伝説の勇者の仲間の魔法使いの3番目の弟子の助手【完全版】
21年末、「なろうラジオ大賞3」のために書かれた同タイトル超短編の【完全版】になります。
ちょっと長めです。お許しください。
「勇者オレンの仲間だった魔法使いの3番目の弟子の助手なんです」
僕がそう名乗ると、たいていの人は答える。
お前そりゃ赤の他人だよ。
まったくその通りだ。僕だってそう思う。
でも、こんな赤の他人のような遥か遠い関係であっても、僕が勇者オレンとつながっているのはまぎれもない事実であるわけだし、こんな笑い話にしかならないような小ネタでも、結果それで僕の顔や名前を覚えてもらえる助けに少しでもなるのならば、ちゃんと意味はあると思うのだ。
実際、確かに僕なんてまだまだだ。本来ならば勇者と名前を並べるなんてとんでもない。
僕はこのサイフォークという北の小さな町で、「キャットハンド」なる看板を掲げて仕事をしている。
要するに便利屋、なんでも屋だ。
町の人たちや旅の人の頼みを聞いて、日常の小さな困りごとややっかいごとの手助けをする。借りたいネコの手を貸してあげる。よろずお悩み解決業とでも呼んだらいいのかな。
とは言え正しくは、それをやっているのは先生なんだけど。看板は先生の名前で出ているし、みんなも先生を頼ってやって来る。僕はその助手だ。
いや、助手と言えば聞こえはいいけれど、別に相棒でもなんでもない。実際やっているのは、依頼人の話を聞いたり、先生の身の回りの世話をしたり、仕事の後片付けをしたり、という誰でも出来る雑務ばかり。肝心の仕事をしているのはほとんど先生の方だ。
あくまでも“便利屋”というのは先生のことであって、僕はその手伝い、というかただのおまけみたいなものでしかないのだ。お前がいなきゃ俺は何も出来ないからな、みたいなこと先生は言ってくれるけど。
いつかは胸を張って堂々とパートナーです右腕です、と名乗れるようになれたら、とは思う。でもそれはきっと、まだまだ先の話なんだろうな。まだまだ僕は未熟な“便利屋助手”でしかない。
先生はすごい人だ。
言ったように、みんなの困りごとに応えるのが僕たちの主な仕事なんだけど……中には魔物退治のような危険な依頼も持ち込まれることがある。先生はあの“伝説の勇者”オレンの旅の仲間だった大魔法使いの弟子をしていた、という有名な人なので、自然とそういった頼みもやって来るわけだ。
だけど先生は、そんな期待に見事、応えてしまう。
もちろん、素直にそのまま、というわけじゃないのだけれど。魔物退治なんて危ないし面倒臭いしイヤだなぁ、という顔を必ず一度はしてはみせて、まぁまぁそんなこと言わずに、みんな困ってるんですから、と僕がなだめすかして渋々引き受ける、というルーティンというかお約束のやりとりをたいていは一度はさむことになる。先生は照れ屋だから、いかにも正義の味方の勇者でござい、みたいなことをしてみせるのがちょっと苦手なんだ。でも本質は誰より優しい人で、困っている人を放ってはおけない、ということを僕はちゃんと知ってる。
決して魔物が弱いわけじゃない。何度も見たことがあるけど、相手は恐ろしい怪物ばかりだ。
僕もあまり詳しい方じゃないし、そりゃあ勇者オレンが倒した魔王ゼロリアと比べたらどうなんだ、とか言われたら困るけど、町のみんなじゃどうしようもなくて、わざわざ退治を依頼しに来るような相手なのだから、十分に脅威と呼んでいいものなのだと思う。
でも先生は、そんな危険な魔物を簡単にやっつけてしまうのだ。大魔法使い直伝という数えきれないくらいの魔法の数々を駆使してたった一人で。もう一度言うけど、僕の助けなんてまるで必要ない。
大魔法使いの弟子であった先生は、もちろん魔法使いである。
勇者オレンが、かの聖剣エフィメミカンを手に魔王ゼロリアや魔物たちと戦っていたように、こういう人たちって普通は剣のイメージがある。魔法使いが一人で、ってだけでもやっぱりすごい話だ。
子供の頃から勇者に憧れていた僕の武器はやはり剣だ。まぁもちろん聖剣なんかにはほど遠い、質はいいけどただの剣だけれども。
いや、武器の問題じゃないか。そもそも僕自身がまだまだ未熟なのだから。
この前だってそうだ。いろいろあって、珍しく手伝いというか、僕が魔物と戦える機会があった。
結論から言えば、何とかやっつけることはできたんだけど……結局、やっぱり最後は先生の魔法に助けてもらうことになった。僕一人じゃまだまだ危なっかしい。先生にだってちゃんと分かっていたのだ。
もっと成長しなくちゃと思って、最近は少しずつ魔法も覚えている。せっかくこんなすごい先生がすぐそばにいるんだから。僕ってかなりラッキーだ。
まぁ今のところまだ先生が教えてくれるのは、誰にでも覚えられるような簡単な魔法ばかりだけど。いつかはもっと本格的なのも教えてくださいねって言ったら、何だか苦笑いみたいな顔をしてた。やっぱりまだまだそんなこと言えるレベルじゃないんだろうな。
先生はすごい人だし、その師匠である大魔法使いだってもちろんすごい人に違いない。
それじゃ伝説の勇者オレンともなれば、いったいどれくらいすごい人なんだろうか。
……まぁ、考えるまでもないか。きっと今の僕なんかとは比べものにならないくらい、ものすごく強くて立派な人なんだろう。
やっぱり、遥か遠い親戚のような赤の他人の僕でも、軽々しく名前を使うなんてまだまだおこがましいのかもしれない。
でも、いつか少しでも近づけたらいいと思う。
みんなを守れて、その名前や顔だけで安心させ、幸せにすることができる、そんな勇者に。
果たして僕になれるだろうか?
