【48:憧れの先輩を超える人?】
凛太のことをカッコいいと言うルカに、それでもやっぱり『憧れの先輩』の方がカッコいいんでしょ、とほのかが尋ねた。
「さあ……どうでしょうね?」
「えっ……?」
ルカはクールな表情に少しだけフッと笑いを浮かべて、そんな返答をした。
なんだか少しほのかをからかうような、含みのある笑顔。
そして今までのルカからは、考えられない返答。
それを聞いたほのかは、驚きで固まっている。
「え、え、え、え? る、ルカたん……マジ? だって今まで、どんなことを訊いても『憧れの先輩を超える人はいない』って断言してたじゃん!」
「はい、そうですね」
「それって……まさかルカたん。ひらりんのことを、憧れの先輩を超える存在だと思ってるってことぉっ!?」
「いいえ。そんなことは思ってませんよ」
「そ……そうよねぇ。ああ、びっくりした」
ほのかは豊かな胸の上あたりに手のひらを添えて、ほっとしたような顔をする。
ルカは心の中で、『憧れの先輩を超える存在というか、凛太先輩はその憧れの先輩そのものなんですから、超えるも何もないですよ』と呟いた。
そしてほのかのあまりの慌てっぷりがおかしくて、吹き出しそうになるのをグッと堪える。
「ほのか先輩。そんなに驚かなくても」
「だってルカたんが、ひらりんのことを好きなんだとしたら……」
「え?」
「あ、いや、なんでもない、なんでもない」
ほのかは何か失言をしかけたように、急にあたふたとして口をつぐんだ。
頬が赤く染まっている。
ルカが凛太を好きなんだとしたら、びっくりする。
普通に考えて、ほのかの言おうとしたことがこれならば、別に変な失言でもなんでもない。
ほのかじゃなくても、麗華所長であってもびっくりするだろう。
だけどそれを慌てて取り消すと言うことは……
単にびっくりする、ということではなくて、なにか別の言葉がほのかの頭の中にあったのだろうかと、ルカは考えた。
例えば──
『だってルカたんがひらりんのことを好きだとしたら、私と恋敵になる』とか?
あくまで想像だし、ほのかの本心はわからない。
けれどもその可能性もあると、ルカは思った。
「あ、ところでほのか先輩。情報ゲットです」
「ジョー・ホーゲット? 誰それ? アメリカの俳優かなにか?」
「えっ……? いえ、あの……そうではなくて、凛太先輩の情報をゲットしました」
「はっ? あ、あっそう…… ジョー・ホーゲットじゃなくて、情報ゲットね。あはは」
相変わらずほのか先輩はトリッキーな反応をするなぁ……とルカは苦笑いを浮かべる。
「そうです。凛太先輩に彼女がいるかどうかという情報をゲットしました」
「ええっ、嘘っ!?」
「嘘じゃありません」
「ま、マジ……?」
「はい、マジです」
「もう、聞き出せたのっ!?」
「はい。たまたま凛太先輩と、そんな話になる流れがありまして」
「ふ……ふぅーん……やるじゃん、ルカたん」
なぜかほのかは口を尖らせて涼しい表情を無理やり作っている。
まるで、あたしはあんまり興味がないけどねぇ~、とでも言わんばかりに。
でも小豆色の瞳がゆらゆらと揺れていて、明らかに動揺しているのが見え見えだ。
しかも尖らせた唇の先から、ヒューヒューと音にならないような息の音が聞こえるから、きっとほのかはさりげないフリをするために、口笛を吹いているのだろう。
まったく口笛にはなってはいないけど。
そんなほのかのわざとらしい態度が、ルカはおかしくて仕方がない。
またもや吹き出しそうになるのをぐっとこらえるルカ。
そして少し意地悪な口調になってしまう。
「聞きたいですか、ほのか先輩?」
「べ、別にぃ……」
「あ、聞きたくないんですね」
「そ、そうだね」
「へぇ……」
「あ、別に聞きたいわけじゃないけどね。全然興味はないけど……前にも言ったように、同じ営業所の同期のことだから、色々知っとくべきだからね。聞いとくよ」
「ほのか先輩」
「えっ、なに?」
「その、いかにも聞いてあげるよ、という感じだと、私も言う気がなくなります」
ほのかがホントは聞きたいのが見え見えなのに、誤魔化せていると信じ込んでいる態度がおかし過ぎて、ルカもついついほのかをからかってしまう。
「へっ? あ、いや……ご、ごめんねルカたん。先輩だからって、ついつい偉そうに言っちゃったねぇ……あはは」
「聞きたいですか?」
「あ、いや……だから、別に……」
「聞きたいですか?」
「そんなことは……」
「聞きたいですか?」
「はい、聞きたいです……」
とうとう負けを認めたほのかは、目を閉じてこくんとうなずいた。
ルカは今まで我慢していた笑いをとうとうこらえきれなくなって、プッと吹き出した。
「な、なに、ルカたん? 笑って感じ悪いよぉ~」
ほのかは拗ねたように口を尖らせる。
でも本気でルカに文句を言っている感じではなくて、明らかな照れ隠し。
美女のほのかが見せるそんな照れ隠しの表情は、ルカから見ても可愛く見えた。
「笑ってすみません、ほのか先輩。さすが美人のほのか先輩のそんな表情は、とても可愛いと思いまして」
「あ、さすがルカたん。わかってるじゃん。じゃあ笑ったことは許す」
ほのかの拗ねた顔が、もう笑顔。
つられてルカも笑顔になる。
「ありがとうございます。……で、凛太先輩の話ですけど、彼女はいないそうです」
「ふぅーん……そうなんだ。やっぱりね」
「やっぱり……って?」
「あ、いや、別に。彼女はいないんだね、ってだけのこと。それ以上でも以下でもない」
「あれ? ほのか先輩、なんだか嬉しそうな顔をしてません?」
「いやいや、それはないから! いくらルカたんでも、そんな冗談はやめてちょ!」
ほのかは本気で怒っているような顔をしたが、本当に本気なのかどうか。
そもそも本気で怒っているなら、『やめてちょ』なんて言わないだろうとルカは思う。
ほのかが本気で凛太のことを好きなのかどうか、今の時点ではまだルカにもわからない。
しかし、もしほのかが凛太を好きになっているとしたら──
ルカは不思議と、嫌な気持ちにはならなかった。
自分が好きなアイドルを、他の人も認めてくれたような嬉しさ。
そんな気持ちにルカはなっていた。