾倒したのだ。



そのオークの視線から…エモニモは、己が敬愛する騎士隊長と同じ色を感じた。



己が貴族だからと過大に接するでもなく、見てくれや性別で過小に評価するでもなく、ただ自分が必死に努力し手に入れてきたものだけを見てくれる瞳である。



だがそれはある意味当たり前の話である。

クラスクはまず騎士というものがなんたるかを知らないし、貴族についてもよく知らぬ。

エモニモがどんな家格の家柄なのかという知識すらなければ興味もない。


知らぬもので色眼鏡をかけることはできぬ。

彼の評価はあくまで今この時点、この場所での相手の意思と実力だけなのだから。


「この村を守ル。ゴブリン蹴散らす。協力デキルか」


高い実績を誇りとんとん拍子で出世した騎士隊長のキャスバ()に比べ、彼女は特に大きな活躍もしていないのに副隊長に据えられた。

有象無象の寄せ集めである第七騎士隊に於いて、唯一まともな家柄だったためだ。


ゆえに戦場で隊を二つに分ける必要などがあった時、エモニモの隊は明らかに侮られた。

敵にも味方にも、だ。


そんな自分が許せなくって必死に努力を続けてきたけれど、それでもまだ隊長には遠く及ばない。


そんな彼女を、そのオーク族の族長は当たり前のように認め、協力を要請してくる。

それを嬉しく感じないと言えば嘘になるだろう。



…まあキャスに言わせれば会計や書類整理、現場で臨機応変に対処するための法知識など、第七騎士隊の戦闘以外の殆どをエモニモが受け持っており、世話になりっぱなしなのはむしろ己の方なのだと言うだろうけれど。



「…当たり前です。オーク族の協力をするつもりは毛頭ありませんが、この村にはひとかたならぬ世話になりました。彼らを守り助けるのは騎士として当然の責務です」

「わかっタ。なら向こうの連中はお前に任せル。ゴブリンどもを蹴散らすまデは飯がこっちデ出ソウ」

「それは…助かります」


正確にはエモニモの言葉には嘘がある。

先程この村の者達はクラスクに支配された。

つまりもう彼女の所属する国の民ではなくなってしまったのだ。


騎士は己の所属する組織や国の国土や民を守るのが本義であって、多少世話になろうと()()()()をわざわざ助ける義理はない。

それでいたずらに隊を消耗してしまえば本来のお役目に支障が出るからだ。


「ラオ。騎士ノ連中は向こうの自由にさせル。協力必要ナらこのエモニモに言え」

「エー…」


クラスクの指示には基本常に従うラオクィクにしては珍しい返事である。


「…なんですかその反応は。私が頼りなく見えるとでも」

「オ前以外ト見ル目アルナ。感心シタ」

「おかしいですね褒められているはずなのにこの憤りはどこから来るのでしょうか」

「知ラン」


ぐぎぎぎぎぎぎぎ…と再び角突き合わせる二人。

女性な上に小柄なエモニモとオーク族の中でも長身な方のラオクィクでは額と額をぶつけ合うには少々身長差があり過ぎるのだが、二人にはあまり関係ないようだ。


「…シャミルさんシャミルさん」

「なんじゃミエ」

「あの二人随分仲がいいですねえ」

「じゃろ?」

「ドコガダヨ!」「どこがですか!!」


シャミルとミエに同時に食ってかかる二人。

少なくとも息は合っているようだ。



「ともかくそうと決まればすぐに行動に移りましょう! そのゴブリンさん達への対処は旦那様とキャスさんにお任せしするとして、騎士隊と村の見張りについてはエモニモさんとラオさんが担当してもらって…私は村の人たちに今後の身の振りかたについて話をしに行きます。シャミルさんとアーリさんも一緒についてきてください」

「うむ」

「村の人たちとの交渉が纏まったらアーリさんは自分のお店について立地からご検討をお願いしますね」

「そうニャ! 一刻も早く安心して商売ができる村にするニャ! ええと交易路が確か南から来るからこの村に通して…ニャ?」


アーリが地図を広げて色々己の店の計画を夢想しているところに…ミエがぽむと肩を叩いた。


「それなんですけど…せっかく地図を広げていただいたのでついでに相談したいんですが…このあたりの街道をですね、こうこう…こうしません?」

「ニ゛ャ…!?」


ミエがささっと書き足したルートを見て、アーリが引きつった声を上げた。

だってそれは意味がない。

あまりにも意味がない。



彼らがこの村でやろうとしていることと…真っ向から反対のやり口に見える。



「ニャんで、そんニャ…?」

「あら、だって…せっかくのうちの村のお披露目なんですし、インパクトがある方がいいじゃないですか♪」




にこ、と微笑みながら両手を合わせるミエに…アーリの背筋が総毛立った。

そして…その場にいた一同もまた、その後判を押したようにミエの意見に対して懐疑の声を上げることとなる。







『その日』が、訪れるまでは。







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