もちろん、それは分からない。
まだまだ遠くて、長い道だ。
☆
はっきり言うが、アプルの奴はとんでもない。
あぁ俺の助手のさ。
……助手っていうか、“便利屋”ってのは本当はあいつの方なんじゃないかな。偉そうに俺の名前を看板に掲げちゃいるが、何せ俺はご覧の通り、昔っからサボりたがりの怠け者で、依頼人とのやりとりやら報酬の話やら俺の身の回りの世話まで、面倒なことは全部あいつまかせだ。あいつがいなかったら、恐らく俺はまともに生活すら送れてない。
つまりアプルの奴が本来ここの“職員”で、俺はあいつが仕事で使うただの“道具”なのさ。真面目だし人当たりもいいし老若男女問わず優しい。俺にはもったいないくらいの、いやくらいじゃなくて単にもったいない助手だよ。……てか本題はそっちじゃなくて。
腕の話だ。
もちろん強いってことさ。とんでもなくな。
俺?……バカ言え俺なんかとっくに越えてるよ。ああ、初めて会ったあの時から早くも抜かれかけてたな。先生なんて呼ばれちゃいるけどな、そもそも根本的にレベルが違うんだ。あいつはとてつもないポテンシャルの持ち主で、こちとらロクに才能もないただのグータラ魔法使いだからな。どうもあいつ自身は全然自覚してねぇみたいなんだが。
この間だってスゴかった。
俺のちょっとした手違いで、あいつが一人で魔物と戦うはめになっちまったんだが……あいつ、下手すりゃそのまま一人で倒しちまうところだった。
まぁ一応俺にも立ち位置ってもんがあるしな、あいつも遠慮したのか、最終的にはとりあえず俺がサポートして何とか倒しましたよ、みたいな感じにはなったんだが、ぶっちゃけ俺の魔法なんて完全におまけだった。放っといてもあいつだけでけりはついてただろうさ。
それも別に雑魚とかじゃないんだぜ?俺が普段相手してるような、かなりヤバい魔物だった。
あん?……あぁ、確かに俺も一人で魔物退治はしてるけどな。まぁ面倒臭いがそういう依頼があるわけだし、そういう仕事なんだから仕方ない。言われりゃやるさ俺だって。
でもあれは大変なんだよ。
あらかじめ相手の魔物について調べに調べまくってデータを頭に叩き込んだ上で、俺の持ってるありったけの魔法という魔法を大なり小なり片っ端から叩き込んで、弱らせに弱らせたところへ、とどめに「バッドエンド」なるとっておきのスペシャル魔法までブチかまして、ようやっと倒してんのさ。時間も手間もやたらかかる上、何せバカみたいに魔力を食う。カッコつけて余裕かましてみせちゃいるが、戦いの後なんざ実際はもうヘトヘトのフラフラだ。
あいつ一発だぜ?
初めて見た相手を、安物の剣1本で。
正直、悪い夢でも見てんのかと思ったさ。ったくどっちが恐ろしい魔物なんだか化物なんだか分かりゃしねぇよな。
おまけにあいつ最近、魔法まで覚え始めたときたもんだ。俺がちょっと教えてみせただけなのに、あっという間に覚えちまうのさ。
……バカ言うな、簡単な魔法なもんか。俺が5年も6年もかかってようやっと覚えた、ウチの師匠直伝の奴だぞ?まぎれもなく伝説的魔法の数々だよ。それをバカみたいにポンポン吸収しちまうばかりか、いつかはもっと本格的なのも教えてくださいね、なんて涼しい顔で言いやがる。涼しいどころかこっちは冷や汗もんだってんだよ。
いつかは……いや違うか、
そう遠くもなく、俺のことなんざ置いてけぼりにして、スゲェ勇者か何かになっちまうんだろうぜ。
一人残された俺はどうなっちまうことやら。果たして生きていけるのかね?
師匠が見たら泣くな、こりゃ。
あるいは大爆笑かもな。それともいつもみたいにまた怒られるのかね。
ああ。ウチの師匠もとんでもなかった。まぁ勇者オレンと共に魔王ゼロリアを倒した大魔法使い様だからな、そりゃ当然ってもんだ。
昔から怒られてばっかだったよ。真面目にやれ本気でやる気があるのかバカ弟子がってな。俺の前にいた二人は優等生だったみたいだが、何せ俺はロクに才能もない上にサボってばっかだったからな。よく放り出されなかったもんだと思う。
「バッドエンド」の時なんてヒドかった。
さっきちょっと名前を出したこいつ、対魔族専用の強力な攻撃魔法で、何やら縁起の悪そうな名前だが、“全ての良からぬものに終わりをもたらす”の名に恥じることなく、魔物に対しては絶大な効果を発揮する。
師匠曰く、失われた古代魔法って話だったんだが……やっぱ超上級者用らしくてな、お前みたいなハンパなド素人が手を出すんじゃない、みたいに一応、釘は刺されてたのさ。
でも、そう言われると逆にちょっと手を出してみたくなるってのが人間心理ってもんだろ?
