【51:さすが平林さんです】
俺たちは和やかな雰囲気の中で面談を終え、社長に丁寧にお礼を述べて社長室を辞した。
所長と二人で社長室から出て廊下を歩き、受付の横を通りがかると、そこには凜さんが居た。
「あら、平林さん。いかがでしたか?」
「ありがとうございます凜さん。おかげさまで、人材紹介をさせていただけることになりました」
「それは良かったです。さすが平林さんです」
凜さんはクールな顔つきを少しだけ崩して、ホッとしたような笑顔を見せてくれた。
凜さんは、俺たちの話が上手くいくかどうか心配してくれていたんだ。
美人なうえに気配りができて、ホントに良い人だな、凜さん。
「いえいえ、とんでもない! 全部凜さんのおかげです!」
「そんなことはありませんよ。平林さんと神宮寺所長のお力です」
「いえいえ、そんなことはありませんって。これは凜さんの……」
「コホンコホン。あの、ちょっといいかな平林君?」
咳ばらいをして神宮寺所長が割って入ってきた。苦笑いを浮かべている。
──しまった。
俺と凜さんのアホみたいなやり取りに、きっと所長は呆れ果てたに違いない。
凜さんも同じように思ったのか、慌ててきゅっと表情を引き締めて、ちょっとかしこまった顔を作った。
そして所長は凜さんに向かって話し始めた。
「あのう、氷川さん」
「はい」
「ご紹介した人材の面接の日時など、調整は氷川さんとするようにという加賀谷社長のお言葉ですので、よろしくお願いいたします」
「はい。かしこまりました。ではまた、ご連絡いたします」
「よろしくお願いいたします」
俺と神宮寺所長は会釈をした後、凜さんの見送りを背に、加賀谷製作所の社屋を後にした。
帰りの車の中で、俺は運転をしながら神宮寺所長に話しかけた。
「さすが所長ですね! 俺なんか、候補人材の資料を準備することを、すっかり忘れてました」
「所長として、これくらいはやらないとね。念のために、加賀谷製作所の要望にぴったりな人材をピックアップしてね、紹介をできるようになればこの会社に応募する意思があるかどうか、候補者に意思を確かめておいたのよ」
「そ、そこまで事前準備をしてたんですか?」
「そうよ」
「うっわ、やっぱりすごいですね、所長! いやホント、尊敬します」
「こらこら平林君。大げさにお世辞を言わなくていいわよ」
「いえっ! お世辞じゃありません。本気の本気でそう思ってます!!」
「そ……そうなの?」
「はい!」
「こらこら平林君。あんまり褒められると……照れるじゃない」
あのクールで、仕事ができて、自信ありげなタイプの所長が、仕事のことで褒められて照れる?
まさかな。
いやいや、口でそう言ってるだけだろ。
──と思ってチラッと助手席を見たら、所長は本当に、かなり照れくさそうな顔をしている。
頬が真っ赤だ。
ホントにおべんちゃらじゃなくて、心の底から思ったことを言っただけなんだけど。
いつもきりっとして美形の所長も、照れた顔は案外可愛いんだと気づいた。
「あ、平林君。今回はホントに平林君のおかげよ。加賀谷社長とのセッティングは平林君が全部やってくれたんだから」
「あ、いえ。社長とのアポイントが取れたのは、ホントにたまたまのラッキーです」
「ラッキー……そうかな?」
「そうですよ」
「単なるラッキーじゃない……私はそう思うけどね」
「そうですか?」
どういう意味だろ?
まあ確かに俺も一生懸命に、加賀谷社長と会えるようには頑張った。
だけど面会が実現したのは、たまたま蘭さんと凛さんが凄く親切で良い人だったからだよなぁ。
同級生の中島も、親切に加賀谷製作所のことを教えてくれたし。
ウエブアド社の平松部長もそうだけど、たまたま出会う人がみんな凄く良い人で、俺って人に恵まれてる。
これをラッキーと呼ばずして、なんと呼べばいいのか。
「そう言えば平林君。あなた、社長秘書の氷川さんとは、一度会ってるだけよね?」
「はい、そうです」
「ホント?」
「ホントですよ」
──ん?
どういうこと?
「それにしては、やけに親し気だなと思って」
「そうですか?」
「そうよ。平林君は氷川さんのことを凜さんなんて呼んでるし」
──あ、そっか。
さっき電話の時は、ほのかや所長に違和感を感じさせないために、氷川さんって呼んだけど。
ここに来るときに所長には氷川姉妹の話をしたから、まあいいかと思って名前で呼んだ。
「あれは、氷川さん姉妹お二人と同時に会ったから、両方氷川さんじゃややこしいということになったからですよ」
「それはわかるけどね。でもそういう形式的なことだけじゃなくて、氷川さんの平林君への態度も、親しみを感じるわ」
「そうですね。氷川さんってクールで厳しそうに見えて、実は凄く親切で優しい人なんですよ。だからそう見えるんですよ」
「ふぅん……」
「え? なんですか? まさか所長、俺が氷川さんに手を出しているとか思ってるんですか? あんな美人に? 俺が? あはは、相手にされませんよ」
チラリと所長を見ると、腕組みをして、納得いかないような顔で俺を見ている。
「平林君が氷川さんに手を出しているなんて思ってないわ。いえ、そうじゃなくてね。なんていうか……」
──ん?
なんだろ?
そんなマジな顔で、何を言われるのか、ちょっと怖いじゃないか。
「単なるラッキーじゃなくて、平林君って、周りの人に協力しようっていう気にさせるものを持ってるのよねぇ」
「え? そうですか? 別にそんなことはないと思いますけど……」
「そんなことある。平林君はなんにでも……特に自分のことじゃないことでも一生懸命だし、誠実だし」
まあ、それは俺も心掛けていることだし、そう言ってもらえるのは嬉しい。
「それに平林君って、優しい笑顔をしてるでしょ。なんか、協力してあげたいなって気持ちにさせるわけよ、その笑顔が」
「えっ……? そんなことを言われたの、初めてですよ」
「そうなの?」
「はい」
「私の周りって、学生時代からそうなんだけど、学力とか能力とか、そういうもので競い合ってるような人ばっかりだったから、平林君みたいな誠意と熱意と笑顔が素晴らしい人と、近くで接するのほとんどなかったのよ」
神宮寺所長は俺の顔をじっと見つめて、真顔でそう言った。