【67:うぅぅぅーんんんん、緊張するぅ】
オフィスから出て行くルカの背中を見届けてから、ほのかはデスクでパソコンに向かう凛太にチラッと目を向けた。
(うぅぅぅーんんんん、緊張するぅ)
ごくりと唾を飲み込み、一度大きく深呼吸してから凛太に話しかける。
「あああ、あのさあ、ひらりん」
「ん?」
パソコンモニターから目を上げた凛太と目が合う。
思わず「ひぇっ!」っと息を飲むほのか。
「えっ? どうした? 俺、なんかしたか?」
「あ、いや……なにも。あのさ、ひらりん。ちょっとお願いがあるんだけど……いいかな?」
「おう、いいぞ。なんでも言ってくれ」
「あ、あ、あたしとデートして欲しいんだ」
「へっ……? 俺……が?」
凛太は自分史上最大なくらい、目を丸くしてフリーズした。
ほのかはあまりに緊張して、ちゃんと事情を説明することをすっ飛ばしていた。これでは凛太が戸惑うのも当たり前だ。
「あっ……」
そこに気づいたほのかは、急に恥ずかしさがマグマのように胸の奥からこみ上げる。あっという間に、茹でダコみたいに顔が真っ赤になった。そして慌てて説明を始める。
「あ、違うから! 告白じゃないからねっ!」
「どゆこと?」
凛太が訝しがるのも無理はない。普通は告白だと思うだろう。
しかも凛太からすると、ほのかが自分に告白することなんて考えられないから、余計に訳がわからない。
とにかくほのかは経緯を一から説明した。
「──というわけなんだけど……」
「なるほどな。わかった。いいよ。俺でできることなら、喜んで協力するよ。さすがにほのかのお母さんに会って話したらごまかしきる自信はないけど、遠くからデートの様子を見せるくらないなら、俺でもなんとかできそうだ」
ほのかの想像どおり、凛太は嫌な顔一つせずに即答で承諾した。しかもこれもほのかが思い描いていたように、ニコリと優しい微笑みを添えて。
その笑顔にほのかはどきりとする。
しかしそんなことを凛太に悟られるわけにはいかない。だから何ごともないように平静を装って返事をした。
「ほ……ホントに?」
「ああ。でも……その役割、俺なんかでいいのか? ほのかだったら、そんな役割をしてくれる男なんて腐るほどいるだろ?」
確かにいる。ホントに腐ってるような男ばっかだけど。
──なんてほのかは頭に浮かべて、苦笑いを浮かべる。
「えっ……いや、いないよ。こんな大事なことを頼めるような、信頼できる相手はいないし」
信頼できる相手。
それは凛太にとって、意外なセリフであった。
ほのかのその言葉が凛太の胸にグッと刺さった。
──ほのかは俺のことを、そんなふうに思ってくれてるんだ。
この営業所に赴任してまだ日が浅いが、真面目に一生懸命仕事に取り組むことで、自分という人間を信頼してもらえているようだ。
そう思うと、凛太もやっぱり嬉しい。
「──で、どこに行くんだ?」
「……え? どこって?」
「デートの行き先だよ」
「で、デート……」
ほのかは自分で頼んだくせに、お願いを聞き入れてもらっただけでホッとして、どこに行くかまでは考えていなかった。
そんな状態で凛太の口から出てきた『デートの行き先』という言葉。
まるで本当にデートの約束をしているかのような気がして、顔中が熱くなるのを感じる。
どうも昨日から自分はおかしい。
本当のデートをするわけでもないのに、なぜ疑似デートのことを考えるだけでこんなに動揺してしまうのか。
───そんなにピュアだっけ、あたし?
まるで中高生みたいだ、とほのかは思う。
「あ、そっそうだねぇ。デートの行き先ね……えっと……どうしよっかなぁ?」
「考えてなかったのか?」
「あ、うん。実は……」
「そっか、あはは」
真っ赤になってオロオロするほのかを見ていると、そんな抜けたとこすら可愛く見えると凛太は思った。
「ママは運転免許を持ってないから、車で出かけるのはNGなんだよねぇ。電車で出かけるとなると……まあやっぱり駅前をぶらぶらするって感じ? ひらりんはどんなところがいいと思う?」
「そうだなぁ……」
凛太は何かデートらしいコースを提案したいと思って、色々と考えてはみるものの。
生まれてこのかたデートなんてしたことのない身にとっては、あまりにハードルが高すぎる課題だ。どうしたらいいのかまったくわからない。
「ごめん、ほのか。俺は正直に言って、デートに適切な行き先なんて、まったくわからない。だって今まで彼女がいたことがないからなぁ……あはは」
凛太はできるだけ卑屈な感じにならないように、頭を掻きながらあっけらかんと笑って見せた。
卑屈な感じになるとほのかに気を遣わせてしまうだろうからと、気を配ったのだ。
「ほのかの方が、デートコースには詳しいんじゃないのか? 今まで男性とたくさん付き合った経験があるだろうし」
「へっ……?」
凛太が何げなく言った言葉に、今度はほのかがフリーズする。
「あああ、いやべべべ別に、そんなにデート慣れなんてしてないしっっ!」
「え? あはは、嘘だろ? ほのかは今までモテてきただろうからなぁ」
「モテてたけどねぇ、あはは」
「やっぱそうだろうなぁ」
凛太の言葉に、ほのかはちょっと自慢げに言ってしまったかと焦った顔になる。そして慌てて言い訳のようなことを言う。
それは言い訳じゃなくて、事実なのだけれども。
「あ、いや、でもホントはさ。ちゃんと付き合った経験って二人しかないしっ! それも短い期間だったから、実はあんまりデートとか、経験ないんだよね」
「マジか?」
「うん、マジ。だからデートの行き先なんて、パッと思いつかないや。てへへ」
ちょっと照れ臭そうなほのかを見て、凛太は意外に思った。
今までほのかがあまりデートの経験がないってことは、もちろんかなり意外だ。
けれども凛太にとってそれ以上に意外にだったのは、ほのかが自分の弱みのようなことを素直に口にしたことだ。
ほのかっていかにもモテそうだし、モテるってことを自慢しそうなタイプなのに、デートの経験が少ないなんてことを素直に口にするなんて。
そっちの方が凛太にとっては意外すぎて、ほのかのことがいつもよりも可愛く見えた。
「そっかぁ。じゃあせっかく出かけるんだから、ほのかが楽しいと思えるような計画を一生懸命考えるよ」
「へっ?」
凛太が爽やかな笑顔でそう言ったのを見て、ほのかは驚いた。
今回の件は、単なるほのかの事情なのに。
凛太は面倒くさがるどころか、ほのかが楽しめるように一生懸命考えるとまで言ってくれた。
しかも爽やかな笑顔で。
凛太が白い歯を覗かせて浮かべた笑顔を見て、ほのかの頭に思わず浮かんだ言葉──
(あ……ひらりん、カッコいい)
そしてほのかの胸の奥に、きゅんと甘酸っぱい感覚が走った。
カクヨムコン向けに新作ラブコメ投稿始めました。
『凛々しい美少女が、夢の中では全力で俺にデレてくるっ!? ~俺の夢と彼女の夢が繋がってることに彼女はまだ気づいてない~』というタイトルです。
大変申し訳ないのですが、しばらくはカクヨムオンリーで投稿します。
いずれはなろうにも投稿しますが、早めに読んでみたいという(嬉しい)方々は、カクヨムで読んでいただけたらと思います。
ご理解の程よろしくお願いいたします。




