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俺と義妹、ちょっと前の話。

ちょっと重めの話。








「残念ながら、息子さんの肩は……」




 怪我から一ヶ月が経過して、主治医が親父にそう告げた。

 俺は高校進学間もなく、部活中に怪我が発覚。その後、大きな病院で懸命にリハビリに励んできた。しかし秋頃になって、ついに主治医が首を横に振ったのだ。

 親父は当然、俺のことを必死に慰めてくれた。

 だけど肝心の自分自身が、どこか他人事のように思えてしまっていた。







「義兄さん、なにしてるんですか!?」

「え、なにって……練習?」

「そんな……!」




 だから、あまりにも無意識のうちに。

 俺は帰宅して間もなく、庭先に出て素振りをしようとしていた。

 両親が外に出ていた時間帯。涼香がそれに気付いて、血相を変えて飛び出してきたのを憶えている。義妹の言葉に俺は首を傾げて答え、彼女は驚き、青ざめた。

 しかし、当時の俺は涼香がなにに驚いているのか理解できないでいたのだ。



 ――いや、違う。

 ずっと続けてきた野球ができなくなった事実から、目を逸らしていたんだ。直視すればきっと、自分の中の何かが壊れてしまうから。だから、なにがなんでも現実を受け入れないように必死になっていた。




「なんか、バットが重いな。……はは、最近サボってたからかな」

「………………義兄さん……」




 振り切っても、金属バットの軌道が安定しない。

 波打つように振られるそれを必死になって、俺は水平に振ろうと繰り返した。涼香はそんな俺を見て絶句していたように思う。言葉を失って、ただこっちを見ていた。




「そうだな。次は、ピッチングを……」




 そんな彼女を見ないフリして、俺はボールを手に取る。

 そして、壁に掛けてある的へ目がけて――。





「…………あ……」






 ――ボト、と。

 なんとも寂しい音を立てて、ボールが滑り落ちた。

 足元に転がるそれを見た俺は首を傾げ、もう一度投球フォームに入る。しかし、結果は同じ。小さな音のはずなのに、いやに大きく響いたその音は、俺にとっての絶望だった。


 その瞬間、だったのだろう。

 俺が、現実を目の当たりにしてしまったのは。




「あ、ああああ、ああああああああああああ!」




 何かが、俺の中で壊れた。

 感情が溢れ出して、もはや何に涙しているのか分からなかった。

 頭を抱えて、人目もはばからず、ただただ泣き崩れた。もう何もかもが終わりだ。そう思った。そう思わざるを得なかった。今までの努力も全部――。




「義兄さん!!」

「……あ…………」




 ――無駄だった、と。

 そう、自分の中で結論付けてしまいそうになった。

 その直前に、俺のことを抱きしめてくれたのは涼香。義妹は、自身も大粒の涙を流しながら俺の名前を呼んで、ただただ強く、しかし優しく抱きしめてくれた。

 そして、こう言うのだ。




「大丈夫です。義兄さんには、私がいます。今度は、私が……!」

「……涼香…………?」

「だから、泣かないで。……お願いです!」

「…………」




 そんな彼女の存在が、どれほど心強かっただろう。

 折れてしまいかけた心に寄り添ってくれた涼香の想いは、とかく俺の胸に沁みてきた。そして、自分は独りではない、と思うことができたのだ。






「うん、うん……!」






 その日は、両親が帰ってくるまで二人で泣き続けた。

 俺が彼女の前で涙を見せたのは、それが初めてだったと思う。



 


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