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新たなる人生の幕開け

一話です。婚約破棄されてニートになろうとしたら事故に遭ってイケメンに出会います。

「申し訳ありませんが、もう一度、おっしゃっていただいてもよろしいですか?」

「婚約を破棄したい。僕と、君の」

アルフレッド・カメリア第二王子は、いつものごとく見下すようにしてそういった。

 シャルロッテ・オスマンサス。十四歳。カメリア国宰相の娘。

 婚約者から、婚約破棄を言い渡されました。


第一話 新たなる人生の幕開け


―――数時間前のこと。シャルロッテは重い足取りで、客間へと向かっていた。

 アルフレッドは本当に来るのだろうか。最近は特に、仮にも婚約者であるシャルロッテとの食事の約束があろうとお構いなしに別の令嬢に会っていた。表情には出さないつもりでも、憂鬱な心情をくみ取ってくれた侍女のダリアが噴火しそうなのをなだめつつ待っていると、予想に反して彼は来た。

 シャルロッテは正直、うれしかった。彼に対し、恋心を抱いているのかと言われるとそうではないと言い切れる。誓っても構わない。だけれど、ヒトとして、何度も約束を反故にされるのはつらいものがあるのだ。

 この国では、十四歳が成人の年だ。つまり、結婚できる年齢は十四歳。婚約がすでに決まっているシャルロッテたちにとって、もう日取りを決めてもよい、という時期だ。ここ最近は父もアルフレッドの噂を耳にしてピリピリとしていたので、こうして現れてくれて本当によかったと、安心していた。

 しかし、席についてアルフレッドが放った一言は、さらに予想だにしていないものだった。

そう、冒頭。―――婚約を破棄したい、ということだった。

 右頬がひくひくとひとりでに動いているのを感じ、シャルロッテは自らの手で頬を叩いた。

「ふん、夢だとでも思っているのか?僕もだよ。まさか君がとんだ悪女だったとは思わなかったからな」

「悪女……?」

アルフレッドは鼻で笑った。

「アンナ・パンジニア伯爵令嬢から、話は聞いている。シャルロッテ、君にひどいことを言われ、嫌がらせ行為を受けたと」

「いやがら、せ?」

「とぼけても無駄だ。彼女は毎日日記をつけていたのだ。証拠になる」

―――アンナ・パンジニア。

鬼の首を取ったように暴かれているらしい自身の悪事にはまるで身に覚えがないけれど、アルフレッドの口から滑り出た名前には不思議な覚えがあった。

 もちろん知っている名前なのだ。この国の伯爵家や貴族の令嬢が通うフィニッシング・スクールでの同級生なのだから。同じクラスで、目が大きく、髪はふわふわと巻かれ、いつもにこやかに微笑んでいるかわいらしいご令嬢。本当のところ、彼女と言葉を交わしたことはほとんどない。おそらく挨拶程度の仲のはずだ。その程度の関係性である。それなのに、どうしてこの名前を、こんなにも知っているのだろう。

「……こちらからは以上だ。君とは長い付き合いだから、このことは伏せておいてやってもいい。……聞いているのか?」

―――それどころではないのだ。

 ただ、アルフレッドがその令嬢の言葉のみを信じるということに、傷ついたのも事実だった。

シャルロッテは内心の動揺をどうにか隠しつつ、機嫌の悪そうなアルフレッドをそっと見つめ返す。婚約が決まってから、いつも彼を見てきたけれど、アルフレッドはシャルロッテのことを見つめ返してくれたことはあっただろうか。このような事態になったことで、きっとなかったのだろうことがわかる。それはなんだか。

「殿下は、彼女を信じていらっしゃるのですね」

シャルロッテは、とても寂しく感じた。

「……『おい、そんな顔をするな。僕が悪いことをしているようだろう』」

はっとした。この言葉、どこかで聞いたことがある。そして、シャルロッテはつられるように話していた。

「『私よりも、彼女のことを愛しておられるのでしょう』」

―――これはなんだ?私は、この場面を知っている。

 動悸が激しくなっているのを感じながら、シャルロッテは次のセリフを待った。―――セリフ。

 現実の会話をセリフだとは思ったことはない。しかし、シャルロッテは今の感覚を知っている。これは、夢の中で舞台に立つときの感覚と同じなのだ。これは、現実のはずなのに。

「『今、そんな話はしていないだろう。君の処分をどうするかって話……』」

きっと、そう、この後の筋書きを知っている。【王子様】の断罪に、精神を病む【悪役令嬢】。そして邪魔者が消え、【ヒロイン】は【王子様】と結ばれる―――。

「あ……!」

―――これは、夢で私が出ていた舞台だ!

