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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第二部 族長クラスク 第四章 いざ村の外へ
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第135話 新たな需要

「買い子の問題についてはぬかりはないニャ。なにせうちの商品には試供品システム(テンヴロ トゥツォン)があるからニャ」

試供品システム(テンヴロ トゥツォン)…?」


その耳慣れない単語に、キャスは怪訝そうに眉を顰める。


「簡単なことニャ。少量の商品を無料もしくはすっごく安価でお出しするニャ。試しに使ってもらって気に入ったら次は買ってねって奴ニャ」

「!! 蜂蜜を使った商品で…それを…!?」


それは…集まる。

間違いなく人が集まる。


そもそも庶民は蜂蜜という存在を耳にした事はあっても実物がどういうものか知らないのだ。

だから彼らはまず本物かどうか疑うだろう。

仮に本物だと信じだとて、味や効果のわからぬものに出せる価格には限度というものがある。

ここの商品が蜂蜜本来の値段からすれば遥かに格安だとしても、だ。



だが…もし使い心地を実地に確かめることができるとしたら…?



キャスがこの村に来て暫く経った。

当然村で蜂蜜そのものや蜂蜜から作られる食べ物、酒、その他関連商品に触れる機会も多かった。


…恐ろしい程に高品質なのである。

特に化粧品は種類が豊富で効果も覿面。

ほんの僅か、それこそその試供品の量ですら貴族の奥方が金貨の袋で買い求めることだろう。


それを気軽にお試しで使わせる?

安価で配る?

商売として考えたら正気の沙汰とは思えない。

思えないのだが…


「めっっっっっっちゃ効果的ニャ。前回あくどい商人の買い子をさせられてた女の子が次に来たときにはいっぱいいっぱいお仕事頑張って自分の分を買いに来てたニャ。別の街でも見かけたニャ」

「もし買いに来てくれなくても使ってもらえばうちの商品の質は理解してもらえますし、彼らが噂をすればそれだけうちの商品の宣伝になりますしね」


アーリをフォローするミエの言葉で、キャスは今更ながらにこの村に来た初日に聞いた事を想い出した。

この村の商品は、そしてこの村はそもそも商人たちと異なり利潤を第一義に置いていないのだ。



では何が一番大事かと言えば…それは『宣伝』であり、『広告』である。



優れた商品であること、そしてそれをオークが作っていること、それらを知らしめるためのイメージ戦略なのだ。

そう考えれば試供品というシステムは非常に有用性の高い手法と言えるだろう。


「…とするとあと気になるのは既得権益を有する者の妨害か」

「いないニャ」

「え…?」

「この商売に()()()()()()()()()()()()()ニャ」

「あ……っ!!」


そうだ。

そうなのだ。


そもそも希少な蜂蜜を庶民に売ろうだなどという奇特な者がまずいない。

もし手に入れたら十人が十人貴族や豪商に売りつけることだろう。

だから…少なくとも現時点に於いては、この村が庶民相手にしている商いに直接の競合相手が存在しないのである。


また直接の競合者でなくとも似たような嗜好品を売り捌く商売人はいるかもしれない。

だが庶民に売ろうとする商品と比べると今度は価格帯が異なり、その上で質が段違いすぎるため棲み分けが可能となる。



品質の割には値段が破格。

試供品を用いることであらかじめ商品の質を実感できる。

そして競合相手がおらず既存の業者と棲み分けができる。

それは売れるだろう。



だが違う、とキャスは思った。

彼らのこれまでの成功の根幹はそこにあるのではない。



彼らの商売の秘訣…それは()()()()()()()()をしていることに他ならぬ。



新しい需要なのだから競合相手がいないのだ。

知ってもらうことがそのまま需要の拡大につながるのだ。

その上安くて質がよければ言うことはない。



つまり彼らはいかに既存の市場に食い込むか、ではなくこの世界の市場、その構造自体を変革しようとしているのである。



そくり、とした。



もちろんこれまでにもあっただろう。

新たな切り口で新たな需要を発掘するようなことが。


けれど彼らの開拓した販路にはこれまでのそうした既存の商売と決定的に異なる点がある。


雨後のたけのこのような『後追い』や『二番煎じ』が生まれないことだ。


誰もが思いつかなかった新たな商売を始め、新たな需要を開拓してそのまま安定できれば万々歳だが、大概はそうして新たな需要を切り開いた先人のやり口をそのまま真似た大量の模倣商売が発生する。

