【69:ひらりんってなんてヤツなの?】
凛太はなんと、デートコースの案を三つも考えてくれた。
「ありがとう。そんなにいっぱい考えてくれて」
ほのかにしては珍しく、柔らかな笑顔を浮かべている。そして感謝の言葉がすごく素直に口から出た。
「あ、いや。ろくなコースがなくてごめんな。できるだけほのかが楽しめるようにって考えたんだ。ホントはもっとお洒落なデートコースを考えたかったんだけど、俺の脳みそじゃこれが精いっぱいだった」
「あ、うん。そうだろね」
「はぁっ!? なんだって!?」
凛太は、ぎろりと鋭い目つきでほのかを睨む。
「あ、嘘。じょーだんだってばぁ! 怒んないでよぉ」
「怒ってないよ。こっちだって冗談だ」
「そーなの? ひっどぉーい。マジびびったよ」
「あはは。ほのかでもビビることがあるのか?」
「あるってば。か……か弱い乙女なんだから」
「はぁ? ほのかがか弱い乙女!?」
「そうよっ! なにか文句でも?」
「いいえありません」
「よろしい。許してつかわす」
「あはは、許してくれてありがとう」
──なにこれ? なんか、本物の恋人同士みたいなやり取りじゃん?
なんてほのかは思って、胸の奥がきゅんとなる。
こんなアホみたいなやり取り……でもなんだかそれがすっごく楽しい。
「で、本題だけど、ほのかはどのコースがいい?」
「えっと……あたしは……」
──それにしても、ひらりんってなんてヤツなの?
ほのかの思う『なんてヤツ』は、もちろん悪い意味ではない。
単なる疑似デートなのに。しかもほのかの方から無理をお願いしたことなのに。
凛太は面倒くさがるどころか3つも計画を考えて、自分が選べるようにしてくれるなんて。そういう意味での、なんていいヤツなの、だった。
──やっぱひらりんって、仕事ができる男だなぁ。
営業として大事なのは、お客様に複数の選択肢を用意して選べるようにすること。
しかもその選択肢は多すぎると客が迷うし、少なすぎると不満になる。
3という選択肢はちょうど良くて、マジックナンバーと言われるくらいだ。
「じゃあね……童心に帰ってゲーセンとボーリング行きたいっ!」
「そっか! 実は俺もゲーセンとボーリングに行きたかったんだよ。気が合うな」
「マジで?」
「ああ、マジだ」
自分が選んだものを、凛太も実は自分もそれがいいなんて言う。
共感を示すことも営業マンのテクニックとして重要だ。
凛太はテクニックを使っているのか、それとも素でそう思っているのか。
ほのかが凛太の顔を見ると自然な笑顔だし、テクニックじゃなくて本心のようだ。
──ひらりんって、テクニックで営業するって感じじゃないよねぇ。
凛太が素直に一生懸命やってることが、本人が無意識のうちに他人の心を動かしている。
ほのかにはそんな気がした。
「じゃあほのか。来週の日曜日な。楽しみにしてるよ」
駅で改札を抜けるほのかに、凛太は改札の前で笑顔でそう言った。
「あ、うん。私も……」
そこまで言って、ほのかは恥ずかしくてそこから先の言葉を飲み込んだ。
自分も間違いなく、凛太とのデートを楽しみにしている。
いや、間違いなくどころか、めーっちゃくちゃ楽しみにしている自分を自覚している。
だけどそれを凛太にストレートに言うことが、恥ずかしくて仕方なかったのだ。
改札で凛太と別れてホームへの階段を昇りながら、ほのかはちょっぴり反省する。
──あ~あ。あたしってやっぱひねくれ者だなぁ。
なんで嬉しいことを嬉しい、好きなモノを好きと素直に言えないんだろうか。
これからは──もうちょっと素直に自分を表現できるようになりたいな。
そんなことを思うほのかであった。
しかしホントに素直になれるのかどうかは別だったりもする。
◇◇◇◇◇
凛太とデートの約束をした日曜日がやってきた。
これで母をうまくごまかせなければ、またお見合いの話が再燃してしまう。うまくいくだろうか。
そんな不安もありつつ、今日着ていく服をチョイスする。
「あくまで擬似デートなんだから、そんなに気合いを入れて服を選ばなくていいよね」
そんなことを言いつつ、ほのかは自室のクローゼットの前で服を選んでいた。
実は朝早くからもう一時間もあれやこれやと悩んでるのだ。
ふと、言ってることとやってることが一致しないことに気づいて、慌てて自分に言い訳する。
「あ、いや。擬似デートって言ったって、色んな人に見られるわけだからちゃんとしないとね。別にひらりんに可愛く見られたいってわけじゃ……」
そこまで独り言で言い訳をしてから、ほのかはふと考えた。
──いや、正直言ってあたし、ひらりんに可愛く見られたいと思ってる……?
もしかしてあたしって、やっぱりひらりんのことが好きなの?
付き合いたいって思ってるの?
ほのかは自分の心に問いかける。
そして真剣に考えてみた。
まあ、人間としては好きよね。それは間違いない。
じゃあこれは恋?
ひらりんに『付き合って』って告白する?
「いやいやいや、それはないでしょぉー」
この気持ちはいったいなんだろうか。
今までほのかは、異性を好きで好きでたまらないっていう感覚になったことがない。
いつもだいたい男性の方から告白されて、イケメンだしいい男だから、という感覚で付き合ってきた。
今まで付き合った男は、好き嫌いで言うと『まあなんとなく好き』くらいだろうか。
だから自分の方から一方的に異性を大好きになるのが怖い、ということもあるのかもしれない。
それになんとなく、自分から付き合ってとお願いするのは悔しい気がする。できれば今までみたいに、相手に好きになってもらって告白されたい。
今までモテまくっていたほのかには、そんな素直になり切れない気持ちもある。
「うん、そうだ。それがいいね。ひらりんの方からあたしに惚れてもらおう! そうしよう。むふふ」
素直に自分を表現できるようになりたいな、なんて思ったのはつい昨日だったくせに。
とうとうほのかは、そんな性悪女みたいなことを思いついてしまったのであった。