シャルロッテは、一気に頭に多くの情報が流れ込んでくるのを感じた。たちまちまっすぐ立っていることができなくなり、アルフレッドが自分を呼ぶ声が、遠くなっていくのが分かる。

そして、ぷつんと意識が途切れた。


 長い、夢を見ていた。

これまで見ていた夢が、すべてつながっていく。

シャルロッテは、こことは文明も何もかも違う、日本という国で生まれ育ったある女の子だった。子供のころから舞台に立ち、こつこつと経験を積み上げていた、女優だった。

そして、十代のころ、誰もが知る有名舞台監督の演目に出ることになる。その舞台で演じたのは、どんな逆境にもめげずに、ひたむきに毎日を生きる誰からも愛されるヒロイン。そう、アンナ・パンジニア。

そして、あの舞台の千秋楽。いつものように劇場に向かう途中で、事故に巻き込まれたのだ。ということは、これは。

「異世界転生ってこと!?」

がばり、と音がなるほど勢いよく飛び起きた。シャルロッテは大汗をかいていて、そばについていたらしいダリアが驚いた声を上げる。

「シャルロッテ様!よかった、お目覚めになって!」

彼女の目じりには涙がにじんでいた。シャルロッテは彼女をなだめるように微笑む。

「ごめんなさい、私、どうして」

「倒れられたのです。その……殿下との、お食事中に」

冷静さを取り戻したダリアは、しかし言いづらそうに告げた。

ああ、そうだった。シャルロッテとしては前世の記憶(?)を取り戻した混乱のほうが大きいのだが、それはそれで大変なのであった。もう悲しむ暇もないのだが。

「……私、この先どうなるのかしら」

舞台ではどうなったのだったか。敵対する悪役令嬢のシャルロッテは、確かに物語上アンナをいじめ、断罪される。最終的に修道女となり、確か彼女たちの結婚式を見て、悔しがって泣くところで終わったはずだった。

 だが、この世界でシャルロッテは事実としてアンナをいじめていないし、アンナの証言も本当ではない。

「そのことですが……」

ダリアが言いかけたその瞬間、自室のドアを叩く音が響いた。「入るぞ」の声は、シャルロッテの良く知る父のものだった。

「お父様……」

母を後ろに連れ入室してきた父―――クラウス・オスマンサスは、神妙な面持ちでシャルロッテのそばに来た。立ち上がりかけたシャルロッテをそっと制する。瞬間、途方もない不安がシャルロッテの胸に流れ込んだ。宰相であるクラウスが、娘が王子に断罪されたなどと聞いたのなら―――いったいどんな気持ちでいるのか。

「お父様、私……、申し訳ありません。こんなことになって」

「謝るな。お前に非がないことを私は知っている。不必要な謝罪はするものではない」

父の表情は険しいが、しかし声はいつものように穏やかだった。ほっとして、目頭が熱くなるのを感じる。

「シャルロッテ、お前が殿下のためにずっと努力してきたのを知っている。此度の殿下の発言は、私としては許し難い。殿下とパンジニアという令嬢は、必ず私が証拠をつかんでお前に謝罪させる」

「お、お父様、いくら家族内とはいえ、不敬すぎます」

「構うものか!……だが、お前の心を思うと、今の状況はあまりにも」

クラウスは言葉に詰まった。父の暖かな心配に、シャルロッテはじんと胸が鳴った。父は、シャルロッテに向き直った。

「シャルロッテ、夏に避暑に出かけるシラトへ、しばらく療養に行かないか?こちらが片付いたら、戻って来るといい」

シラト。オスマンサス家が治めている、国境近くの東の領地だった。大きな湖があって、そのすぐそばに別荘がある。シャルロッテは夏にその別荘で星を眺めるのが好きだった。

願ってもみない言葉に、シャルロッテは歓喜した。

「よろしいのですか、そんなこと」

「構わない。後のことはお父様に任せて行ってきなさい。ダリアもついて行ってやってくれ」

「お任せください」

それまで、親子のやり取りを静かに眺めていたダリアが、美しく礼をした。

こうして、シャルロッテは貴族社会からいったん避難することとなった。


 馬車に揺られながら、シャルロッテはこれからの生活を思う。

侍女の数はできるだけ少ない方がいい、と、シャルロッテ本人から申し出た。クラウスは心配したが、前世の記憶を取り戻した上に、体は元気なのに療養という形をとるということは、なんにもやることがない、ということなのだ。つまり、いわゆる。

「まさかニートになるなんてね……」

「ニート、とは?」

「なんでもないわ」

この世界でお嬢様として蝶よ花よと育てられていた時は何の違和感もなかったが、本来人間は働かなければ生きていけない。しかも、この国では十四歳が成人の年なのだ。

「家事くらい、自分でしないと」

「シャルロッテ様、ご立派です」

「ありがとう」

ダリアとぽつりぽつりと会話をしていると、突然馬車を衝撃が襲った。声を上げる間もなく、馬車が横向きに横転する。衝撃の中、ダリアが咄嗟にシャルロッテを抱きしめ、背を打ち付けたのが分かった。ダン、ガシャン、と音がし、しばらく動けなかった。

「ダリア……?」

「……静かに、シャルロッテ様」

衝撃が去る。ダリアはひそやかにささやく。緊張は拭えないまま、ダリアの心音を聞いた。ドクドクと伝わってきて、彼女も混乱しているのが分かった。

 すると、馬車の外から何人かの男の声が聞こえてきた。何かを言い争うような口調に、さらなる緊張が走る。山賊だろうか。住んでいた屋敷では書物でしか見なかった者たちが、すぐそばにいるのかもしれない。

しかし、その直後、けたたましい馬の駆ける音がした。大きな叫び声や、うめき声とともに、何かがぶつかる音がする。

―――何が、起こっているの?私たちはどうすればいいの?