でまぁ何事もやってみなくちゃな、と興味本位でこっそりチャレンジしてみたら、これが何だかいろいろ上手く運んじまったらしくてな、見事にマスター出来ちまった。
正直テンション爆上がりさ。大興奮だよ。もう浮かれ気分で師匠に報告したさ。内心のニヤニヤを必死に隠して平静を装ってな。
そしたらまぁ怒られた。
人の許可も得ないで何を勝手なことやってるんだこのバカ弟子が、自分の命を何だと思ってるんだ大バカ者、ってな。あん時の説教は過去最長だったんじゃないかね。
お前やるじゃないか、なんて珍しく誉められるんじゃないかとちょっと期待してたんだが、大間違いだった。完全に逆だな。俺のやったのは確かにすごいことだったのかもしれないが、“すごい”ことがすなわち“素晴らしい”ことじゃなかったわけだ。
まぁそりゃ当然だよな。下手すりゃ生死に関わるような代物だったって話だし。いくらバカ弟子でもそりゃ怒られるわ。今の俺なら分かるさ。こう見えて大人になったしな。あの頃の俺はまだまだ青かったから。
とは言え、一度覚えちまえばこっちのもんで。
身のほどを考えて魔法は使え、ろくに扱えもしないようなものを軽々しく使うな、って師匠にはあの後もさんざん口酸っぱく言われたんだが、目を盗んではちょいちょい使わせてもらってた。……いや覚えるのはちょっと苦労したが、使うこと自体は案外難しくないのさ、これ。まぁ噂なんてあてにならないもんだよな。
おかげさまで今でも便利に使ってる。何せやたら強いからな。手ぇ抜いて楽できるんだよ。
まぁ今さら心配することもないだろ。俺だって昔に比べたらいくらかは成長してるはずだし、師匠の目だってまさかこんな北の最果てまで届きゃしないだろうしな。
ぶっちゃけ言うとな、このサイフォークへは逃げてきたんだよ。
どうにかお情けで卒業って形にはしてもらえたし、何ならまだ自分のもとで研究を続けても構わないぞ、って師匠は言ってくれたんだが冗談じゃない。あのまま隣にいたんじゃどうやっても比べられちまう。そしたら俺がただのヘタクソなグータラ魔法使いだって世間にも一発でバレちまうじゃねぇか。
だから飛び出した。広い世界を見て回りたい、とか適当な理由つけてな。師匠に気づかれないようにこっそりと、誰も行きたがらなかったこんな北の果てを選んでわざわざやって来たのさ。
なのに、気がつきゃ俺の隣にはアプルだ。
どうなってんだろうねこの世界は。
何でいつも俺の周りはこんなとんでもねぇ奴らばっかりなんだよ。神様って奴は何か俺に恨みでもあるのかね?
ホント世の中、不公平だよ。
☆
私の弟子の話をしよう。
ああもちろん3番目のさ。グレイフという男だ。
まぁ何と言うか……バカ弟子だ。
その前の二人はまぁなかなかの真面目な優等生だったんだが、あいつは本当にいいかげんな男でな、まぁ何事も本気でやろうとしないし、ちょっと目を離すとすぐに手を抜こうとする。
真面目にやれ、お前は何しに私の所へ来たんだ、とさんざん説教したもんさ。そういうふりをしてるだけなんじゃないか、とも疑ったんだが、どうも根っからああいう人間らしい。困ったもんだ。
ただし、ケタ外れだった。
才能の話さ、魔法使いとしてのな。
前の二人もそれなりに優秀ではあり、まぁそれなりに優秀な魔法使いに育てられたとは思ってるよ。ただあいつはレベルがまるで違ってた。
一言で言うと?そりゃあ決まってる。
“天才”さ。
魔法に愛されし者。
あるいは魔法に選ばれた人間。
あるいは魔法使いになるべくして生まれた命。
言い出せばきりがない。才能がある、なんて生ぬるい言葉じゃとても表現しきれないレベルの生き物だよ。
分かりやすい話をするならば、まずは習得スピードの早さだ。
次々に魔法をマスターしていくのさ。私が教えたそばからあっという間にな。しかも完璧にだ。
正直まさか私の知っているほぼ全部の魔法を教えることになるとは思わなんだ。……前の二人にだって、教えたのはほんの一部だよ。魔法使いとして生きていくにはそれで十分こと足りるはずだし、そもそも普通の人間に覚えきれる分量だとは思っていなかったからな。
それをあのバカめ、全部覚えていっちまった。
わずかほんの6年程度でな。なのにあのやる気のなさそうな顔でしれっと、俺には才能がないから、などとのたまいやがるのさ。一発ひっぱたいてやりたくなる私の気持ちも分かるだろう?
