【43:キャラメルポップコーンの甘〜い香り】
シネコンに入ると、キャラメルポップコーンの甘〜い香りが鼻に届いた。
さっき昼食をとったばかりで満腹なのだけれども、やっぱり映画と言えばポップコーン。しかも俺は甘い物好き。そう思うと、無性に食いたくなる。
──と思って、横に立つルカを見た。
「なあルカ」
「はっ……はいっ! なな、なんでしょうっ!?」
──ん?
どうしたんだろ?
ルカのやつ、なんだかえらく緊張しているようだが?
瞳がまだうるんでいるように見えるし、頬も赤い。
後ろ手に組んで、身体も所在なげに左右に揺らしているし。
おかげで可愛い花柄のフレアミニスカートがゆらゆらと揺れている。
ん~……ちょっとした興奮状態みたいにも見えるな。
「ポップコーン……食べたいと思わない?」
「は、ハイっ。た、食べたいです」
「どうしたんだ?」
「な、何がですか?」
「いや……体調でも悪いのか?」
「いえっ……体調は、いつもよりも至って良好でございます……」
いや……いつも冷静でクールなルカが。
ほのかのトリッキーな言動にすら、冷静に対処しているルカが……
今は話し方もおかしいし、明らかにキョドってるよな?
「あ、いえ……ちょっと緊張してまして……」
「緊張? なんで?」
「そ、それは……」
「それは……?」
ルカは真っ赤な顔を俺に向けて、じっと俺を見つめたまま、何か思い切りをつけるように大きく息を吸い込んだ。
「そ……それはもちろん……り、り、りん……あ、いえ。り、理由はもちろん、『突撃の魔人・劇場版』をようやく観れるからであります!」
ルカのやつ、なぜか軍隊みたいな口調になっている。
これは『突撃の魔人』の主人公が人類を救う兵士だから、そういう気分になっているんだろうか。
そういうことってあるよなぁ。
しかしまあ、『突撃の魔人』をようやく観れるから嬉しさで緊張していると言えば、それは俺もおんなじだ。
「なるほど。それは俺もおんなじだ」
「は、はいっ……」
「じゃあ、とにかくチケットを買おう。それからポップコーンな」
「は、はい。そうですね」
ルカは大きく息を吐いて、ようやく少し緊張から解き放たれたような顔をした。
俺たちはチケットカウンターで鑑賞券を買い、それからポップコーンとドリンクを買って、劇場の中に入った。
劇場内を見渡すと、結構席が埋まっている。さすが人気作品だ。席に空きがあって良かった。
手にしたチケット番号の席を探すと、ぽかっと空いた2席が見つかった。
あの席だな。
その席に近づくと、俺たちの座席は、両側を若いカップルに挟まれた席だった。
俺たちの横は……いわゆるリア充と呼ばれる人たちだ。
ちょっと羨ま……
いやいや。他人を羨ましがるなんて、俺らしくない。
俺は自分ができることを、ただただ一生懸命やるだけだ。
そうすれば、いつの日か俺のことを好きになってくれる女性も現れる……可能性もゼロではないはずなのだから。
とは言うものの、やはりカップルに挟まれた席なんて、ちょっと緊張する。
「あ、前、スミマセン」
俺は右手にポップコーン、左手にドリンクを持っているから、こぼさないように気をつけながら、手前のカップルに声を掛けて自分たちの席に向かう。
後ろからはルカも「スミマセン」とカップルに断りながらついてきている。
ようやく席にたどり着いて、腰を下ろした。
「ポップコーンはここに置いとくよ。好きに食べてくれていいから」
「あ、はい。ありがとうございます」
ルカと俺の座席の間にある幅広の肘掛けに、ドリンクなどを立てるポケットが付いている。
俺はそこにポップコーンのカップを挿した。
LLサイズを買ったから、二人で思う存分ポップコーンを食える。
ホッと落ち着いて左右を見ると、カップルの姿が目に入った。二組とも、男女が仲良さげに身体を寄せ合っている。
──これはちょっと目の毒だな。
いや、そんなことよりも。
いよいよ『突撃の魔人・劇場版』観られると思うと、ちょっと緊張してきた……
ルカを見ると、俺と同じように左右をキョロキョロと何度も見ながら、固い顔をしている。
ルカも映画が楽しみ過ぎて、緊張しているのだろうか。
「なあルカ。緊張するよなぁ」
「は、はい。ききき、緊張しまくりです。りりり、凛太先輩も……ですか?」
「ああ。俺もだ」
「そ……そうなんですね……」
そう言いながら、ルカは頑張って笑顔を作ろうとしているけど、その笑顔は引きつっている。
心なしか頬もピンク色に染まっているように見える。
でもまあ、しかし。
俺もそうだけど、映画が始まるとすぐに作品世界に引き込まれて、緊張は落ち着くだろう。
そんなことを考えていたら、劇場内の照明が落ちて映画が始まった。そして俺はさっき予想したとおり、あっという間に映画の世界に引き込まれていった。
それにしてもこのアニメ映画は、緊張の連続だ。
映画を観始めると緊張が落ち着くなんて考えた俺が甘かった。
圧倒的に不利な主人公たちが、巨大な魔人に挑む。
その戦闘シーンは手に汗握る展開で、突然魔人に襲われたりもするから、ずっと緊張感がみなぎっている。
俺はスクリーンから目が離せないまま、横のひじ掛けに手を伸ばし、ポップコーンを手のひらでひと握り掴んで、口に頬張った。
キャラメル味の甘さが、緊張を少しはほぐしてくれる。
そしてまたしばらくして、ポップコーンのカップに手を伸ばす。
さっきと同じく、手のひらを広げて、カップのポップコーンを掴む。
──ぐに。
ん?
なんだこれ?
軽くてカサカサした手触りのはずのポップコーンが、温かくて柔らかいものになっている。
ふと手元に目をやると、そこには人の手があった。
それは、俺よりも先にポップコーンに伸ばしていたであろう、ルカの握りこぶし。
それを俺は、上からしっかりと握りしめてしまっていた。
なぜかルカは手を引くこともなく、俺に手を握られたままになっている。
──ヤバいっ!
俺は慌てて視線を上げて、ルカの顔を見た。
するとルカは口あんぐりと開けたまま、声を発することもなく、綺麗な二重の目を見開いて……緊張した面持ちでジッと俺を見つめていた。