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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第二部 族長クラスク 第三章 ハーフエルフの女騎士
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第125話 忘れかけていたこと

「なに…?」


教練不要との言葉を聞いてキャスは少し身構えた。



最近のキャスの生活を少し振り返ってみよう。



毎朝早起きして自己の鍛錬。

その後ミエの作った朝食を美味しく頂いてから午前中はクラスクと剣の稽古。

午後はオーク達の教練をやってから風呂を使い、さっぱりした後は夕暮れまでミエと一緒に村の見学や手伝いなどをして知見を広める。

そして夜は再びミエの作った夕食を平らげて、広々としたベッドで心地よい疲労感と共に就寝…といった具合だ。



正直言ってとても充実している。



騎士隊長をしていた頃の暮らしも確かにそれまでの路地裏での生活に比べたら雲泥の差ではあったけれど、正直王命やらなにやらで行きたくもない征伐に向かったり、意に添わぬ指令に従わざるを得なかったりと色々窮屈なことが多かった。


それに比べたらめきめき強くなるクラスクと剣で撃ち合いながら己の腕を磨き、熱心な生徒であるオーク達が強くなっていく様を見守る今の生活はなんとも達成感があって居心地がよい。

なにより蜂蜜を使った酒や食事の美味さと毎日昼間から風呂に入れる贅沢はなかなか外の世界の庶民では味わえない快味である。


そしてなにより彼女にとって有難いのがこの村では種族による差別や偏見がほとんど見受けられないことだ。

クラスクも、ミエも、ゲルダやシャミルやサフィナたちも、オーク達も村の娘たちも、彼女が半分人間であることも半分エルフであることも全く意に介さない。


それはオークという種が異種族の女性と多く子を為すことと無関係ではないだろう。


もっともオークが元々平等主義かと言うと全くそんなことはなく、むしろ本来の彼らであれば選民思想というか『オーク』と『それ以外の劣等種』、のような感覚だったはずだ。


だがクラスクとミエの様々な政策により彼らの意識が変化した。

ミエに聞いた話だと女性と酒造りなどを結び付け、彼らに女性の素晴らしさを布教したのだという。


結果として彼らの価値観が変わり、他の種族の扱いがそのまま()()()()された。

つまり今のこの村のオーク達にとって異種族はほとんど()()()()()()なのだ。

まあ細かい違いがわかるほどの付き合いがないから区別や差別のしようがないというのもあるし、昔から仲の悪いドワーフ族などとの軋轢はそう簡単に埋まらないだろうけれど。


また彼らと暮らすことをよしとした女性達も、村にいる異種族の多さにすっかり慣れ切ってしまっている。

当然キャスが半分人間だの半分エルフだなどと気にする者もいない。


これまでキャスが過ごしてきた場所、そのどこでも彼女の種族性が蔑視と無縁だったことなどなかった。

だから彼女にとってこの村は、なんとも居心地の良い、暮らしやすい場所となっていたのである。


「教練が終わると…私は、どうなる?」

「俺に剣を教えル以外は好きにしテくれテイイ。アイツらからは文句が出るかもしれンが」

「わ、私は別に、い、今のままでも…」


楽になるのはいいことのはずなのに、なぜか妙に言い淀み、食い下がる。


「そうなのカ? デモお前もイつまデもココにイルわけじゃなイ。村を出ル時ニハ引き受けテル仕事少なイ方がイイダロウ」

「………!!」



終わる。

いつか終わる。



そう、最初の約束では三ヶ月だったはずだ。

いったい今はいつだ? どれだけ経った? あとどれだけ()()()()()


キャスは愕然とした。


なぜ自分はそう遠くない内に終わりが来ることに今更気づいて動揺しているのだろうか。



「? 大丈夫カ?」

「あ、ああ、問題ない」

「顔が青イぞ。体調悪イのか」

「あ…っ」


クラスクの手が額に当てられ、思わず声を漏らす。


こつくて、硬くて、それでいて逞しくって頼もしい手。

きっとこの手で多くの敵を打ち負かし、打ち破ってきたのだろう。



(そして自分も…こいつに…)



「な、なんでもないっ! 大丈夫だっ!」

「そうカ?」


妙な感覚に流されそうになって慌てて振り払う。


「し、しかし教練を終わらせるにしても昼の時間が空くのはな…何か他に仕事はないか。手伝わせてくれ」

「フム。ダがお前に村の女と同じ仕事をさせテもな…」

「襲撃…はないのだったなそう言えば」


(………?)


そこまで言い出して何か妙なことに気づく。

だがその疑念を口にする前にクラスクの方が先に口を開いた。


「お前の目から見テ、他にオークに足りないものあルか」

「足りないもの…?」

「そうダ」

「それは戦場に於いて、ということか」

「そうダ」


ふむ、と自分の疑問をいったん脇に置いて考える。


「まず間違いなく魔術だな。お前もそうだが魔術に対する警戒心があまりに足りなさすぎる」

「そう言えばお前も()()()()使っテタナ。あれ教えられルか」

「どうかな…私はそもそも魔術が得意ではないし、精霊魔術は精霊との相性が大事だ。がさつな奴では扱いづらい」


二人は腕を組んでオーク族の特性について思いを巡らせる。


「「…ムリダナ」」


そして全会一致で同意を見た。

まあ総員は二名だが。


「なら他ダ。お前が教えられル奴デイイ」

「私が…?」


そこまで口にして今更気づく。

クラスクは手が空くのが嫌だとごねる自分のために仕事を探そうとしてくれていたのだ。


妙に嬉しくなって口元が勝手に綻ぶ。

それを自覚して直そうとするが戻ってくれず、自覚しているがゆえに羞恥が及んで頬が赤く染まってゆく。


「ドウシタ。やっぱり調子悪イのか」

「だ、だだだ丈夫だ! ちょっと待て! 待てってば!」


妙に少女少女した反応で一歩下がり、右手を胸に当てて動悸を無理矢理抑え込む。


「私が教えられて…オーク達に足りないもの…」


なんだろう。

考えろ。

剣や体捌き以外で、自分が教えられて、それでいて彼らに決定的に欠けているもの…



「あ……!」



あった。

この村のオーク達に決定的に足りず、それでいて戦場で大切なもので、かつ自分が教えられる大の得意分野が、もうひとつ。






「お前たち…馬には乗れるのか」

「馬? 美味イナ」

「食べるなぁーっ!?」





騎士の矜持に真っ向から喧嘩を売るようなクラスクの返答に、思わず大声で突っ込んでしまうキャスであった。





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