【44:ホントにごめん、ルカ。わざとじゃないんだ】
俺がポップコーンを掴もうとしたら、先にポップコーンに伸ばされていたルカの手を握ってしまった。
──ヤバいっ!
俺は慌てて視線を上げて、ルカの顔を見た。
するとルカは口あんぐりと開けたまま、声を発することもなく、綺麗な二重の目を見開いて……緊張した面持ちでジッと俺を見つめている。
俺はさっと手を引いて、ルカに詫びた。
「あっ、ゴメン!」
「あ、いえ……」
思わず俺が声を出すと、左右のカップルの男にジロっと睨まれた。会釈してお詫びをする。
ルカは固まって俺を見つめたまま。
こりゃマズい。
完全にセクハラ野郎だと、軽蔑されているに違いない。
うわっ、どうしよう?
と、とにかくもう一度謝ろう。
大きな声を出すわけにはいかないから、俺はルカの耳元に口を近づけた。
「ホントにごめん、ルカ。わざとじゃないんだ。ポップコーンをつかもうとして……」
「ひゃん……」
耳元で囁いた俺の息がかかってくすぐったいのか、ルカはピクンと肩をすくめた。
うわっ……
さらにマズいことになってしまった。
手を握ったのは不可抗力として認めてもらえるだろうけど、耳元で囁くなんて……
焦っていたとは言え、とんでもないセクハラ行為と言われても仕方ないことをしてしまった。
これは……
映画が終わったら、土下座して謝ろう。
そう思いながら、俺はルカに何度も何度も頭を下げた。
ルカはそんな俺を見て、顔を引きつらせながらも、口パクで『大丈夫ですよ』と言ってくれた。
***
「いや、ホントごめん!」
映画が終わってロビーに出てから、俺は両手を顔の前で合わせて、腰を90度以上曲げて大きく頭を下げた。
「いえ、大丈夫ですから、頭を上げてください」
そう言われて頭を上げると、ルカはニコリと笑ってくれていた。俺が先輩だから、気を遣ってくれているのだろう。
「ホントに悪気はなかったんだけど、手を握られたり、挙げ句の果てには耳に息を吹きかけたりして、気持ち悪かっただろ?」
「あ、いえ……気持ち良かったです」
「えっ……?」
「えっ……?」
ルカの言葉に俺が絶句したら、ルカもきょとんとして絶句した。思わず二人で見つめ合って、変な空気が流れる。そしてルカの顔がみるみる赤くなって、視線がキョトキョトと揺れ動いた。
「あ、いえ、ももも、もちろん冗談ですよ」
「あ……そ、そうだな。冗談だな。あはは」
「あはは……」
さすがにルカは恥ずかしそうに苦笑いしている。耳まで真っ赤だ。
かなり恥ずかしいだろうに、こんな冗談まで言って、俺の罪悪感を軽くしようなんて、ルカってヤツは……
「ありがとうな、ルカ。このお詫びをしたいんだけど……」
「お詫び……ですか?」
「うん。手を握ってしまったのと、耳元で囁いてしまったお詫び」
「り、凛太先輩……思い出すと恥ずかしくなるから、何度も言わないでくださいよ……」
「そ、そうか……」
しまった。またルカに恥ずかしい思いをさせてしまった。
俺も動揺していて、ついつい言わなくてもいいことを言ってしまった。
だけどルカのヤツ。
なんだか少しニヘラ笑いをしているようにも見える。よっぽど照れ臭いのだろう。
「お詫びにさ。スイーツでも奢るよ。なにか食べたいものはあるか?」
「す……スイーツですか?」
「うん。どう?」
「大好きです!」
「えっ……?」
「はい。甘いもの、大好きです」
ルカが俺の目を見つめて、キラキラした瞳で『大好き』なんて言うものだから、一瞬俺のことが大好きなのかと勘違いしかけた。
ヤバいヤバい。
とんでもない勘違い男になるところだった。
でも……
ルカみたいな美少女に面と向かって『大好き』なんてセリフを言われると、それが例えスイーツのことだとわかっていても、ドキドキするものだと初めて知った。
──あ、それは俺が女の子に耐性がないからなのか?
「どこか行きたい店はある?」
「はい。このモールの中にある、フルーツタルトのお店に行きたいです」
「フルーツタルト?」
そんなもの、俺は食ったことがない。
「はい。もの凄く人気の店なんですよ」
「そっか。旨そうだな。行こう」
「はい」
ルカは本当に嬉しそうに、ニコリと笑った。
***
その店に入ると、ショーケースのような冷蔵庫に、色とりどりのフルーツタルトが並んでいた。
まるで宝石店のように煌びやかで、見ているだけでもワクワクする感じ。店内は女性のグループかカップルばかりで、男だけの客は皆無だ。
なるほど。
今まで来たことはなかったけど、こういうお店が女性には人気なのか。
俺とルカは並んで、ショーケースを覗き込んだが、俺にはどれがいいのかよくわからない。
「うーん……あれも美味しそうだし、これもいいなぁ……」
ふと横を見ると、人差し指を唇に押し当てて、目をキラキラと輝かせたルカが、キョロキョロとショーケース内を見回している。
いつもはクールな感じをめったに崩さないルカだけど、こんなに子供っぽい仕草をするんだと驚いた。
クールな美人が見せるこんな姿は、なかなか……いや、かなり可愛い。
「コレとアレ……どっちも捨てがたいなぁ……うーん、迷っちゃうぅぅ」
どうやらルカはお困りのようだ。こんな姿も微笑ましくて、思わず俺も笑みがこぼれる。
「なぁルカ。なんなら両方注文すれば? 一つは俺の分として」
「えっ……? い、いいのですか?」
「ああ。俺は特にどれにしたいってないから、ルカの欲しいものを2つ頼めばいいよ。後で分け合おう」
俺の言葉に、ルカの表情はパァーッと明るくなった。そして店員さんに、嬉しそうにその2種類のフルーツタルトを注文している。
俺とルカは他に紅茶を注文した。そして商品を載せたトレイを俺が持って、二人がけの席に座る。
テーブルの上に置かれた2種類のフルーツタルト。それを眺めながら、ルカは幸せそうな笑顔を浮かべている。
あまりに微笑ましくて、俺は思わず、ふふふと声に出して笑ってしまった。
「えっ? ど、どうしたんですか、凛太先輩?」
「あ、いや。……幸せそうだなぁ、って思ってね」
「あ、はい。幸せです」
ルカは目を細めてうなずいた。