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透明人間  作者: 岡倉桜紅
2/22

故障

 今日の仕事は出張して取引先に重大なデータの入ったチップを届けることだった。いつの時代になっても重要な情報の譲渡は人間の手渡しが一番安全だそうである。


 真船は誰に見られるでもない化粧を薄めに施し、まずはチップを受け取るために、スムージーを片手に自社に出勤した。


 ただ届けるだけで一日働いたことになるのだから割のいい役割だ。タイムカードを押して、手早くルーティンワークをこなしてから会社を出た。


 若い社会人なりたてのサラリーマン、キャリアウーマンなら、日々、雑用に忙殺されているだろうからこんな仕事の日は、仮面の中で悠々と音楽でも聴きながら眼鏡で映画を見て移動時間を満喫するのだろう。


 しかし、真船はそこまで一瞬の暇さえ惜しんで休みたい程の欲求はなかった。コンビニで昼食を買い、ぼうと来週の予定を考えながら電車で取引先へ向かった。


 晴れた午前で眼鏡が視界の端に映す温度は夏の少し寒い日、というくらいで気分が良かった。


改札を出た時だった。


(あ、すみません)


 眼鏡の視界に文字が映し出されて、次の瞬間真船は石畳の階段から落ちていた。


 誰かと肩がぶつかったのだ。ぶつかった相手は真船の眼鏡と自分のを交信させてアイコンを表示させて近づいてきた。真船は面倒は避けたかったが、仕方なく自分もアイコンを表示させて自分の位置を相手に示した。


 幸いただ数段足を踏み外しただけだったのでかすり傷ですんだ。


(大丈夫です。お気遣いなく。さようなら)


 それだけ言ってさっさと立ち去ろうとしたが、ぶつかってきた相手、男だか女だか知らないが、その人はあろうことか立ち去ろうとする真船の腕を掴んだ。


(やめてください)


 他人に触られるのは真船にとって生理的に受け付けないことのひとつだった。最近の現代人は接触拒否症の人間が多いそうだが、真船にもその気があった。


 透明で過ごすことに慣れすぎて、他人に認識され、触られることはイレギュラーの最たることになってしまったのである。


 たった今、そのイレギュラーが起きた。真船は顔に手をやった。


(弁償します)


 相手からの形式的な定型文が表示され、悟る。


 透明人間になるための仮面が壊れてしまっていた。

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