【92:気が済んだかな、ほのちゃん?】
俺がちょっとふざけてほのかをギロリと睨んだら、予想外のリアクションが返ってきた。
ほのかはすっごく申し訳なさそうに肩をすぼめ、眉尻を下げて俺を上目遣いで見上げた。
元々アイドルみたいな可愛い容姿のほのかが見せるそんな姿に、俺は思わずドキリと心臓が跳ねる。
──あ、いや、待て。
あのほのかが、俺に対して本気でこんなに可愛い態度を取るわけがない。
これは俺の攻撃を弱めるための、いわゆる『あざと作戦』に違いない。
騙されないようにしなきゃ。
「いや別に気を悪くはしてないよ。まあもちろん俺は頑張るよ。だけどほのかも一緒に頑張ろうぜ」
「あ……うん。い、一緒にね。あたしとひらりんはベストパートナーだからねぇ、あはは」
「そうだな。ベストパートナーだからな、あはは」
ほのかが照れた感じでベストパートナーなんて言葉を出したもんだから、俺もちょっと照れてしまった。
俺とほのかがお互いに引きつった苦笑いで見つめ合ってたら、所長もルカも冷ややかな視線を俺たちに突き刺してきた。
「あの……気が済んだかな、ほのちゃん?」
うわ。氷のような冷たいトーン。
所長こわ。
ちょっと緩い雰囲気で喋りすぎたかな……
「え? 気が済んだってなんですかぁ、所長? あたしをバカにしてない?」
「気が済みましたか、ほのか先輩?」
「ほぇっ? ルカたんまで〜 二人とも、あたしの扱いが雑くない?」
キョトキョトと二人を交互に見るほのかの言葉を所長は華麗にスルーして、みんなに向かって語りかけた。
「というわけで、勝呂さんが何をやってるのか、掴みたいと思ってるの。だからしばらくは『考える』って態度で情報収集に努めるけど、私は転職なんてする気はもちろんないからね。みんな安心してちょうだい」
所長の落ち着いた言葉に、ほのかも俺もルカも安心して「はいわかりました」と答えた。
「万が一みんなに直接アプローチがあったら、考えるって曖昧に答えておいてね。もちろん我が社の情報は絶対に漏らさないように」
「うんうん、わかってるよ所長。まっかせなさい」
「ほのちゃん。あなたが一番心配なんだけど?」
「うわ。言うと思ったぁ……」
「あはは冗談よ。ホントは信頼してるからね」
「ふわぁーい」
ほのかのヤツ、相変わらずふざけた態度だけど。
まあその辺の常識はわきまえてるだろう。
「それと普段の営業活動の中でも、できるだけ勝呂さんの会社、ヒューマンリーチ社の情報を得るようにしてね」
「はい、わかりました」
そうやって俺たちはミーティングを終え、業務に戻った。
***
翌日の木曜日。
俺は取引先企業に訪問や電話で営業の仕事をするついでや合間に、ヒューマンリーチ社の情報収集に努めた。
たまたまなのか、俺の担当企業にはほとんど彼らは訪れていないようだ。
逆に言うと、だから俺の情報が彼らに伝わっていなかったのだろう。
ただ、そんな中でも何社かの人からは、最近ヒューマンリーチ社が『ぜひ取引したい』と営業攻勢をかけてきているという情報は得られた。
それによると、彼らは紹介手数料を大幅にディスカウントすると言ってきているようだ。
──なるほど。
彼らの営業戦術の一つは、手数料の大幅値引きか。
確かにそれで人材紹介の依頼は多く得られるのかもしれない。
だけどそれだけでは、急激に紹介成約件数を増やせるとは思えない。
まだなにかあるような気がする。それは単なる勘だけれども。
一日の営業活動が終わり、営業所に戻った。
ほのかと所長は既に帰社していて、ルカも交えて情報共有のための打ち合わせをすることになった。
昨日のように所長が俺の隣の席に座り、四人ともデスクに座って今日得られた情報を報告し合う。
だが、これといった情報は誰も得られていなかった。
せいぜい俺も掴んだ『紹介料の大幅値引き』くらいのものだ。
「じゃあ今後も情報収集をしましょう。でも他社のことばっかり気にしててもしょうがないからね。それよりも自分たちの仕事をきちんとやること。いいかな?」
所長がそう言って、打ち合わせは終了となった。
その時俺の社用スマホから呼び出し音が鳴った。
デスクの上からスマホを取り上げる。
加賀谷製作所の社長秘書、氷川さんからだ。
双子美人姉妹のお姉さんの方。
加賀谷社長との面談をセッティングしてくれた恩人。
凜さんにはヒューマンリーチ社の件で、なにかわからないか調査を依頼してある。
だからその件での連絡だろう。
「はい平林です。あ、凜さん! ご連絡ありがとうございます!」
俺が明るく元気に電話に出たら、周りの女性3人が揃ってぴくんとこちらを見た。
3人には俺が凜さんに調査を依頼してあることは言ってはなかった。
だけど3人とも凜さんの名前にピクリと反応したところを見ると、この電話がヒューマンリーチ社関係のことだろうと察したのだろう。さすがデキル女性たちだよな。
3人とも、ジーっと俺の顔を見ている。
いや、ちょっと見過ぎじゃない?
まあ、それほどヒューマンリーチ社の情報に飢えてる……ってことか。
「あ、はい。なるほど。わかりました。ありがとうございます」
凜さんの話では、採用を担当しているのは総務課長の鈴木さんと、もう一人いるらしい。
ところが今日は二人とも出張で、まだ凜さんも話はできていない。
明日には話をするから、また改めて連絡するという用件だけだった。
つまり凜さんは、中間報告としてまだ何もわかっていないということを、わざわざ連絡してくれたってこと。ホントにまめでキッチリした人だ。
俺も新入社員の時に営業部長から、『何も無ければ何も無いという報告を入れることで、相手の信頼を得られるものだ』と教えられた。
まめな報告は営業マンとして大事なことなのだ。
「わかりました。じゃあヒューマンリーチ社の件は、また明日ご連絡をお待ちしています」
『ところで平林さん』
「はい」
凜さんは仕事の電話が終わった後、続けて別の話をし始めた。
『ほら、前にお会いした時、また美味しいお店をお教えするって言ったでしょ?』
「あ、はい。そうですね」
『また近々行きませんか? 蘭も呼びますから』
凜さんの言葉で、以前妹の蘭さんと3人で食事をした時のことが、脳裏に鮮明に蘇った。
目を見張るようなクール美人の二人が素の顔を見せてくれて、めちゃくちゃ楽しかったし食事も旨かった。
そのことを思い出すと、ついつい頬が緩んで楽しい気分になる。
「ああ、いいですね! ありがとうございます! ぜひ!!」
『じゃあまた蘭と話をしてから、休みの日にでも連絡をしますね』
「わかりました。お待ちしています」
『ではまた明日』
「はい。よろしくお願いします!」
──ふぅっ。
今日の所は何も情報を得られなかったけど、明日に期待だな。
それにしても凜さんと話すのは楽しい。やっぱすごくいい人だ。
仕事中だし周りにみんながいるから、仕事でも違和感のない言葉だけを選んで喋ったけどな。
スマホの通話を切って、ふと顔を上げると、女性陣三人がいつもよりも真剣な顏で、俺をじっーと見つめてた。
3人の眼差しに、なぜか背筋がぞくりとした。
なんだかちょっと怖い……
3人ともそんな視線だった。




