【49:いざ、加賀谷製作所へ】
加賀谷製作所には既に一度訪問しているので、もう俺にも道順がわかる。
だから今回は俺の運転で行くことにした。
助手席に神宮寺所長が乗り込む。隣に座る所長の長くてすらりと細い脚が目に入って、少しドキッとした。
そう言えば、助手席にこんな綺麗な女性を乗せて車を運転するなんて、生まれて初めてだなぁ……
なんてことを考えてしまった。
──いやいや。
これから大事な商談に向かうのに、そんなことを考えている場合ではない。
俺は加賀谷製作所に移動する車の中で、今回の経緯を説明した。
ほのかが担当の志水物産の氷川さんが、たまたま加賀谷製作所の社長秘書の妹さんだったということ。
妹さんからお姉さんを紹介してもらい、直接会って話をしたこと。そして幸いにも、加賀谷社長に話を通していただけたということ。
──もちろん、氷川姉妹と会った日にルカと偶然会って、映画やお茶したことは言わないけど。
「平林君……たくさんの友達に連絡をしたり、休みの日にまで氷川さんに会ったり……ありがとう。今日の社長面談は、ホントに平林君のおかげね」
「あ、いえ。たまたま運が良かったです」
「ううん。そんなことない。平林君の情熱が実を結んだのよ」
所長は感心したような声で、そう言ってくれた。そして少し気を引き締めたような声に変わる。
「さて……今日はいったい、どういう話になるか……ね」
「そうですね」
凜さんがどこまで加賀谷社長に話してくれたのか、詳しいことまではわからない。
それに加賀谷社長が、どういう主旨で俺たちと会ってくれるつもりなのかもわからない。
「まあとにかくいつもどおり、当社の良さと私たちの熱意をアピールすることにしましょう」
「そうですね。がんばりましょう」
神宮寺所長と二人で加賀谷製作所を訪れると、社長秘書の凛さんが出迎えてくれた。
私服の凜さんも美しかったけど、いかにも秘書と言った感じの黒のスーツ姿も素晴らしい。
青いネックスカーフを首に巻いて黒っぽいブラウスっていうのも、かなりお洒落な感じだ。
モデルのような美女の神宮寺所長でさえも、「綺麗な人ね」と俺の耳元で囁いたくらいだ。
所長と俺は凜さんの案内で、受付から廊下を通って社長室へと通された。
凛さんが重厚な木製ドアを開けると、そこは木目調の壁の部屋だった。部屋の中央には革製ソファに低めのテーブルという応接セット。
さすが千人規模の企業の社長室。
重厚で高級な雰囲気が漂っている。
こんなところに訪問するのは初めてで、緊張する。横に立つ所長も、かなり緊張した面持ちだ。
そして部屋に足を踏み入れ、奥に目をやると、大きなデスクが目に入った。
高い背もたれの革製椅子に座っているのは、60代半ばくらい、太い眉とギロリとした目が迫力の、まさに叩き上げの社長という感じの男性。
──あれが加賀谷社長か。
加賀谷製作所を一代で築き上げた男。
威厳が溢れているし、はっきり言ってちょっと怖ぇ。あのチャラい専務の父親とは思えないな、あはは。
加賀谷社長が、社長用デスクから立ち上がって、近づいてくる。
「はじめまして。リクアドの志水営業所長をしております神宮寺です」
「平林です」
俺たちは少しかしこまって挨拶をした。
「わざわざご足労をかけてすまなかったね。社長の加賀谷です」
加賀谷社長の声は、低くて迫力がある。
俺たちはお互いに名刺交換をして、応援ソファに向かい合って腰掛けた。
「加賀谷社長。この度は大変お忙しい中、貴重なお時間をくださいまして誠にありがとうございます」
少し緊張した声ながら、さすがは神宮寺所長。こんな迫力のある社長を前にしても凛としている。いつもどおり背筋もピンとして、モデルのような美しいスタイルがより際立っている。
「神宮寺さん!」
「はっ、はい!」
突然、加賀谷社長が低い声で所長の名前を呼んだ。急に名前を呼ばれて、さすがの所長も少し声が上ずっている。
「まずはこの度の、ウチの専務の無礼な言動をお詫び申し上げます!」
加賀谷社長がいきなり両膝に手をついて、ガバッと頭を下げたものだから、俺も所長もめちゃくちゃ驚いた。
「えっ? あ、いえ……」
凛さんが加賀谷社長とどんな話をしたのかわからないので、こちらも滅多なことは言えない。所長も曖昧に返事するしかないだろう。
「秘書の氷川から話を聞いて、専務本人や総務課長の鈴木、それと他の社員にも、わたしが自ら色々と聞き取りをしました」
「あ、はい……」
「仕事を餌に食事にお誘いするなんて、恥ずべき行動だ。大変申し訳ない」
加賀谷社長は所長の目をしっかり見て、もう一度深々と頭を下げた。