さらに言えば後続の方が先人の方式を見直すことでより効率的な商売を行えたり、或いは圧倒的資本で有利に立つことも多い。


創出された需要はあくまで単なる需要に過ぎぬ。

それ自体には開拓者である先人を尊重する理由などどこにもないのだ。


頑張って頑張って、創意工夫で新たな需要や価値観を創出した先駆者が、後続との競合に敗北して真っ先に廃業、などというケースも少なくないのである。


だがこの村の商売にはそれが起こりにくい。

元となる製品の入手難度と製造難度が他の商品に比べ段違いに高すぎるからだ。

蜂蜜をあの巨大重箱式採蜜レベルでシステマチックかつ恒常的に入手する手段を現状オーク族以外の種族は取ることができない。


仮に後続の模倣者が出たとしても、提供できるのはせいぜい名を騙った遥かに品質の劣る偽物だけなのだ。


キャスは彼らのやり口にほとほと感心し、思わず呻った。


「むう、なるほど…この商売の強味はよくわかった。となると次に出てくるのは…アーリンツ殿と()()したいという動きか?」

「ニャ! 流石翡翠騎士団の有望株。頭の回転が早いニャ。あとアーリでいいニャ」

「わかった、アーリ。ではこちらもキャスと」


キャスの言葉にアーリが目を瞠り、尻尾をピンと立てる。


「ニャ! キャスバ…キャスの言う通りもう後から後から商人達がやってきては接待やらなにやら攻勢を仕掛けてきたニャ。こう仕入れ先を教えて欲しいだのこちらにも是非一口噛ませて欲しいだの資本は出すから共同で仕事しようだの…ニャーもう! あいつらついこの間まで獣人にできる商売ニャんてニャイだとか獣に回せる仕事ニャんてニャいとか好き勝手言ってた分際で…フミャアアアアアアアアアアアアアア!!」

「どうどう、アーリさんどうどう」


興奮するアーリをミエがぽむぽむと叩いて落ち着かせる。

そして下の方でサフィナも真似っこぽむぽむする。


「ちょっと興奮しすぎじゃの。蜂蜜酒でも飲んで落ち着くがよい」

「ニャア…ニャア…すまニャイニャ…」


ぐび、ぐび、と杯を傾け喉を潤して大きく息をつくアーリ。


「そうですねえ…アーリさんが立ち上げた商会の働きはこちらの想定以上でしたけど、その分反響の方も予想以上で、この分だともう少し計画を前倒しする必要があるかもです」

「そうだニャア。ミエの言う通りそろそろうちだけだと手が回らなくなってきたニャ。何人かに協力を頼んでもいい頃合いニャ」


アーリの言葉にミエはぽんと手を叩いて微笑む。


「それはだいぶ進捗著しいですね! アーリさんから見て信頼できそうな方はいらっしゃるんですか?」

「ニャアア…アーリが金も商品もなかった時代と今とで態度を変えないとこは…まあ信用してもいいかもしれないニャア」

「では提携相手についてはアーリさんにお任せしますね。とすると後の問題は…」


ん~、と顎先に人差し指を当て考え込むミエを前にアーリが即答する。


()()ニャ。他の業者と提携するにしても、うち以外の商人はまだこの村に入れない方がいいと思うニャ。村の外で納品するべきニャ」

「ああ…確かにちょっと早いですかね」

「あと今回思ったんニャけどさすがにあの注文量だと荷馬車が重すぎてここまで運ぶのめっちゃ大変ニャ」

「ということは…」

「そうだニャ。以前相談した通りそろそろ村の外にうちの『本店』を構えたいところニャ」

「村の外、カ…」






腕を組んで黙っていたクラスクが呟く。

遂に…この村の外に目を向ける時がきたのだ。






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