プロローグ
初投稿です。
プロローグ
シャルロッテは飛び起きた。汗がぐっしょりと冷たく、頭痛も酷い。原因ははっきりしていた。昨夜の夢のせいだ。
「また、この夢」
シャルロッテ・オスマンサス、十四歳。我らがカメリア王国を支える宰相、クラウス・オスマンサスの一人娘だ。シャルルはここ最近、酷く夢見が悪い。
その夢は、幼い頃から繰り返し、繰り返し見てきた、別の人間の人生を歩んでいる夢だった。夢の中のシャルロッテは、別の名前を名乗っていて、外見も全く違う。シャルロッテは瑠璃色の髪と瞳を持ち、はっきりとした目鼻立ちで、社交界では怖がられているような視線を感じる。けれど、夢の中のシャルロッテは、黒い髪に鳶色の目をして、愛嬌のある顔立ちで、誰も彼もが自分を肯定的に見つめていた。夢の中のシャルルは、女優なのだ。
シャルロッテ・オスマンサスは、こことは別の日本という国で、女優だったのだ。
舞台に立ち、歌って、踊って、その役を演じ切る。シャルロッテは舞台の上で誰よりも自由だった。
夢から醒めたシャルロッテは、自分の体よりもずっと大きなベッドで一人、夢の中の台詞を復唱する。もはや日課になりつつあった。
「『大変、あの方が来てしまうわ。とても会いたかったのに、どうしましょう。何も準備が終わっていない』……」
夢の中のシャルロッテは、ただただ舞台の上で演じたくてたまらなくて、劇団に入って、オーディションを受けて、役を掴み取ってきた。しかしこの世界でのシャルロッテはどうだろう。
そもそも、この国では、舞台というものが、下級国民の文化として扱われている。ゆえに、シャルロッテはこの国に生を受けてから十四年、一度も観劇をしたことがない。
シャルロッテは舞台が好きだった。小さな頃、母に連れられて観に行ったあの世界を観てから。それなのに!
「『いいえ、会いたくてたまらないわ。だって私は、あの方を愛しているのですから』」
こんなにも舞台を愛しているのに、シャルロッテはきっと、この国で関わることはないだろう。
夢を見た後、いつも悲しい気持ちになるのは、その事実が分かりきっているからだった。
「シャルロッテ様、失礼致します」
ノックの音とともに、侍女のダリアが入室してきた。
「おはようございます」
「おはよう、ダリア」
ダリアは表情の乏しい女性だ。シャルロッテはあまり手のかからない令嬢だったから、何をしても大きな感動というものはないのだろうけれど、それでも小さな頃から世話をしてくれている、母のような、姉のような存在だった。
「本日は、ダンデラ語学の授業、カメリア政治の授業、ダンスのお稽古、殿下とのお食事を予定しております。あと半刻でご朝食です。朝のお茶と、本日のお召し物はどうなさいますか」
「昨日のお茶が美味しかったから、今日もあれがいいわ、ドレスはダリアが選んで」
「かしこまりました」
殿下、というのは、シャルルの婚約者のアルフレッド・カメリア第二王子のことだ。昔から自由奔放で冒険心の強い方で、シャルロッテは彼に対して何度ため息をついたかわからない。
シャルロッテが懸命に勉強や稽古をしているのは、将来アルフレッドが国を支えていく、その手助けをするためだ。七歳で婚約が決まった瞬間、シャルルは覚悟した。
———とはいっても。
「……本当に来て頂けるのかしら」
「シャルロッテ様」
「冗談よ」
アルフレッドは、今年で十六歳にも関わらず、社交界で出会った令嬢と遊び回っているという噂だ。噂、というよりも事実なのだけれど。これまで、彼女たちとの逢瀬のために何度も婚約者であるシャルロッテとの約束を反故にしてきたのだ。奔放にも程があるけれど、もはや諦めている。
「アルフレッド殿下のお噂は、失礼ながら少々耳に余ります」
いつも冷静なダリアが珍しく語気を強めたので、少し驚く。
「ダリア、不敬よ。いいの、いろいろと、しがらみがおありなのよ」
「それでも……」
彼女はシャルロッテのドレスを着付けながらぶつぶつと続けた。
「いくら王子様だからって、こんなにも可愛らしい私のシャルロッテ様を傷つけて良いはずがありませんわ。こんなにも賢くて美しくて頑張り屋さんでどこに出しても恥ずかしくないシャルル様とのお約束をよりによって別の女のところへ行っているから行けないだなんてちゃんちゃらおかしな話です。王子様でさえなければこのダリア、八つ裂きにして……」
「ダリア!そこから先は誰かに聞かれたら死罪!」
というか、私のシャルルって。ふふ、とシャルロッテは微笑んだ。ダリアはいつも静かに優しい。
「ありがとうダリア、元気が出たわ」
いいえ、と彼女は言った。
シャルロッテは夢の中のように、舞台で演じることはなくなった。けれど、本来の自分とは違う、『完璧な令嬢』を演じるのだ、と思えば、苦では無いのだ。
私はシャルロッテ・オスマンサス。今日という日の幕が開く。




