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透明人間  作者: 岡倉桜紅
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忘れ物

 いつもより気持ちしっかり化粧をして、真船は外に出ようとして気がついた。マフラーを昨日の店に忘れてきた。


 店内が暖かかったため、外して腕にかけていたはずだが、置いてきてしまったのかもしれない。肌寒い街中や駅で外したり、落としたりしたとは考えにくい。


 真船は溜息をついた。


 仕事が終わったら店に寄って回収しよう。少年はまだいるかもしれないがこれきりだ。


 一日の業務はつつがなく進み、真船は定時きっかりに会社を後にした。


 自宅への遠回りになるが、会社からもさほど遠くない。


 ナビを眼鏡に表示させて半透明の姿をできるだけ小さくするかのように下を向いて早足で歩いた。


「ごめんください」


 ドアを細く開けると暖気が店内から溢れ出した。するりと店に入り、薄暗さに目を慣らす。


 少年はカウンターに突っ伏して眠っていた。


 マフラーはカウンターの端に綺麗に畳んで置いてあった。


 マフラーを掴んでさっさと帰ろうと思ったが、少年の腕の下にある厚い本が気になった。


 美術の本だった。鮮やかなカラー刷りで様々な作品が載っている。この少年は芸術に興味があるのか。自身は物を見えなくする仕事をしているくせに一丁前に目に鮮やかな美しさを学んでいるのが変だと思った。


「……う、ん……」


 少年が目を擦って顔を上げた。


「ツノさん?」


 真船は少年の本を覗き込んでいた体勢を弾かれたように元に戻し、マフラーを掴んだ。


「あ、マフラー、やっぱりツノさんのだったんですね」


「置いていってしまい、申し訳ありませんでした。本日も職人の方はいらっしゃらないのですね」


 真船が断定するように言ってドアの方へ向かいかける。


「その事なんですが、仮面のお仕事、僕にやらせて頂けないでしょうか。この店の職人は今、職務が出来ない状態なんです」


 少年は真剣な声音で真船の背中に向かって言った。


「能力を年齢だけで判断するほど私は頭が固いつもりはありませんが、あなたはどう見ても職人には見えません。失礼します」


 真船は聞く耳を持たなかった。


「お願いします。あなたを必ず、透明にします」


 少年はドアの前に立ちはだかって懇願した。


「これは悪徳商法にあたるのでは?」


「もう営業時間外なのでこれは僕とあなたの会話です」


「……」


 真船は少年の広げた手の横をすり抜けてでていこうとしたが、自身が半透明である所まで計算に入れるのを忘れていた。


 少年は真船の手を掴み、言った。


「仮面の新規購入はこの時期、ここ以外どこの店も手一杯です。ご満足いただけるはずです。お代はいりませんから」


「無料、ということですか」


 真船は少年の手をやんわりどけてから確かめた。少年は頷く。何やら訳がありそうだが、無料だと言うなら様子を見るのも悪くないかもしれない。


 契約書とやらにサインしてしまえばもし不良品を提供してきた場合もこちらが圧倒的に立場が上だ。出るとこに出れば正当に訴えられるだろう、と真船は意地の悪い計算を頭の中に巡らせたが、すぐに振り払った。いやいや、しかしこちらも偽名を名乗ってしまったので難しいか。


 何事にもすぐに考えうる限りの最悪の事態とその予防線と対処法まで考えてしまうのは真船の癖だった。ペシミストなのである。いつも始まりの前に終わり方を想像している。


「できるだけ早くお願いします」


 真船はマフラーを巻いた。


「またあした、お越しください。お待ちしています」


 少年はやっとドアの前から退いた。

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