第106話 囚われの騎士達
「く…ライネス、もっと近くへ…」
「無理っすよ副隊長、あいつら見てる見てる」
「くぅ…っ!」
副隊長エモニモ含む翡翠騎士団第七小隊二十九名が、縄で縛られ一か所に集められ転がされている。
周囲には斧を地面に突きたて彼らを見張っているオークども。
その中には先刻エモニモを打ち倒したオーク族の戦士、ラオクィクもいた。
「いやーしかし参りましたね。なんすかあいつら。本当にオークっすか」
「く…確かに侮っていたことは認めよう…」
ぐぎぎ、と歯噛みしながらエモニモが不服そうに呟く。
落とし穴、括り罠、投網…
行方不明になった隊員たちから事情を聞けば、そうした罠が森の各所に仕掛けられていて、無力化した途端周囲に隠れていたオーク共に口を塞がれ強引に引きずられていったのだという。
視界の悪い森の中、彼らの縄張りという地の利、騎士とはまた違うやり方の…だが高い練度と統率の取れた動き。
そしてなにより彼らがこちらが来ることをあらかじめ調べ上げ、待ち受けていたということ。
初期の被害は油断があってこそのものだったけれど、仮に油断していなかったとしても最終的に同じ結果に帰結していたであろう。
それほど互いの相手に対する準備、そして対策には差があった。
オーク族相手に認め難いことではあるが、字の如くまさに完敗と言っていい。
それはエモニモにも痛い程わかっていた。
「だが…どんな小さな隙でも見つけて、這いずってでもここを抜け出して、一刻も早く隊長の元へ馳せ参じなければ…!」
そう、隊の全員が集められているこの森の一角において、唯一隊長であるキャスバスィだけがここにいないのだ。
「いやあ、でもだって副隊長が戦ったオークですら向こうのボスじゃなかったんですよー? 隊長の相手がこのオーク共のボスだとしたら、もしかしたらもう…」
「隊長が負けるはずがあるかぁ!」
思わず大声で怒鳴りつけ、オーク達の注目を集めてしまうエモニモ。
慌てて首を引っ込めて、部下達と小声で囁き合う。
「ともかく隊長は生きてらっしゃる! それだけは間違いない…そのはずだ!」
エモニモはこの騎士隊に所属する他の騎士達と異なり、いいところの貴族の娘である。
だが貴族の娘でありながら騎士に憧れてしまった彼女は親の反対を押し切って騎士団の門を叩いた。
非力な女に騎士が務まるものか…そんな周囲の視線の中必死に研鑽を続けていた彼女を拾い、自らの隊の副隊長に据えたのがキャスバスである。
女だてらにその強さ、練度、そして指揮能力…
なにより自分を取り立ててくれた大恩。
エモニモが彼女に過度に傾倒するのも無理からぬことであった。
「いやあ、あっしも隊長がそう簡単に死ぬはずはないと思いますがねえ…」
「何が言いたい」
「いやほらだってあいつらオークですよオーク。その上隊長はあんな上玉だし、隊長が死んでないとして、でも隊長だけ戻ってこないとすると…ねえ?」
「なあ?」
「な、な、な…っ!」
かああああああああああああ…
部下達の言葉に隊長のあられもない姿を想像してしまいこめかみまで真っ赤になるエモニモ。
なんとか働かせた決壊寸前水位ギリギリの理性で声を抑え、囁くように部下を叱りつける。
「そ、それこそあり得ん! 隊長がそ、その、オ、オークどもの親玉のど、毒牙にだなどと…!」
「そりゃ俺らもそう思いたいっすけどねえ」
騎士達は浮かない顔で互いを見交わす。
まあ中には不細工なオーク族と隊長の組み合わせによこしまな妄想を働かせ、だらしない表情を浮かべると同時にエモニモに凄まじい形相で睨まれるような輩もいたけれど。
「ん…?」
「なんだ…?」
縛られ地面に転がされている騎士達が顔を上げる。
なにやら周囲の雰囲気が変わった。
オーク達が口々に何か話している。
無論先程までも軽口のような雰囲気で何か話してはいたが、その様子が明らかに変わった。
もっとも彼らが口にしているのはオーク語で、騎士達にはさっぱりわからなかったけれど。
「く…っ、オーク相手に情報戦での負けを認めるのは屈辱だが…!」
エモニモも周囲の様子が変わったことに気づき後ろ手に縛られたままなんとか上体を起こす。
拘束されてここに連れてこられてすぐの時、彼女はわざと物騒な発言などをすることでオーク達の気を引いた。
商用共通語で、だ。
彼らの反応から察するにこのオーク達はみな商用共通語を解するようだ。
ただしその様子から見るに全員がペラペラというわけではなく、達者に話せのは一部だけで大半はなんとなくわかる程度。中には幾つかの単語しか理解できぬ程度の輩もいるようだ。
本来ならそうした自らの理解力を把握させないように振る舞うのも情報戦においては重要なのだが、流石にオークどもにはまだそこまでの腹芸は身についていないようだった。
重要なのは戦場に於いて明確な情報格差があったということだ。
相手はこちらの言っていることや作戦が理解できる。
こちらは相手の言っていることも考えも理解できない。
これでは勝ちようがないではないか。
だが会話の内容は理解できないが雰囲気はわかる。
彼らの態度がやや緊迫…というか緊張に近い色に染まってゆくのを、エモニモは肌で感じた。
「おい、なんか向こうから来るぞ」
「誰だ…?」
騎士達が次々に身を起こし、藪の向こうに目を向ける。
まだ距離が遠くてよく聞き取れないが、やりとりからおそらく二人連れの何者かがこちらに近づいているようだ。
「おい貴様! 私にこの格好のままで部下の前に出ろと言うのか!」
「鎧着タお前強イ。暴れられルト面倒」
「ならせめて肌着を着させろ! 鎖鎧の下に着けていただろう! なぜ剥いた! そういう趣味か!」
「お前気絶しタ時吐イタ。鎧ノ中入っテタヒラヒラ汚れタ。ダから剥イタ。お前ゲロまみれノ恰好デ部下ノ前ニ出タイカ。そうイう趣味カ。変わっテルナ?」
「ゲr…ええいならばせめてそのサーコートを貸せ! ないよりはマシだ!」
「一度縄解けト?」
「逃げない! 暴れない! 約束する! するから!」
段々と近づいてくる声。
そして藪を抜けてのそり、と現れるオーク。
その瞬間…騎士達にびりり、と電流のようなものが走った。
大きい。
いや大きいは大きいが決して巨躯というほどではない。
ただ放つ気配が、圧が、彼を見た目以上の巨体に見せていた。
言葉がわからなくてもエモニモはすぐにわかった。
配下の騎士達も皆肌で感じた。
周りにいるオーク達の態度で、そして彼自身の凄まじいまでの存在感で、迫力で。
彼が、このオーク達の長だ。
彼らに共通語を覚えさせ、巧緻と策謀を自在に操り圧倒的な武を誇るであろう、この森のオーク達の親玉だ……!
「こら、先に行くな! 引っ張られるだろ!」
だが…そんな畏怖と恐怖は、その後現れた両手を紐で縛られ彼に引かれて広場に入って来た一人の女性を見て、全て吹き飛んでしまった。
「「「なんかすっごいやらしい感じになってるぅ~~~~~~~~~~~~~!!?(ガビーン)」」」
そこにいたのは下着サーコート…いやほぼ裸サーコート姿の、彼らの隊長だったのだ。