【79:ひらりんとは、どこまで行ったの?】
「わかったわよ。平林凛太さん。ホントに素敵な人のようね。あなたの好きにしなさい」
「え?」
ほのかの耳に届いた母の言葉を、ほのかはしばらく簡単には信じられずに呆然としていた。
「でもホントに、今まであなたって『ろくな男がいない』とかばっかり言ってたのに。付き合ってた男性のことでも、そんなにべた惚れって感じで話をしたのは今までないよね」
「あっ……そっかな」
「そうよ。そのほのかがそこまで入れ込む男性ってママも興味あるなぁ。やっぱり直接合わせてよ。一度おうちに呼びなさい」
「えっ……?」
ヤバい。これはめちゃくちゃヤバい。
凛太のことを認めてもらったのは良かった。我ながら百点満点の出来だ。
だけどまさか母親が、ここまで凛太に興味を持つなんて想定外だ。
ジツハ、カレトハ、マダツキアッテマセン……
ほのかは心の中で、棒読みのように呟く。
「あ、いや。彼は照れ屋だしさ。それはまだ早いって!」
ほのかは両手と顔をせわしなく振って、全力で母の申し出を拒否る。
「だって私も彼に失礼なことをしちゃったし、ちゃんと彼に謝っておきたいじゃない」
「そ、そんなことはあたしから彼にちゃんと伝えるから大丈夫だって!」
「ダメよ。ちゃんと自分の口から謝りたいし、それに私ももっと彼のことをちゃんと知りたいし。彼……ひらりんだっけ?」
「へ?」
「ほのか、さっきひらりんって呼んでたじゃない。平林凛太さんだから、ひらりんなんでしょ。ほのかはまだ付き合って日が浅いって言ってたけど、ホントはもっと親密なんじゃないの?」
ほのかの母は意地悪そうにニヤッと笑う。
「ホントのことを言いなさいよほのか。ひらりんとは、どこまで行ったの?」
「あ、いや、どこまで行ったって……」
──はい、海まで行きました。
そんなことを訊かれてるんじゃないことは、ほのかもわかってる。
だけどホントに海に行っただけだし、キスすらもしていないんだから、それしか答えようがないじゃんと思う。
もちろんホントに口に出して答えるなんて気はさらさらないけども。
「もうっ、ママ! 娘のプライバシーに口を出しすぎよ! そんなことには答えませんっ!」
「あっ、ちょっと待ってよほのかぁ~!」
母の言葉を無視して、ほのかはソファーから立ち上がり自室に向かった。
でも母は穏やかに話してくれてるし、わかってくれたみたいだし、もう大丈夫だろう。
凛太とどこまで行ったのかなんてことは──
ホントにそういうことがあったら、またママに言う時が来るかもしれないけどね。
今は許してよ……なんて思うほのかであった。
自室に戻ったほのかはスマホを取り出し、凛太にメッセージを送った。
『ママとちゃんと話をしました。お見合いの話は諦めてくれたようです。ひらりんのおかげです。ありがとう!』
ボスっとベッドの上にスマホを放り投げ、そのまま仰向きにベッドに寝転ぶほのか。
天井を眺めながら、今日の疑似デートを思い出す。
「なんか……激動の一日だった気がする」
でも。凛太と一緒に過ごし、そして海まで見た。
それを思い出すと胸がきゅっとする。
ホントにこんな気持ちは人生で初めてだ。
「返信……来たかな?」
体を起こし、枕元のスマホを手にする。凛太へのメッセージを見てみるけど、まだ既読すらついていない。そりゃまだ送信してから一分しか経ってないのだから仕方がない。
「まだか」
ほのかは「よいしょっ」とベッドから飛び降り、部屋着のジャージに着替える。
着替え終わるとまたスマホを手にした。凛太へのメッセージを見るけど、やはりまだ既読はついていない。肩を落として、残念そうな表情のほのか。
「はぁっ…… なにやってんだか、あたし」
そんな短い間に何度も凛太からの返信を確認してしまう。
メッセージが来たら着信音が鳴るのはわかってるのに。
なのにもしかしたら、気づかない間に返事が届いてるかもなんて考えて、ついつい確認してしまうのだった。
その後も頻繁にスマホをチェックするが、凛太の既読は全然つかない。
凛太が今何をしているのか気になる。
できれば凛太の顔を見たい、声が聴きたい。
それが無理でも、せめてメッセージで繋がっていたい。
早く凛太からの返信メッセージを見たい。
そんな感情が胸の中に溢れる。
好きな男のことばかり考えてしまうなんて。
まるでうぶな中高生みたいだ。
「ダメだあたし。バカになっちゃう」
そう口に出してから、ふと気づく。
──あ、元々バカだけどねぇ。
自虐ネタをやってみるが心は晴れない。
と、その時スマホの着信音が鳴った。
──ひらりんだっ!