そりゃあそうだ、とんでもない話だよ。私があれだけを覚えるのに何百年かかったと思ってるんだ。……いや正確にはもう忘れたが。まぁ普通の人間なら人生何回か分くらいになる月日はかけたさ。掃除や皿洗いのコツを教えるのとはわけが違うんだぞ?
さらには呪文詠唱の速さだ。
知っているとは思うが、魔法というものはまずそれぞれの術式を構築した後、それを安定させ発動させるために呪文という奴を唱えねばならない。高度な魔法になればなるほど構築そのものも複雑になり、当然呪文の方もややこしく長ったらしくなってくる。魔法という代物はすさまじい力だが、そこが最大の難点だ。要は連発できないわけだな。どうしても隙が生じることになる。強力な魔法になればなるほど隙はもちろん大きく長くなる。
ほぼ無防備になるからな。だから魔法を使わない戦士や何かに、その間のフォローをしてもらう必要があるわけだ。私たち魔法使いは、誰かに守ってもらえなきゃ実はほとんど役立たずなのさ。
ところがあいつはそうじゃない。
ほとんど呪文らしい呪文を唱えずに魔法を発動させるんだ。唱えてせいぜい一瞬だな。要は天才的なセンスと勘だけでバランスを取ってるのさ。何故かと聞いたらあのバカめ、面倒臭いから、などとぬかしやがった。
しかもそれに加えてあいつ、右手と左手で別の魔法を構築したり、2つ以上の呪文を同時に唱えたり、なんて真似まで出来るときた。
結果、奴の魔法には隙が生まれない。いくつもの魔法を連続して相手に叩き込むことが出来るから、誰のサポートもなく一人で敵を倒すことが簡単に出来ちまうわけだ。
曲芸だよほとんどあんなものは。出来たところで普通の人間なら魔力が持たない。連発なんてしてたらあっという間に魔力はスッカラカンだ。敵を倒すよりも先に自分が倒れちまうのがオチさ。あのバカ、魔力の潜在量もとんでもないってことだよ。
そして極めつけが例の「バッドエンド」だ。
あれは単なるジョークのつもりで教えたんだ。覚えられるかも、なんてハナから考えてすらいやしない。
そもそもあの魔法は魔族が生んだ、同族殺しのための攻撃魔法だ。魔族の肉体を分解して破壊する危険極まりない代物で、すさまじい魔力を消費する上に、覚えるどころか扱いそのものがとてつもなく難しい。連中の中でさえ禁忌とされてるよ。うかつに使おうものなら、暴れ回る魔力に喰われて己の命まで失いかねないからな。
当然それは魔族の話だ。人間が扱おうなんて論外だな。使った瞬間、まさしく人生のバッドエンドに向かって一直線だ。ただの自殺行為だよ。
私か?冗談だろ、使えるわけがない。
これを扱える“人間”なんて、これまでの人生であのバカ以外に見たことなんてない。私だって一応は人間の端くれだからな。教えた、とさっきは言ったが、私が教えたのは“その存在を”だ。使えもしない人間が、覚え方やら使い方なんて教えられるわけないだろ。まぁそもそも、私はあんなおっかないもの、覚えたいとも使いたいとも思わんがね。
いくらお前がバカ弟子でも、そういうものに手を出すようなバカはしてくれるなよ、という意味で話してやっただけなのさ。まぁまさかそこまでのバカでもなかろう、と思いつつな。なのに、
何をカン違いしたのかあのバカめ、不意に飛び出していったかと思えば、本当に手を出したどころかマスターして戻ってきたときたもんだ。
どうだと言わんばかりの得意気な顔でな。恐らく隠していたつもりなんだろうがバレバレだよ。
まぁ怒ったな。
あの時の説教はたぶん過去最長だった。
当たり前だ。あのバカ弟子は私の知る限り数百年に一人、いやそれ以上の逸材なんだぞ?人間界が生んだ奇跡と言っても過言じゃない。それがうっかり使っただけで人生が終わるかもしれないような代物をわざわざ覚えようだなんて、こんな愚かな判断があるものか。あのバカの身勝手な気まぐれで、危うくこの奇跡の至宝がドブに消え失せるところだったんだ。
それにな、どんな大バカだろうがいいかげんな怠け者だろうが、あのバカは私のかわいい弟子なんだよ。それが死んでたかもしれないってのに、誉めてやる師匠がどこの世界にいるかってなもんだ。
……あいつには絶対に言うなよ?私がこんなこと言ってたなんて。あのバカ、すぐ頭に乗るからな。
そしておまけにこのバカ弟子は、こうして身につけたこのトンデモ魔法を軽々しく使おうとしやがる。というか実際使っていた。
こっちは気が気じゃないさ。……言ったろ?こいつは覚えること以上に扱いの方がとんでもなく難しいんだよ。いつどこでまかり間違って大事なバカ弟子がバッドエンドを迎えるかもしれない、と毎日毎日心配する師匠の身にもなってみろ。
自分の身体のことも考えろ、これだけはうかつに使うなよ、って私は何度も何度も言ったんだがな。あのバカ聞きゃしない。というか聞いたふりしてこっそり使うのさ。本人は隠れてやってたつもりなんだろうが、私にバレないとでも思ってるのかね。
ああ。もちろん今も元気なんだから、今なお失敗はただの一度もなしさ。未だにあのバカは私が心配しすぎなだけで、実際には大して難しい魔法でもない、とか思ってるんだろうな。そんなわけあるか。
……分かったか?
