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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第二部 族長クラスク 第四章 いざ村の外へ
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第152話 翡翠騎士団団長ヴェヨール・ズリュー

「お前は誰だ!」

「相手に名を尋ねる時はまず自分の名を名乗るべきではないかね。まあいい。私の名はヴェヨール・ズリュー。この翡翠騎士団の団長だ」

「お前が親玉か…!」


憤怒と殺意の籠った瞳で睨みつけ、愛用の細身の剣を構えるキャス。


「私の名はキャスバスィだ!」

「ほう」


普通犯罪者は自らの名を名乗らないものだ。

どこで足がつくかわかったものではないのだから当然である。

だがその娘は堂々とそれを言い放った。

自分に自信があると同時に、己の非を一切疑っていないからだろう。


「面白い子だ。一体どういう用件でこのような狼藉に?」


剣を構えながら、だがどこかとぼけた風の騎士団長に、キャスは苛立たし気に答える。


「それはこっちの台詞だ! なぜギスを捕らえた!」

「ギス? ギスとは誰のことだね」

「とぼけるな! お前たちが攫った黒エルフ(ブレイ)のことだ!」

黒エルフ(ブレイ)…? ああ、裏街の顔役とかいう噂の…? けれど君はエルフの血を継いでいるのだろう? 黒エルフ(ブレイ)は不倶戴天の敵ではないのかね」

「ギスは…ギスは違うんだっ!」


叫ぶと同時に右足をどんと踏み込み、顔面が歪む速度で一息に間合いを詰める。

その尋常ならざる速度にヴェヨールは瞠目した。


「やれやれ…事情を聞くにもまず気を落ち着けてからだな」


剣を構え、ゆっくりと腰を落として…

翡翠騎士団騎士団長ヴェヨール・ズリューが静かに気合を入れた。



…結論から言えば、キャスの完敗だった。



キャスの剣はヴェヨールに体に掠りもせず、完膚なきまでに叩きのめされた。

地面にはいつくばって他の騎士達に取り押さえられたキャスは、あり得ないものでも見るような目でヴェヨールをめつける。


「化物か貴様は…っ!」


あれだけの差を見せつけられたら己の敗北を認めざるを得ない。

なんという強さだろう。キャスは驚愕した。

自分よりこれほどに強い存在がいるだなどと、彼女はその時まで想像だにしていなかったのである。

キャスは歯噛みして、悔し気に下を向いた。



だが…驚いたのはヴェヨールも同じだった。



(この娘は…この娘は()()()()に悔いているのか…? 正規の訓練も受けずにこれ程とは、なかなか…!)