急いでスマホに手を伸ばす。
「おっとっと」
慌ててスマホを手にするものだから、危うく落としそうになる。
手の上で何度かバウンドしたものの、何とか落とさずにスマホを掴んでホッとする。
ほのかはそのアイドルのような可愛いその顔を、ふにゃりとほころばせた。そして凛太からのメッセージを読む。
『そっか、よかった! ずっと気になってたんだ。ほっとした』
ずっと気にしてくれてたんだぁ……と嬉しくなる。
ほのかはもう一度『ひらりんのおかげだよ。ありがとう』と送った。
それから何往復か、他愛もないメッセージを送り合い、最後は『また明日』というメッセージをお互いに送り合った。
***
翌朝。月曜日。
凛太の顔を見れる嬉しさと、でも疑似デートなんてものを経験したことによる少しの恥ずかしさと。
ほのかにとっては、そんなものを抱えての新しい週の始まりであった。
ほのかがオフィスに出社すると既に凛太は出勤していた。
しかし麗華所長も既に来ていたから、昨日のお礼はさりげなく「ホントにありがとう」と言った。
凛太もさりげなく「どういたしまして」と笑顔を返す。
その後すぐにルカも出社してきて、いつもとなにも変わらない一日が始まった。
そして仕事という日常の時間が流れていく。
夕方のこと。外回りから全員が戻り、四人ともオフィスで事務作業をしていた。
営業進捗分析表のチェックをしていたほのかが声を上げた。
「あれっ? このひらりんの入力した集計数字、間違ってない?」
「え?」
凛太は自分のデスクから立ち上がって、向かい側のほのかのデスクまで歩み寄る。
そして机の上の書類を手にして確認した。
「あ、ほんとだ。ごめんほのか。勘違いしてたよ」
「もうっ、ひらりん! そこ間違ってたら、その先のあたしがやったところは全部やり直しじゃん。これ、だいぶん手間がかかったのに……」
「あ…… せっかくほのかがやってくれたとこが無駄になったな」
「そうだよぉ。んもうっ……」
一瞬オフィス内にはピリッとした空気が流れる。
いつものほのかなら、こんなことがあったら修正作業をしている最中はもちろん、あとあとまでぶーすか文句を言ったり機嫌が悪くなる。
麗華は変な雰囲気になったらすぐに声をかけようと、手は仕事をしたまま耳は二人のやり取りに傾ける。
ルカはほのかをなだめようと口を開きかけた。
その時──
なぜかほのかは優しい声を出した。
「ひらりんったら仕方ないなぁ、もう。正しい数字を教えてよ。ちゃっちゃとやり直すから」
「あ、いや。ほのかに悪いから、そのやり直しは俺がやるよ」
「いいからいいから。ここの部分はいつもあたしがやってるんだから、ひらりんは慣れてないでしょ。かえって時間がかかるから、あたしがやるよ」
「そ、そうか。すまんなほのか」
「いいってことよ。その代わりこれは、ひらりんに一個貸しだかんね。また何か奢ってもらうから」
ほのかは目を細めて、「むふ」という声を出した。
「あ、うん。わかったよ。ありがとうな」
「どういたしまして」
麗華所長とルカは唖然とした顔をしている。
いったい今日のほのかはどうしたのか。
なにかいいことでもあったのだろうか。
ちょっとキツネにつままれたような表情で、凛太とほのかのやり取りを眺める麗華とルカだった。
=== ほのかの疑似デート編 おわりです ===
次は麗華がメインキャストのお話になりますが、その前にほのかメインのサイドストーリーを書きました。次回から三回に分けて投稿します。
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