信じられないくらいの魔法のセンスを持ち、
常識を軽く越えたポテンシャルを秘め、
人間には不可能なレベルのトンデモ魔法をあっさりマスターしたばかりか、お手軽に扱って難しいとすら思わない。
これが、グレイフという男だよ。
もう一度言うぞ。
天才だよ、まぎれもなく本物のな。
そして、まぎれもなく本物の大バカ者だ。
あいつが本気で魔法を極めようとしたら、あるいは本気で人の上に立とうとしたら、あるいは勇者になろうとしたら、あるいは世界を征服したいと願ったら、
いったいどうなるか。
まぁ恐らく世界がひっくり返る。
人間の歴史がここから大きく覆る。魔法使いというものの存在意義そのものが、まるで別物と化す。
そういうレベルなんだよ。
それをあのバカめ、全然分かっちゃいない。自分がそれくらい常識外れな得難い存在だということも、そのとんでもない才能をを無駄に遊ばせておくことがいかにもったいない、おぞましい所業なのかということもだ。未だに自分はロクに才能もない、お情けで私に卒業させてもらえたグータラ三流魔法使いだと思っていやがるのさ。
そりゃあ確かに、私はあいつを誉めてやった試しなんざほとんどないが。まぁそれはあれだ、師匠としてな、バカ弟子が調子に乗って天狗になって、せっかくの才能が無駄に腐ったりしたらもったいないからな。ちょいと厳しめにやってるだけの話さ。常識の範囲内だ。
だがそれでも、あいつは自覚するべきなんだよ。何なら別に調子に乗ろうが天狗になろうが、許されていいレベルなんだ。……私以外からは、な。
なのにあのバカめ。魔法を扱うセンスは気持ち悪いくらい天才的なくせに、そういうセンスの方はさっぱりなんだよ。てんで鈍感、素人以下のヘタクソだ。あれだけいろいろ出来ちまってるんだ、今さら二物や三物追加したところでバチは当たらんだろうに。
……そのバカ弟子か?
今はサイフォークにいるよ。
北の果ての小さな町さ。私に黙ってこっそり行ったみたいだが、私があのバカの動向を知らないわけないだろ。
聞いた時はそりゃ驚いたさ。
あの先には、かつて魔王ゼロリアの居城があったんだ。魔王が討たれてからわりと経ったが、今だってなお、魔王直属の凶悪な魔物たちがウヨウヨしてる世界有数の超危険地帯だ。そりゃわざわざ好き好んで行くような物好きはそうはいないな。
亡き魔王の残留魔力を食らって、パワーだけなら今や魔王をも上回るような連中も何体かいるとかいないとかって噂だ。
あいつ、そういうのを相手にしてるらしいな。ほぼ一人で日常的に。
いや、それ自体は別に驚くことでもない。何度も言っているが、そういうレベルの魔法使いなんだからな、あの男は。
私はてっきり、奴がとうとう本気で何かやる気になったのか、と思ったんだ。
勇者グレイフとして世のため人のために……なんてガラじゃなさそうだが、例えば魔物を支配し、それこそ新たな魔王として君臨する、とかな。……まぁ世界にとっては大迷惑な話だろうが、私はそれはそれで面白いんじゃないかとも思ったよ。
それが何だ。ただの便利屋でネコの手だ?
ご近所の悩みをはした金で請け負ってるんだそうだ。魔物退治はついでなんだとさ。ったく分かってるのかね?聖剣エフィメミカンで晩飯のイモの皮でもむくような話だぞ?本当にあのバカときたらつくづくどこまでも……
まぁ、気の毒なのは魔物の方だな。
仮に魔王ゼロリア以上の力をつけ、何かしら新たな野望を抱いてる魔族がいたとして……可哀想に。何もさせちゃもらえないわけだ。
何せ世界最強の魔法使いがしれっとした顔で立ちはだかってるんだからな。あれだけの魔法を苦もなく連発できる上に魔力はほぼ無尽蔵、魔族破壊の禁忌魔法まで軽々扱えるとなれば、まぁ恐らくは全ての魔族にとって今、世の中で一番出会いたくない恐ろしい相手だろうさ。それこそ勇者様──オレンの奴なんかよりもずっとな。
……私?
