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透明人間  作者: 岡倉桜紅
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金木犀――謙遜、謙虚、真実、真実の愛

 少年はちゃんと部屋にはいたらしく、サイドテーブルにはいくつか本が本棚から出されて積まれていた。


「……いただきます」


 少年が林檎を食べる間、真船は椅子を作業場からとってきてベッドサイドに置き、それに腰掛けた。少年は何も言わなかった。


「ありがとうございました」


「今日はもう寝てください」


「まだお昼ですよ」


「じゃあここで本でも読んでいてください」


「ずっと僕を見張ってるつもりですか?」


「ええそうですが何か?顧客は店員の業務を把握しておく権利があると思います」


「……」


少年は諦めたように目を閉じた。


「ツノさんはがんこですよ」


「それはブーメランです」


「やっぱり眠れません」


「本でも読み聞かせますか?」


 少年は寝返りをして壁の方を向いた。


「こきゃくはてんいんのぎょうむを手伝う時があってもいいと思います」


 苦笑して、真船はサイドテーブルの本の中から一番上にあったものを取った。


 タイトルは『エメットの法則〜今日の日本経済〜』頭が痛くなりそうだ。今この少年に一番合わない書籍だと思う。


 他の本はないだろうかとサイドテーブルの本を探したが、療養中に読み聞かせられる軽い物はなかった。


「あなたの本棚に小説はないのですか?」


「ありますよ。本棚の一番左下の方です」


「ちなみに読みかけのものは?」


「本棚のやつはみんな読んじゃいましたけど、今カミュのペストを二周目で読んでます」


 重い。というか病床で読むものではないだろう。


「年齢に合わないとか言われませんか?」


「母はもっと難しいの読んでますよ」


 真船は本棚を見渡した。


「図鑑とか面白そうですね」


「あ、じゃあ花の図鑑が見たいです」


 リクエストがあったので分厚い図鑑を取って椅子に戻った。


 黙って二人で花を見ていた。


「...今は、コスモスがきっと綺麗ですね」


 少年はコスモスのページをながめて呟く。


「そうですね」


「ツノさんは今何の花が見たいですか?」


 秋の花、と言われてもそもそもあまり秋に咲く花が思いつかなかった。


「その花の一生で今が一番綺麗に見える花ならなんでも」


 少年は笑った。

「やさしいですね」


 何が優しいのか分からなかった。


「具体的にどれが見頃なんですか」


「ケイトウとか、曼珠沙華、あ、彼岸花ですね。あと、ススキとかバラなんかも綺麗です」


「そうですか」


 微睡むような静かな午後だった。


「昨日は金木犀の匂いがしてました」


 少年は続けた。


「ツノさんは金木犀みたいな人ですね」


「……それはどうも?」


「うちの裏に金木犀の植え込みがあるので暗くならないうちに見ていってください」


 少年は目を閉じた。真船はそっと椅子から立ち上がり、図鑑をサイドテーブルに置いた。


「おやすみなさい」


 彼の母親はきっと大変だろう。こんなに綺麗な心が咲く彼の、みずみずしい今だけの一瞬一瞬を見ることが出来ないのだから。


 裏庭には良い香りの小さな花が咲いていた。

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