【31:彼女がいるかどうかなんて興味がない】
ルカが「凛太先輩に彼女がいるか訊けたとしても、ほのか先輩には教えませんからね」と言うと、ほのかはぽかんと口を開けて、絶叫した。
「ええーっっっ!? な、なんでぇーっっっ!?」
「なんでって……ほのか先輩は、凛太先輩に彼女がいるかどうかなんて興味がないって言ったじゃないですか」
「あ……そ、そうだよ。そうなんだけど……」
「そうなんだけど……なんですか?」
ルカは酔って赤らんだ顔で、ニヤリと意地悪そうな笑いを浮かべる。
いつも真面目でクールなルカからしたら、普段は見せない小悪魔のような顔だ。
「べ、別に興味はないけど……同じ営業所の同期のことだから、色々知っとくべきだからよ」
「むぅぅ……どこかで聞いたようなセリフですね」
「そっかなぁ?」
ルカもさっき自分が言い訳のように吐いたセリフを、そのまま使われたものだから言い返せない。
「わかりました。凛太先輩に訊けたら、ちゃんとほのか先輩にも教えますよ」
「そだね。うん、そうしてちょ」
何気ない顔でまたツマミを頬張るほのかの顔を、ルカはしばらくジッと見ていた。
そしておもむろに口を開く。
「ところでほのか先輩は、なぜイケメン以外は男じゃないなんて言ってたのですか?」
酔いもあるのだろう。いきなりストレートな質問を投げ込むルカ。
以前からほのかが言ってた謎理論の根拠を、ルカは一度訊いてみたいと思っていたのである。
しかも最近赴任してきた凛太に対し、ほのかは初対面で『イケメンではなかった』と言って、最初は不愛想だった。しかしその後、ほのかの態度が変わってきている。
ルカにとっては凛太はまあまあイケてると思っているので、実際に凛太がイケメンじゃないのかどうか、一旦は横に置くとして。
もしかしたら謎の『ほのか理論』を撤回したのかと、ルカは疑問に思って、余計にその根拠を聞きたい気持ちになっていた。
「まあ、イケメン以外は男じゃないってのは、ちょっと大げさに言ってるんだけどねぇ」
酔いのせいだろうか。
ほのかはいつもよりも、なんだかしみじとした感じで答えた。
「そうなんですか? てっきり本気で言ってるかと思ってました」
「え? 本気で言ってるなら、頭がおかしい女じゃん?」
はい、おかしい人かと思ってました。
──というツッコミは、ルカは心の中にしまっておく。
「ひとつはさ……あたしがちっちゃい頃から、ウチのママがずっと、男はイケメンに限るって言ってたんだ」
「そ……そうなんですか?」
「うん。ウチのパパは結構イケメンなんだ。そして優しくていいお父さん」
「なるほど……ファザコンもあるのですね」
「こらこらルカたん。先輩にいきなりファザコンなんて言わないでよ。……まあ否定はしないけど」
お母さんにずっと、そう洗脳されてきた。
そして素敵なお父さんがイケメン。
なるほど、それはわからなくはない。
でも、だからと言って、イケメン以外を否定するかのように言うのはいかがなものか。
ルカはそう疑問に思う。
「それとね……ちょっとトラウマがあって……」
「トラウマ……? なんですか?」
「あたし、中学と高校の時に、ストーカー被害に3回会ってるんだ。全部別の男にね。でも全部おんなじようなパターン。付き合って欲しいって告られて、断った。そしたらそれから、後をつけられたり、隠れて写真を撮られたり」
「そ……そんなことがあったんですね」
今までそんな話はルカも聞いたことがなかった。
ほのかはそんな過去があったことは隠して、普段は明るく振る舞っていたのだとルカは今気づいた。
「それが3回とも、見た目がちょっと気持ち悪い男だったんだ。だからさ。それからあたし、周りの友達にイケメン以外は絶対に付き合わないって言ったんだよね。ママの言うことは正しかったって思ってね。まああの頃は若かったし、バカだったからね……今でもバカだけど」
そんな自虐を言われても、ルカは「そうですね」とも「違いますよ」とも言えなくて、ただ黙ってほのかの言葉の続きを待つ。
「そしたら学校で、小酒井はイケメン以外は相手にしないって噂になってさ。それからは、そんなストーカー被害は無くなった。それから何人かの男と付き合ったけど、みんなイケメンだったんだ」
ルカは、初めて聞くほのかのそんな話を、呆然とした表情で聞いていた。
「あのさ、ルカたん。言いたいことはわかるよ。ストーカー被害が無くなったのはたまたまかもしれないし、イケメンにも嫌なヤツはいるし、そうじゃない男子にも良い人はいるんだってことはね。だけど高校当時は、それでホッとしたのも確かなんだ」
「そうですね、わかります。でもどうして今でも、イケメン以外は相手にしないようなことを言うんですか?」
「頭ではわかってるんだけどね……イケメン君は安心できるんだけど、そうじゃない男子と親しくしようとすると、昔のことがフラッシュバックするって言うか……心が不安になっちゃうんだ……だから緊張して、ついつい不愛想になっちゃう」
ルカは「あ……」と呟いた。
ほのかが心にそんな傷を抱えていたのかと、ルカは今初めて気づいた。
ほのかが言う『イケメンじゃない男性』に対して不愛想だったのは、心が不安になるからだったのだ。
「そしてできるだけ、そういう男性を遠ざけようとしちゃうんだ。失礼な話だってのはわかってるんだけどね……おかしいよね、あたし……あはは」
「そうだったんですね。単なる選り好みじゃなかったんですね」
「うん。でもね。さすがに男性に直接、イケメン以外は相手にしないなんて言うのは失礼だってわかってるから、女子にしか言ってないよ。まあ高校の時みたいに、あわよくば男性にもそれが伝わって、イケメンじゃない男性からのアプローチを避けることができればって気持ちはあるけど」
いつも能天気で、悩みなんてないように見えるほのかだけど、そんな悩みを抱えていたのだと、ルカはようやく知った。
──でも……だとすると、ほのか先輩は凛太先輩のことは、どう思っているのだろうか?
そんな疑問がルカの頭に浮かぶ。
「ほのか先輩。先輩は今は、凛太先輩と普通に接してますよね?」
「え……? あ、ああ……まあね。あれを普通って言うのかどうかはわからないけど……」
「……ということは、今のほのか先輩は、凛太先輩のことを、イケメンだと思ってるってことですか?」
「へっ……? あ、いや……それはない!」
なんでそこは、自信満々に即答するのか?
ルカはちょっとムッとした。
少なくともルカにとっては、凛太の優しい顔つきは、イケてると思っているからだ。
「じゃあ、なんで凛太先輩とは、不安にならずに接することができるんですか?」
「ん~……なんでだろね?」
ほのかはこくんと小首を傾げた。
誤魔化す感じではなく、本当に自分でもよくわかっていないようだ。
「うーん……」
ほのかはテーブルに視線を落として、考え込んだ。