私なんかてんでお呼びじゃない。ちょっと人より長く生きているから、人よりいくらかたくさん物事を知ってるってだけの話さ。ただの歳の功だ。別に特別な才能があるわけでも何でもない。
魔王討伐の時だって、私はただお供でついて行っただけだしな。戦ったのも倒したのもオレンだ。
今でこそ大魔法使い、なんて大層な二つ名で呼ばれちゃいるが、後々の歴史にはただ勇者の仲間だのあの偉大なバカの師匠だのって呼び方で語られるようになっちまう程度の存在でしかないのさ。
あぁ。そのオレンの奴だって、まだくたばっちゃいないんだろう。
あいつ古代竜の血を浴びたって言ってたからな。私ほどじゃないかもしれないが、けっこう長生きするはずだ。
あれはあれで根っから“勇者様”だからな。とっくにどこぞの王様か領主にでもなってていいはずなのに、未だに世界中を旅して回ってるらしい。たぶん今日もどこかで人助けでもやってるんだろう。つくづく物好きというかお人好しだよ。
あっちを見ればお人好し勇者様、
こっちを見れば最強の大バカ魔法使いときたもんだ。
とんでもない世の中になったもんだねぇ。
だがまぁ、ああいう連中がああやっている限り、この世界はまだまだしばらくはこんな、穏やかな平和ってものの中にいられるんだろうさ。素晴らしい話じゃないか。
私はいいさ。世界のことはあいつらにまかせて、こっちは勝手気ままにのんびりやるよ。
まだもう少しは、長生きさせてもらえそうだからな。
☆
はい、僕がオレンです。
ええまぁ、恥ずかしながら勇者だなんて呼んでもらってます。
未だに慣れないというか、まだちょっと照れくさいんですけどね。ほら何だか頼りないでしょう?勇者ってもっとこう威厳というか威風堂々というか、いかにも立派な感じじゃないとって思うんですけど。
え?あ、そうなんですよ。昔ドラゴンの血を浴びたことがありまして。まぁアクシデントみたいなものなんですけど、それが魔力というかちょっと不思議な力があったみたいで。
不老不死ってわけじゃないんです。一応少しずつ歳は取ってるはずなんですよ。昔の知り合いに会うと、お前は全然変わらないなって言われちゃうんですけど。……ひどい話ですよね、それじゃ僕がまるで成長もしてないみたいじゃないですか。まぁ、じゃ成長してるのかって聞かれたら、それはそれで困っちゃうんですけどね。
肩書きこそ勇者なんてものになりましたけど、あまり歳は取らず若い見た目のままではいますけど、
中身はただの、普通の人間ですよ。昔も今も。
いや実際ホント大したことないんですよ僕なんて。
あ、はい。確かに魔王ゼロリアは僕が倒しました。
倒したことになってます、っていうのが正しいですかね。それ自体は確かにすごいことというか……まぁ仕方のない結果だったとは思います。あれは身勝手に世界やみんなを苦しめるものでしたから。
ただ僕は一人で戦ったわけじゃありません。仲間のみんなが一緒だったんです。ご存じですよね。
本当に強いのは、そのみんなの方なんですよ。僕は大したことやってないんです。最初のきっかけだとかとどめを刺したとか、大事なポイントをまかせてもらえたってだけの話で。
聖騎士のパインさん。あの人、自分で戦ってもすごく強いんですけど、防御がもっとすごかった。どんな怖い攻撃が来てもほとんど受け止めちゃうんです。あの人が前にいるってだけで、僕は何の心配もなく戦えました。
まっすぐな熱い人で、悪を許さない心は僕なんかより全然強いんじゃないかな。
剣士のイチゴウさんは東の方の国の人なんですけど、サムライとかっていうんですよね。あの細い剣でものすごい斬撃をくり出すんです。倒した魔物や与えたダメージなんかはあの人が一番だったと思います。
普段はひょうひょうとして、戦いなんて苦手だし自分は全然強くもないし、なんて顔してるんですけど。
僧侶のファナナさん。あの人の癒しの魔法にはみんな助けられました。本人もすごく優しい人で、いるだけで温かい気持ちになるんです。実は怒らせるとけっこう怖いんですけどね。
浄化の魔法もかなりの力で、ちょっとした魔物なんかは追い払ったり改心させたりしちゃうんです。戦わないで勝てるって一番すごいことですよね。
でもやっぱり一番は……魔法使いのメローヌさんですね。あの人は本当にすごい人でした。
知ってます?あの人、子供みたいに見えますけど、もう何百年も生きてるんです。僕たちの知らないものすごくたくさんのことを見てきたし、知ってるんですよ。この世に知らないことなんかないんじゃないかなって思うくらいで。まぁちょっと口が悪いですから誤解されやすいんですけど。
魔法も何百って知ってます。たぶん僕も全部は見たことないと思いますよ。でも本当にすごいのはその何百もの魔法を知ってるってだけじゃなく……知り尽くしてるってことです。使うだけじゃなく使いこなせている、と言った方がいいのかな。
どんな所でどんな魔法をどれくらい、どう使えば、一番効果的で効率的なのか。全部分かってるんです。最小の力で最大の結果が出せるんですよ。
メローヌさんがちょっと力を貸してくれるだけで、相手は弱くもろく遅くなるし、僕たちは逆に強く硬く速くなる。防御や破邪の魔法はいろんな攻撃を弾き返したりしてくれますし、僕たちの武器も強くなって魔法の力も宿ったりする。おまけにメローヌさん自身もすごい攻撃魔法を放って助けてくれます。
早い話、あの人が隣にいるだけで、僕じゃなくたって誰だって簡単に勇者になれちゃうんですよ。大魔法使い、なんて呼ばれるのもそりゃ当たり前ですよね。
魔法使いは誰かが守ってくれないと役立たずだから、なんてあの人言うんですけど。本当はあの人こそが勇者で、僕たちはそれを守るただのお供、でもいいんじゃありませんかね。
僕と戦ったら、ですか?
