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75/128

【75:俺、バカって言われちゃったよ】

 あと30センチほどで凛太は轢かれていた──


 ほのかはそれを目の当たりにして、背筋がブルブルっと震えた。

 体勢を立て直した凛太がほのかの所に駆け寄る。ほのかは痛むお尻を押さえながら立ち上がった。周りでは信号待ちしている人が数人、ざわざわしてほのかと凛太を見ている。


「ほのか大丈夫か!?」

「うん。尻もちついただけだから大丈夫。ひらりんは!?」

「俺も大丈夫だ」


 凛太の顔を見ると真っ青で引きつっている。


 ──あ……めちゃくちゃ怒られる


 でも今のは、思い切り罵声を浴びせられても仕方がない。

 ほのかは息を飲んでそう覚悟した。


 しかし凛太は怒るどころか、ほのかが大丈夫だとわかった途端にホッと頬を緩ませた。そして柔らかな笑顔になる。


「そっか。ケガがなくて良かった……」

「えっ? 怒らないの?」

「へっ? なんで俺が怒るんだ?」

「なんでって……あたしのせいで、ひらりんが死にかけたんだよ?」

「いや、死にかけたなんて大げさだな。俺は大丈夫だよ。そんなことよりほのかが無事で良かった。もしもほのかが大けがしてたら、助けられなかった自分自身に対して怒ってたかもな、あはは」


 ──なんで……なんでひらりんは、自分のことよりも相手のことばっかり考えちゃうのよ!


「んもう、ひらりんのバカっ!」


 ──あたしは……あたしは、ひらりんが無事でホントに良かった。


 ほのかは胸の奥から熱いものが込み上げてきて、たまらず凛太の胸にがばっと抱きついた。周りの人は驚いた目で見ているけど、今のほのかは感情が高ぶってそんなことは気にならない。


「あれ? 俺、バカって言われてしまったよ……やっぱ尻もちつかされたのを怒ってる?」

「なに言ってんの。やっぱバカだよひらりんは。怒ってるはずないじゃん……」


 ほのかは泣きそうな顔を見られたくなくて、凛太の胸に顔をうずめながらそう言った。


「ひらりんはもっと自分のことを心配しなさいよ……アンタが死んじゃってたかと思ったら……」

「あ、いや。だから俺は全然大丈夫だって。でも、心配かけて悪かったな。まあとにかくほのかが無事で良かった。もし万が一のことがあったら、ほのかのお母さんにも申し訳が立たないよ」


 ──もう、ひらりんって……どこまでも他人のことばっかり……


「でも俺のこと心配してくれてありがとな、ほのか」


 凛太の優しい声が聞こえた。ほのかは顔を上げて凛太を見る。凛太は優しく微笑んでいた。ほのかにとっては、今まで見たどの凛太よりもカッコ良く見えた。


 ──ああ……もうダメだ。あたし……ひらりんが……好きだ。大好きになっちゃった。


 自分から惚れるよりも、凛太の方から惚れさせてやる。そんなことを思っていた自分なんか、もうどうでもよくなってしまっている。


 ほのかはまた凛太の胸に頬をつけた。頬に温かくて大きな凛太の胸の感触が伝わる。


 ──ああ、気持ちいい。


 思わず頬を凛太の胸にこすりつける。


 ──このまま時間よ、止まってほしい


 ほのかの頭にそんな言葉が浮かんだ。

 しかしその時、突然女性の声が聞こえた。


「ほのか、大丈夫!? ケガはない?」

「え? あ、ママ……」


 ほのかは慌てて凛太の胸から離れる。えらいところを母親に見られてしまった。


「あ、ほのかのお母さんですか?」

「そうですよ! ちょっとあなた。ウチの娘を危険な目に合わせて、どういうことですか?」

「すみません。僕の不注意でご心配をおかけしました」


 凛太が母に深々と頭を下げている。


 ──なんでひらりんが謝るの? 全然悪くないのに。それどころか命の恩人なのに


 ほのかは戸惑いを感じる。


「ちょっと待ってよママ。ひらりん……凛太さんはなにも悪くないからっ! あたしの不注意なんだよ」」

「とにかく一旦家に帰りましょう、ほのか。話しは家でゆっくり訊くから。ほら、おいでっ!」


 娘の話を無視するように、母は手を伸ばしてほのかの手首を握ろうとする。ほのかはさっと手を引いて逃げた。


「嫌よ、帰らない! ママこそ帰ってよ」

「なにを言ってるのよほのか。ダメよっ」

「ホントに凛太さんは何も悪くないし、それどころか命の恩人なんだから!」

「そんな話は家に帰ってからゆっくり聞くわ。とにかく帰りましょう!」


 周りの人たちは何ごとかと立ち止まってほのか達の方を向いている。今の母は感情が昂って、まともに話を聞いてくれそうにない。こんな街中で、母とごちゃごちゃ話をしたくない。

 そう思ったほのかは、反射的に凛太の手首を握ってこう言った。


「行こう、ひらりん」

「え? どこへ?」

「どっか」

「ちょっと待ちなさい、ほのか! どこ行くのよ!?」


 ほのかは母の声を背に、凛太の手首を握ったまま駆け出す。凛太は戸惑いながらもついて来てくれた。

 どこへ行く当てもないけど、とにかく今は母の前から離れたかった。


「でもほのかのお母さんに、ちゃんと説明しないと……」

「後でママが落ち着いてから、あたしからちゃんと説明するから心配しないでいいよ。こんな公衆の面前で、ごちゃごちゃ話したくないし」


 ほのかが落ち着いた口調で言ったからだろうか。凛太はほのかを信用したようで「わかった」とひと言、ニコリと微笑んだ。

 その時、目の前にバス停があって、路線バスが停車しているのがほのかの目に入った。


「とにかくこれ乗ろうよ、ひらりん」

「あ、そうだな。わかった」


 二人してバスに乗り込む。そして動き出したバスの車内アナウンスで、初めてこのバスは海岸行きだと知った。

 志水市は海に面した町で、中心地からバスで15分も走れば海岸まで行けるのだ。


「海岸行きかぁ……せっかくだから、とりあえず海でも見に行く?」

「そうだな。普段海なんか見る機会はあんまりないもんな」

「じゃあ決まり」


 そんな話になって、二人は海岸沿いのバス停で降りることにした。

【お知らせ】

読者の皆様の応援のおかげで『転びじょ』の書籍化が決定しました!

書籍化の経緯など、詳しくは活動報告をご覧ください。

今後レーベルや発売時期、イラストレーターさんなど、Twitterで随時公表していきます。

できればTwitterアカウント(@C3d0OFV76P98Z27)のフォローをお願いします。

今後とも『転びじょ』をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、こういうほのかちゃんが見たかった! [気になる点] あとは、ひらりんがほのかの気持ちに気付いて、自分を肯定できるようになれば関係が進むんですけどね… まぁ、そう簡単には行きませんよね…
[良い点]  書籍化、おめでとうございます!
[一言]  更新、お疲れ様です。  凛太っち。(内面)イケメンの面目躍如ですね(笑) ただ、反面。パートナーからしたら、心臓に悪いイケメンですね(苦笑)  ああ。母娘、両方で感情的になるのは、さすが…
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