【9:凛太の「俺もベストを尽くしたい」】
「俺、東京にいる時にこの会社と付き合いがあってさ。本社人事部の人に知り合いがいるんだ。その人にフォローのお願いをしてもいいかな?」
凛太がそう言うと、ほのかは眉を寄せて、怪訝な表情を見せた。鼻からフンと荒い息が出ている。
「なんでアンタがそこまで一生懸命になるのよ? 自分の成績にもならないのに」
「せっかくの小酒井さんの案件だもんな。うまくいくように、俺もベストを尽くしたい。ダメか?」
「あ、あたしのため……?」
不意を突かれたように焦ったほのかの頬は、少し赤らんだ。
「いや、あの……ダメかって訊かれたら……ダメじゃないけど」
「わかった。電話してみるよ」
凛太はスマホを取り出して、電話をかけた。
「あ、部長ですか? お世話になってます! ちょっとお願いがありまして……」
凛太は電話の相手に事情を説明した。そして志水支社へのフォローをお願いする。
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
電話を切った凛太は、ほのかに笑いかけた。
「これでオッケー。ウエブアドの本社人事部から、エース級の社員を志水支社に行かせて、田中さんとの面談をフォローしてくれるって」
「え……? 今の電話の相手は……?」
「ああ。ウエブアドの人事部長。部長も自ら、東京から志水支社にまで来てくれるって。部長は話も上手だし、きっと田中さんにも安心してもらえると思う」
「じじじ人事部長!? アンタ、そんなホットラインを持ってんの? なんで人事部長自ら、地方の一支店にまで来てくれるの!?」
「いやあ、ここの人事部長、ものすごくいい人なんだよ。エース級の社員さんと二人で応対してくれたら、きっと田中さんの不安も和らぐんじゃないかな?」
「あ……ええっと……まあそうかもね……」
打ち合わせ室で待つ田中さんの元に、凛太とほのかは戻り、再度ウエブアド社の人事の人と面談する話をした。
田中さんは少し前向きな気持ちになれたみたいで、「ちゃんと人事の人と話をします」と約束してくれた。
凛太とほのかは田中さんを見送り、オフィスに戻ってきた。ルカが心配そうな顔で待っている。
「あ、ほのか先輩。どうでしたか?」
「なんとか内定辞退は考え直して、ウエブアドの人事の人ともう一度面談してくれることになったよ」
「良かったですね。さすがほのか先輩」
「あっ、いや……あたしって言うか……」
ほのかは困ったような顔で、凛太をチラと見る。
凛太はほのかに向いて、口を開いた。
「小酒井さんちょっといいかな。小酒井さんの対応で、ちょっと気になったんだけど……」
「気になった? 何が?」
ほのかはぴくんと眉の端を上げた。
ルカはきょとんとして凛太を見ている。
「んー……着任したばっかの俺にこんなことを言われるのは、小酒井さんは嫌だろうけど、一つだけ言ってもいいかな?」
「何よ? はっきり言えば?」
「横で見てて、小酒井さんは自分の成果が無くなるのが嫌だって感じが前面に出てたんだ。もうちょっと、相手の気持ちに寄り添った方が、話を聞いてくれやすい気がするなぁ……」
「あたしを批判するの?」
凛太の言葉に、ほのかの顔はさぁーっと強張った。
「いや、そうじゃなくて。お互いに仕事仲間として、相手のためになることはちゃんと伝えたいと思ってるんだ。小酒井さんも俺の間違いは気兼ねなく指摘してくれたら嬉しいし」
「ご忠告ありがとう」
ほのかはそれだけ言うと、ぷいっと顔を背けて出入り口に向かって歩き出した。明らかに不機嫌で、肩がいかってる。
「ほのか先輩、どこ行くんですか?」
「トイレっ!」
振り向きもせずにルカに答えたほのかは、ドアをバタンと閉めて出て行ってしまった。
「ありゃ、怒らせちゃったなぁ。俺はできるだけ小酒井さんに気を遣って言ったつもりだったんだが……悪かったかな」
「まあまあ平林さん。仕事だし、気がついたことを指摘するのは間違ってないと思います。それに平林さんが気を遣っているのは充分わかりました」
「でも、小酒井さんを怒らせてしまった」
「まあほのか先輩は、割と感情を表に出すタイプですからね。でも実はほのか先輩って、面倒見もいいし、思いやりがあっていい人なんですよ」
「ああ、そうだね。なんとなくわかる気がする」
「でも平林さん。一つだけ言わせてください」
ルカの口調が急に真剣な感じになった。
凛太は緊張して、耳を傾ける。
「なに?」
「私という後輩の前でほのか先輩に指摘をしたのは、もしかしたらまずかったかもです」
「あ……そっか。彼女のプライドを傷つけたかも。悪かったな……どうしたらいいだろ?」
「大丈夫ですよ。ほのか先輩はすぐに怒るけど、すぐに忘れる質ですから」
「そ……そうなのか?」
ルカの言葉は、冗談とも本気ともとれる口調と表情だ。どっちなんだろうかと凛太は戸惑う。
それが本当なら、とーってもありがたいのだが。
「とは言っても、後でほのか先輩に、素直に謝っておいてくださいね、凛太先輩」
「あ、ああ。わかった。アドバイスありがとう。ホント助かる」
「いえいえ、どういたしまして。私は平林さんに受けたご恩を一生忘れないと言ったでしょ? これくらいお安い御用です」
凛太は驚いた。
確かにルカは酔っ払いから助けたことで、そう言っていた。
しかしそんな台詞は社交辞令だと思っていたし、その場限りの言葉であるはずだった。ところがルカは、まだそんなことを言っている。
もちろん『一生』なんてのは大げさにしても、ここまでルカがあのことを感謝してくれているなんて……
凛太はちょっと感動を覚えるくらい嬉しい。
「では私は、今からほのか先輩をケアしに行ってきます」
ルカは右手を斜めに額に当てて、兵隊さんのように敬礼してそう言うと、出入り口から出て行ってしまった。
オフィスに一人取り残された凛太は、ルカの後姿を見ながら、本当にありがたい後輩だと思った。
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