とんでもない。本気でやったら僕なんかまともに相手にもなりませんよ。
使うだけでなく使いこなせる、っていうのはやっぱりすごいことなんです。
たとえばこの剣ですけど。……あ、ご存じですか。ええ“聖剣エフィメミカン”って呼ばれています。
ドラゴンの牙から生まれた魔法の剣で、すごい力があります。……一応今は僕の剣ってことになってます。魔王を倒せたのだって、結局はこういうものの力を借りて、でしかないんですよね。
でも僕、全然この剣を使いこなせていないんですよ。
強すぎるんです。力に振り回されちゃうんですよね。
もう少し上手くこの剣を使いこなすことが出来ていれば、もっと早く魔王を倒すことも……いや、あるいは魔王と戦わずに事態を解決することだって出来たのかもしれません。
勇者なんて呼ばれていても、まだまだ未熟なんです。みんなの助けを借りて、形だけ勇者なんてものにしてもらってるだけなんですよ。
しかもあの人たち、全然欲がないんです。
結局のところ、僕がこうして魔王を倒した勇者ってことになってるのは、メローヌさんやみんながいろんな所でそういう話をして回ってるからなんですよね。勇者オレンはすごい奴なんだぞって。
もっと自分たちの活躍を自慢したっていいのに。何なら自分たちこそが真の功労者なんだぞって話したって全然構わないのに。
なのに、自分は勇者なんてガラじゃないから、とか勇者なんて面倒臭い役割なんて御免だ、とかやっぱりお前みたいにみんなに好かれる奴が勇者じゃないと、とかいろんな言葉でごまかして、功績も手柄も全部僕一人のものにしてくれちゃってる。自分たちはその陰に隠れて、ただの仲間なんですって顔してる。しかもみんな、今だってまだいろんな所で世界や人々のためにガンバってるんですよ。
こういう人たちこそ、まさしく“勇者”なんだって、そうは思いませんか?
僕なんかまだまだです。そりゃ照れくさくはありますけど、勇者様とかって持ち上げられたらやっぱりちょっと嬉しくなっちゃいますからね。
本当はただの飾りものの勇者様なのに。
……でもね、思うんです。
それはそれでいいんじゃないか。いやむしろこれでいいのかもしれないなって。
こんな僕でも、名前を出すだけで喜んでくれる人たちがいます。僕がいるってだけで安心してくれる、それだけで勇気や希望を持ってくれる人たちがいる。
平和ってね、魔物を倒す勇者が作るものじゃないんですよ。本当に平和を作るのは、その平和な中で生きている人たちなんです。世界中のみんななんです。
僕が勇者であることで、誰かが笑ってくれる。
みんなが元気になってくれる。
だったら……そのためならば、僕は飾りものの勇者でも客寄せの看板でも、何でも構わないと思っているんです。
やっぱり、平和が一番ですからね。
まだもう少し、ガンバってみますよ。
僕は、勇者オレンですから。
☆
……勇者オレンを知ってるかって?
バカ言ってんじゃねぇよ。勇者を知らない奴がこの世界のどこにいるってんだ。どこの王様やお姫様なんざより一番の有名人じゃねぇか。
まぁ、とは言え俺はちょいと特別だ。
何を隠そう、俺のダチの弟の彼女の姉貴の仕事仲間ってのが、知り合いらしいのさ。勇者オレンのな。
ちょっとしたつながりがあるわけだ。だからこう見えてちょっとは詳しいのさ。知りたいことがあったら何だって聞いてくれ。
とにかくスゲぇ男だよ。
何せ世界を救った勇者様だからな。並大抵な人間のわけがない。
中には、実は勇者なんて名ばかりで、本当は仲間や聖剣が強かっただけだとか、ただ運が良かったんだとかってみっともないジェラシーを偉そうに語る奴らもいるみたいだが、バカ言っちゃいけねえ。勇者が弱いはずねぇだろ。実際、助けてもらったって人の話を聞いたことがあるんだが、そりゃもうとんでもない強さだったらしい。そもそも強い弱いのレベルが俺たち凡人とは段違いなんだよ。
しかもそれを苦しい顔ひとつ見せず、涼しい笑顔でさらりとやってみせるらしい。そりゃ助けられた側からすりゃ勇者としか思えないよな。
逸話は上げてったらきりがない。
魔王ゼロリアを倒したってか?そりゃ誰だって知ってる話だな。一番有名な言うまでもない奴だ。だが、本当にスゲぇのはそこじゃないんだな。
魔竜ゴーヤを知ってるか?
暗黒竜だとか邪竜王だとかいろいろ呼ばれてるらしいな。古代のドラゴンだ。大昔から魔界に住んでたとてつもないバケモノだよ。
オレンはこいつを退治してるのさ。
魔王ゼロリア討伐よりもちょっと前の話だ。
……分かるかい?あの大魔法使いだの聖騎士だのって勇者の仲間たちは、この魔王を倒しに行く旅の中で集まった連中だ。
つまり魔竜ゴーヤは、勇者オレンが一人で討ったのさ。仲間なんか連れずにな。
しかもだ。聖剣エフィメミカンを知ってるだろ?勇者の剣だ。あれがドラゴンの牙から生まれたって話は知ってるかい?