ヴェヨールの強さは団の中でも圧倒的で、ほとんどの団員は彼に手も足も出ない。

けれど彼らは負けたという事実こそ認めはするが、どこが足りなくて敗北したのか、どこが届かなくて負けたのか、そこまでに考えが至らない。


なにせ差があり過ぎてお互いの差分を測ることすらできないのである。

()()()()()()()()()()、ということしかわからないのだ。


けれどこのハーフエルフの娘は違った。

膂力が、速度が、剣捌きの精緻さが、そしてその技術が…どこがどれだけ足りていなかったから負けた、と理解しているのだ。

理解できているからこそ己の努力の不足を、鍛錬の不足を、そして実力不足を悔いているのである。



その才能を放っておくことは…ヴェヨールにはどうしてもできなかった。



「ふむ…キャスバ()君と言ったね」

「キャスバスィだ…まあいい、なんだ」

「今部下に調べさせたのだが、うちの牢には君の言う黒エルフ(ブレイ)の特徴を持った女性は入っていないようだ」

「なんだと…嘘を吐くな!」

「嘘ではないとも。騎士団に攫われたというのは間違いないのかね?」

「そうだ! 見てた奴がいたんだ!」

「なら…それは『どこ』の騎士団かね」

「うん…?」


どこの、と聞かれてキャスはハテと言葉に詰まる。

彼女とギスはこの王都で長いこと路地裏に君臨してきたけれど…確かに路地裏の『顔』ではあったけれど、『顔役』ではなかったからだ。


顔役というのは人望があり、上の事情にある程度通じていて、かつ上との繋がりがある者が着くものだ。

けれど彼女とギスは長らく受け続けたエルフ族への差別と偏見と、それに対する反駁と反逆によってそうした繋がりを拒絶してきた。

ゆえに騎士の存在を知ってはいても、彼らの内部の事情までは通じていなかったのである。


「ちょっと待ってろ! 確かめてくる! おいお前ら! どけ!」


くわ、とヴェヨールを睨みつけたキャスは、己の上に圧し掛かって組み伏せている騎士どもに食ってかかる。


「せっかく取り押さえたのにどけと言われてどく奴がいるか!」

「…どいてやれ」

「ほれみろ団長もどいてやれと仰って…ええええええ?!」

「まったく…人の上に無遠慮の乗っかりやがって…いいか! すぐ戻るからな! いいな! そこで待ってろ!」


己の上に乗っていた騎士達を跳ねのけるように飛び起きたキャスは、ヴェヨールを指差すと好き勝手に捲し立てながら夜の街へと走り去っていった。


「団長…逃がしてしまいましたが、宜しいのですか?」

「なに、戻ってくるさ」

「ええええ…路地裏に住み着いてるチンピラですよ? 言った事を守るとでも?」

「守るともさ。なんなら賭けるかね」

「はあ…」

「団長。我が騎士団で賭け事は禁止です」

「おおっと副団長。これは藪蛇だ」


騎士達は誰一人その小娘が戻ってくるだなどと思ってはいなかった。

だがヴェヨールだけはただ一人、彼女がこの場に戻ってくると確信していた。



なぜなら彼女が賭けたのが己の『矜持』だったからだ。



それを持たぬ者が仲間のために騎士団に乗り込むはずがない。

仲間を助けるために騎士団相手に喧嘩を売るはずがない。


ゆえに彼女は必ず戻ってくる。

そのことについて彼は一切の心配をしていなかった。


「ぜえ…ぜえ…戻って来たぞー! 扉開けろコラァ!」

「本当に戻って来たー!?」


騎士達が驚く中、団長ヴェヨール自らが正面の扉を開く。


「ぜえ…ぜえ…連中は! 真っ赤な鎧着てたって! 言ってたぞ!」

「紅蓮騎士団か! …だが些か妙だな」


ヴェヨールが顎に手を当てて僅かに眉を顰める。


「なんだ。うちの手下の言ってることを疑うのか!」

「そうではない。そうではないが…紅蓮騎士団は財務大臣ニーモウの子飼いだ。商業に力を入れるため路地裏の大掃除をして商店の立地を確保、か。まあ一応説明がつくにはつくが陛下に逆らってまで強引な手段を取るには少し弱い気がするな。他に何か気付いたことはないか?」

「そう言われてもな…うちの部下どもに騎士の見分けなんてつかんぞ」


キャスは腕組みをして首を傾け考え込んだ。


「いや、待て。そういやあなんか妙なこと言ってたな。街で見かける鎧の真っ赤な騎士どもに比べてなんか少し変だったって」

「変、とは?」

「んー…こう鎧の形? 肩に尖った棘みたいなのが生えてるとかー…」

ビンゴ(ドゥエミ)。それだ」

「あん?」


さっぱりわけがわからずキャスが怪訝そうな声を出す。


()()だよ。紅蓮騎士団の仕業に見せかけようとしたんだろう」

「なんでそんな変な真似するんだ」

「路地裏に住んでいる連中は色々あって国王陛下が暗に存在を認めておられる。悪事でも働かぬ限り公には取り締まることができん。だから自分たちがそれをした犯人とは言いたくないのさ」

「…じゃあそもそも鎧脱いだ方がいいんじゃないか」


キャスの言葉に感心したようにヴェヨールは目を丸くした。


「む! そうだな。確かにその方が足がつきにくい。君は賢いな」

「世辞はいらん。それとも馬鹿にしてんのか」

「お世辞なものか。あえて別の騎士団を偽装するのは相手の評判を落としたいからさ。商業主義のニーモウの足を引っ張りたいなら軍事拡張派…となると軍務大臣のデッスロ殿か秘書官トゥーヴだが…こういう策を弄するのはトゥーヴの方かな…軍務大臣殿は実直なお人柄だからな。トゥーヴの主義的にも路地裏の連中は邪魔だろうし、早いうちに排除したいだろう。となると、ま、十中八九紫焔騎士団が黒幕か」

「そいつらのところにギスがいるんだな!」

「まあまあ待ちたまえ(ぐいっ」

「ぐえー」


すぐにでも飛び出そうとするキャスの襟首をヴェヨールが引っ掴み、首元が絞められたキャスが思わず呻き咳込む。


「えっふ、えっふ! な、なにをする貴様!」

「彼らは狡猾だから簡単には尻尾は出さないよ。君が喧嘩を売りに行ったら好機とばかりに裏路地の連中を掃除する理由として利用するだろう。君も自分の手下が被害に遭うのは面白くなかろう?」

「む…ならどうするんだ」

「こちらにも何か有利な材料が欲しいな…黒エルフ(ブレイ)を助け出すとなると世間体的もよくないだろうし…せめてこちらが動いていることが明るみに出ても大丈夫なくらいの大義名分(ジィウ・ローティム)があれば私が助力できるんだが」

大義名分(ジィウ・ローティム)…? 人を助けるのにいちいち理由がいるのか?」


キャスの言葉に…ヴェヨールは目を丸くし、その後微笑んで大いに頷いた。


「うむ、そうだね。全くその通りだ」

「だろう。ふふん」


腕組みをして得意げに笑うキャスを見ながら目を細める。

ハーフエルフである彼女は噂通りならかなり長いことこの街の底辺で暮らしてきたはずだ。


だというのにこの()()()()()はどうしたことだろう。

大概の人間は環境が悪くなればそれに釣られて性格もすさみ歪む事が多いというのに。


それはおそらく彼女のそのありようが教育という名の『環境』ではなく『信念』に依るものだということで…





そしてそれがこの俗世の中でとてもとても貴重なものだということを、その騎士団長はよく知っていた。





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