【28:ウエブアド社・人事部のエース社員、相原さん】
「もぉ、部長っ! そんなことを言わないでくださいよ!」
「すまんすまん、相原君! ついついホントのことを言っちゃったよ、あっはっは」
人事部長と一緒に挨拶に来てくれたウエブアド社・人事部のエース社員、相原 芽依さん。
明るい茶色のショートヘアで、スタイルが良く背が高いスーツ姿。
整った眉の端を下げて、困った顔で文句を言う相原さんは、少しハーフっぽくて彫りの深い相変わらずの美人だ。
そして頭を掻きながら豪快に笑う平松部長。
そんな二人の様子を見て後ろからほのかが、ちょっと震えるようなひそひそ声で話しかけてきた。
「ひらりん……あれ……だれ?」
「ああ、前に言ってた、ウエブアド社人事部のエース社員、相原さんだよ。俺たちと同い年なんだ」
「ひらりんに会いたがってたって、どゆこと?」
「知らないよ。平松部長の冗談だろ」
「あ、じょ……冗談ね……そ、そうよね……あはは」
あははってなんだ?
ああ、そうか。部長の冗談だと聞いたから、冗談なら笑わなきゃと思ったのか。
ほのかって律儀なヤツだな。
でもこんなひそひそ声で笑ったって、部長には聞こえてないんだから、平松部長は自分の冗談が受けたって気づいてないぞ。
そうだ。平松部長に、今の冗談受けましたよって伝えようか。
冗談好きな平松部長のことだ。きっと喜ぶぞ。
「あの、平松部長……」
「ああ、そうだな平林君! 我々ばかりで盛り上がっててすまん。そちらの美しい女性を私たちに紹介してくれないか?」
平松部長に、そろそろ冗談は置いといて、って言おうとしたら、先を越された。
そうだ。ほのかを部長と相原さんに紹介しないとな。
「平松部長。相原さん。こちらがこの志水営業所で御社の担当をしている、小酒井です」
「はじめまして、小酒井ほのかです。いつも御社にはおせわになりまして、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
さすがはほのかも営業ウーマンだ。
こういった場面ではいつものトリッキーな言動は封印して、キッチリと挨拶をして、名刺交換をしている。
──って言うか、いつも以上にキリッとした顔を作ってないか?
ちょっと不自然なくらいだよ、ほのか。
あ、そうか。平松部長に美しい女性だなんて呼ばれたもんだから、よりいい顔を見せようとしてるのかも。
しかしほのかは、相原さんと名刺交換をした後、一瞬相原さんの顔をキッと睨んだように見えた。
ん? なぜだ……?
──と疑問に思ったが、きっと俺の見間違いだと思い直した。
ほのかが相原さんを睨む理由なんてないしな。
「どうぞおかけください」
俺は平松部長と相原さんに、応接テーブルの席を指し示した。
そして部長の向かい側の椅子に、俺と、その横にほのかも座る。
相原さんは背筋をピンと伸ばして、以前と変わらず美しい姿勢で腰掛けている。
この人は顔やスタイルだけでなく、動作、所作からしてホントに美しい。
平松部長がほのかと俺に向かって、今日の田中さんとの面談について話してくれた。
「彼女は仕事の基礎能力も高いし、やる気もある。ホントにいい人材を紹介してくれてありがとう、小酒井さん」
「い、いえ。どういたしまして。こちらこそご採用いただき、あ、ありがとうございます」
ほのかは嬉しそうな笑顔なんだけど、ちょっと表情が固いな。
人事部長との話で、緊張しているようだ。
「ただ田中さんはちょっと気が弱くて、自信がないところがあるみたいだ。入社後のフォローはしっかりやるように、こちらの支店の人事担当者にも言っておいたよ」
「ありがとうございます平松部長」
俺はお礼をいったものの、そう言えば……と思いだした。
ほのかが、ウエブアド社の志水支店の人事担当者は頼りないって言ってたっけ。
本当に大丈夫だろうか?
そんなことを考えている時に、応接室のドアが開いて、4人分のお茶をお盆に載せたルカが入ってきた。
「ありがとう愛堂さん」
俺のお礼にルカは軽く会釈した後、平松部長と相原さんの前にお茶を置いた。
平松部長は笑顔でルカに「ありがとう」と言った後、話を続ける。
「まあこっちの人事担当者はちょっと頼りないんだけどね。入社後は配属部門の長に面倒を見させるし、何かあればこの相原君がいつでもフォローにこちらに来てくれるそうだから、安心してくれたまえ小酒井さん、平林君」
あ、平松部長もそれは認識してるのか。
ありがたい話だ。
「それは心強いですね。ありがたいです。でもわざわざ東京からここまで来るのは、相原さんも大変です。困ったことが何も起きないことを祈ります」
俺が相原さんにチラと視線を向けてから部長にそう言うと、平松部長はニヤリと笑った。
「まあ何も困ったことがなくても、相原君はここに来たがるかもしれんけどな」
「えっ……? なぜですか?」
「そりゃあ君、平林君がいるからだろ。なあ、相原君」
ちょうどその時、ルカが俺の前にお茶を置いてくれた。
しかしテーブルに茶たくを置くときに、茶たくがテーブルにぶつかってガツンと音が鳴った。
ルカは「申し訳ございません」と平松部長の方に向かって頭を下げる。
ルカがこんなミスをするなんて珍しい。
やっぱり人事部長という偉いさん相手だから、緊張してるんだろうな。
「だから部長! そういうことは言わないでくださいって申し上げましたでしょ。平林さんがお困りですから!」
相原さんが、俺がいるからここに来たがるなんて、ありえねー!
──と、平松部長のボケに、心の中でツッコんでおいた。
相原さんは、ちょっと困った顔をしている。頬が赤らんでいるじゃないか。
平松部長がさっきから冗談のネタに相原さんを使ってばかりいるから、きっと相原さんは恥ずかしがっているのだろう。
こんなに美人な人だから、冗談のネタとしていじられることに、慣れていないに違いない。
部長が俺やほのかを和ませようとしてくれる気持ちはありがたいけど、あんまり何度も冗談のネタに使うと、相原さんがかわいそうだ。
「平松部長。そこまでして転職者のフォローをしていただけるなんて、人材紹介した私たちも安心できます。ありがとうございます」
「いやいや、平林君。君にはホントに世話になってるからな。これくらいお安い御用だよ」
「いえいえ。別にそこまでのことはしてませんよ」
俺と平松部長のやり取りを横で見ていたほのかが、「あのぉ……」と口を挟んだ。