そう。そういうこった。
あの剣は、魔竜の牙から生まれたのさ。
つまりオレンはこの魔竜を、ただの剣で倒したってことになる。
実は、本当にヤバいのはこの魔竜ゴーヤだったって噂だ。そのとんでもない奴がいなくなったもんで、じゃあ、って世界を自分のものにしようと出てきたのが例の魔王ゼロリアなんだとさ。もちろん俺たちから見りゃこいつはこいつでバケモノなんだが、世界から見たら魔王なんざまだまだ小物だったってことだな。
そりゃあもう、すさまじい激闘だったらしい。
オレン自身もかなりの傷を負いつつ、魔竜の返り血で真っ赤に染まりながらの勝利だったそうだ。
知ってるか?古代竜の血には魔力が宿っていて、人間が触れただけでかなりのダメージを食らうらしい。中にはその痛みと苦しみだけで死んじまう奴も山ほどいるって猛毒なんだってよ。
まぁそれを乗り越えたら不老不死になる、なんて噂もあるんだが……そんな生きるか死ぬかの思いしてまでチャレンジしてみたくはねぇよな。そもそも自力でドラゴンを傷つける実力がなけりゃ試しようもないわけだが。
要するにだ。それだけ大ダメージを負った状態で、オレンはそのまま魔王討伐の旅に出てるのさ。そりゃ仲間や聖剣の力に頼りたくもなるってなもんだろうよ。
……いや、あるいはそんなものがなかったとしても、結局は自分の力だけで何とかしちまったかもな。
それくらいスゲぇ男なのさ。
なのに、だぜ?この男は全然偉ぶらないんだな。
勇者だ英雄だ、なんて持ち上げられたら、普通はもっとこう調子づいて、天狗になっちまうもんだろ?実際に実力があろうとなかろうと。
ところがオレンは違うんだな。
どんなに絶賛されても浮かれたりしない。自分なんて大したことないんです、とか言うんだな。実際には大したことありまくりのくせにだ。
どこぞの王様に、だとか領主に、だとか姫の結婚相手に、みたいな申し出も少なからずあったそうだ。だけど全部断ってる。自分なんて全然そんな器じゃありませんからってな。
でじゃあ何やってんのかというと……世界中を旅して、困ってる人を助けて回ってるってんだ。
報酬なんかも最低限しか受け取らないらしい。しかもどんなに少額でもちっぽけな対価でも、必ず子供みたいな嬉しそうな顔で礼を言うんだとさ。どっちがどっちを助けたんだか助けられたんだか分からないって言ってたよ。
分かるか?
ただ強いのが勇者じゃねぇんだよ。
真の勇者ってものは根っから、その心そのものが最初から“勇者様”なのさ。
まさしく選ばれし者ってこった。
それが、伝説の勇者オレンなんだ。
……おっと。とりあえずこんなとこだな。
まだまだ面白い話がいくらでもあるわけだが、これ以上となると……まぁ分かるだろ?タダってわけにはちょっとな。
何せ勇者オレンゆかりの人間から直接いろんな話を聞けるんだぜ?こいつはなかなかないチャンスだ。悪くない出費だと思うがねぇ。とりあえず手始めにえぇとチョイチョイと…………こんなとこでどうだい?
……へへ。どうもサンキュー。あんた、なかなか見る目あるぜ。やっぱ大人はそう来なくちゃ。どっかのボウズとは思い切りが違うよな。
ん?あぁ、この前も会ったんだよ。勇者オレンの仲間の魔法使いの……何だったかな、忘れちまった。とにかくほとんど赤の他人みたいなボウズにな。
まぁ、それだって本当なのか怪しいもんだが。俺みたいなちゃんとした人間と違って、自称勇者の関係者、みたいなの名乗ってはした金を稼ごうとするうさんくさい連中は山ほどいるからな。あんたも気をつけろよ。
あのボウズもパッと見は真面目で純朴そうに見えたんだが……まぁ、そういう奴でもついつい利用しちまいたくなる名前だってこった。それが勇者オレンの魅力ってこったな。
あん?そいつが将来、勇者みたいになれるかって?
そりゃま無理ってもんだろ。
この俺の目に狂いがなきゃ、まぁ弱くはないかもな。ガンバりゃいずれはそこそこ強い戦士くらいにはなれるかもしれねぇよ。
だが言っただろ?勇者ってのは選ばれし者なのさ。
普通の人間が、ある日突然スゲぇ奴になるわけじゃない。気づくんだよ。ある日突然、そいつが、実はスゲぇ奴だったんだってことにな。そもそも最初っから勇者は勇者なんだ。
本当にスゲぇ人間ってのはな、目を見りゃ分かるんだよ。俺くらいになるとな。
こう見えて、人を見る目はあるんだぜ。
スゲぇだろ。
というわけで「伝説の勇者の仲間の魔法使いの3番目の弟子の助手【完全版】」をお送り致しました。
1000文字にまとめる過程で、あまりにも内容が削られ過ぎた上、語り手がまるまる一人カットされてしまったりもしたため、せっかくなので、と改めて書き直してみました。
とは言え文字数制限がない、というのは恐ろしいもので、調子に乗って加筆していったところ、オリジナルの軽く10倍以上、というとんでもないことに。
もはや、2分で気軽に読める作品ではとうていなくなってしまいましたが、オリジナルとの差異も合わせて、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
……というかまぁ、長々とここまで読んでくれて、どうもありがとうございました。
作者は大喜びしております。
たぶん。