混乱するシャルロッテを、ダリアがしっかりと抱きしめてくれた。

「大丈夫です、シャルロッテ様。あなたのことは、私がお守りいたします」

「ダリア……」

きっと自らも怖くて仕方がないはずなのに、ダリアはシャルロッテを安心させようと、いつもの口調で励ましてくれた。ぎゅっと彼女に抱き着く。

しばらくすると、先ほどまでの喧騒が嘘のように静かになった。

ダリアが身体を起こし、馬車のカーテンの隙間をそっと覗くと、周りには数名の男たちが倒れ伏している。

「これは……」

「失礼、旅の方かな?もう大丈夫ですよ」

聞こえてきた朗々とした声は、馬車の中にいるシャルロッテたちを安心させるようなやさしさを孕んでいる。

 ダリアはシャルロッテにここにいるよう小声で言った。彼女が倒れた馬車から一歩踏み出す。

「ええ、そうです。この先の屋敷まで行く予定です」

シャルロッテは、そっとカーテンの隙間からのぞいた。外にいるのは、倒れている男たちが見える限り七人、そして、立っている男が二人。二頭の馬を引き連れている。話しかけてきたのは、そのうちの赤毛の、美しい顔立ちをした男だった。その男は、ダリアを目にして、はっとした表情をした後、すぐにはにかんだ。

「ああ、そうだったのか。このあたり、最近妙な連中がいるので、僕らで見て回っていたのです。とても大きな事故ですが、お怪我はありませんでしたか」

「ええ、大丈夫です。あなた方が助けてくださったのですね」

「助けただなんて、そんな。ご無事でよかった」

「私たち、旅とはいえ、目的地があるので、そこまで手持ちがありません。よければこの先の屋敷まで来てくださいませんか。そちらでお礼をお渡しさせてください」

ダリアは淡々と言った。まだこの二人が何者かもわからない。ここで信じるより、お礼として金銭を先にぶら下げるほうが得策だと考えたのだ。屋敷には侍女こそ少なくとも、護衛は何人か控えている。そこまで引き延ばそうと思っているのだ。

「ええ、そんな、お金が欲しいわけでは」

「もらえるものはもらっておこう」

「こら、エイデン」

口を挟んだのはもう一人の、黒髪の、背の高い男だった。前髪を真ん中で分けていて、赤毛とはまた違った端正な顔立ちだが、いかんせん目つきが悪い。

「舞台だけじゃ食っていけてないなんだから、しょうがないだろ。こいつら引き渡した報酬に上乗せできるぜ」

「部隊?」

「舞台!?」

思わずシャルロッテは馬車から飛び出した。

「シャルロッテ様!」

ダリアが焦ったように声を上げる。しまった、舞台ときいて、つい。

「ご、ごめんなさいダリア。でも、この人たち、きっと悪い人じゃないわ」

「こんにちは、お嬢さん。怖い目に遭いましたね」

「こんにちは……、助けてくれたと聞きました、ありがとう」

シャルロッテが頭を下げると、赤毛の男はにっこりと微笑んだ。

「大したことはしていませんよ、それよりも、馬車が大変なことになってしまいましたね。御者の方も、馬も逃げてしまいました」

「なんてこと……」

ダリアがはあ、とため息をつく。

「もちろん、お送りいたしますよ。この子たちに乗ってください」

「……よろしいのですか?」

「ええ、ロバはきちんと歩きます。ゆっくりですが」

それを聞いた途端、ダリアの身体がゆっくりと傾いた。

「ダリア?」

赤毛の男が慌てて彼女を受け止める。

「ダリア!」

返事がない。先ほどまで気丈に話していたのに。

「これは大変だ。お怪我はないと聞いていたのですが」

「さっき、私をかばって背中を打ったの」

赤毛の男は初めて眉間にしわを寄せた。

「エイデン、引き渡しは後にしよう。早く手当して差し上げないと」

「ロープで縛っておく」

「ああ」

赤毛の男はダリアを抱き上げ、シャルロッテに向き直った。

「ご安心ください、聡明なお嬢様。僕たちが必ず無事にあなた方をお送りいたします」

「報酬はもらう」

「エイダン……」


「私はシャルロッテ・オスマンサスといいます。貴方たちは?」

「僕はノア・トリップ。そしてこっちの愛想のないのが」

「エイデン・ロータス」

こうして、ひょんなことから、では済まない規模の出来事から、彼らと出会ったのだった。

まさかこの出会いが、シャルロッテを再び舞台の上へと導くことになるとは、この時は誰も予想していなかった。


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