【27:ウエブアド社の人事部長とエース級社員現る】
その日の夜。自宅マンションに帰って、俺は加賀谷製作所をどう攻略するか、考えを巡らした。
そこでふと、東京勤務の時によく営業部長から言われたことを思い出した。
『いいかい、平林君。営業相手の攻略を考える時は、できるだけ相手をよく知ることだよ。だからどうしたら、相手をより知れるのかを考えなさい』
そうだ。加賀谷製作所はここ志水市の有力企業。そして幸いにして、俺は地元高校の出身だ。
もしかしたら誰か知り合いが、加賀谷製作所に勤めているかもしれない。ソイツから直接話を聞ければ、何かヒントになるようなことがあるかも。
そしてあわよくば、社長に会えるようにセッティングしてもらえるかもしれない。
そう思いついて、俺は早速中学、高校時代にそこそこ仲の良かった友人に電話やラインで連絡を取ってみた。
2、30人に連絡をしただろうか。
しかし帰ってきた答えは、「知らない」「わからない」「遠い親戚なら勤めてる人がいるけど、会社の詳しいことなんて聞けない」といったものばかりだった。
「うーん……なかなか行き当たらないなぁ……まあ、でもそんなもんか。諦めずに続けよう」
そう考えて、また明日以降も高校や中学時代の友人達に連絡を取り続けることにした。
◆◇◆◇◆
ほのかとともに、成約アップ作戦の実行、つまりなかなか人材が確保できない会社へヒアリングのための訪問活動を始めて3日目。水曜日のことだった。
この日も俺は企業回りをして、終業時間の間際にオフィスに戻った。
扉を開けて事務所に入ると、ルカはパソコンに向かって熱心に資料作りをしていた。ほのかは誰かと電話をしている。
「あ、はい! わかりました! ホントに良かったです! がんばってくださいね!」
そう言って電話を切ったほのかは、満面の笑みだ。
元々大きな二重の目を細めて、ニコニコしている。
いいことがあったみたいだな。
「あっ、ひらりぃーん、おかえりぃ~!」
声の感じまで跳ねるようでご機嫌。
ウキウキした感じで跳ねるような動作をするもんだから、栗色の髪までふわふわ跳ねてる。
よっぽどいいことがあったんだな。
「ああ、ただいま。どうしたんだ?」
「ほらっ! あれよ、あれっ!」
「……あれ?」
あれ、ではわけがわからん。
なんのこと?
「ほら。この前ひらりんに同席してもらった、ウエブアド社の内定辞退したいって言ってた田中さん。彼女から電話があってね」
「ああ、そっか。そう言えば……ウエブアド本社のエース級人事社員と、人事部長がこっちに来て面談してくれるのって、今日だったな」
「うん、そうそう。それで今日、話をした結果ね。田中さんは納得して、ウエブアドに入社することを決めましたーって、電話をくれたんだ!」
ほのかはウィンクしながら、右手の親指を突き立てた。いいねマークみたいな手つき。
「そっかぁ! よかったな、ほのか!」
「うん! ありがとーひらりん!」
「ほのか先輩、よかったですね!」
ルカも思わず椅子から立ち上がって、胸の前で両手を合わせて嬉しそうな声を上げた。
いつも冷静なルカが、声も表情もちょっと興奮気味だ。
それにしても本当によかった!
その時ルカの席の電話が鳴った。
オフィスの受付から来訪者がかけてくる内線電話の呼び出し音だ。
今は多くの企業で受付には人がおらず、受付用の電話機が置いてある。
訪問者はその電話機から内線で『受付』用の番号を押す。
すると事務所内の受付担当者の電話機が鳴って、来訪者と話をする仕組みになっている。
「は、リクアド受付です。……はい……あっ、いつもお世話になっております。はい……少々お待ちください」
ルカが電話を保留して、俺の顔を見た。
「ウエブアド社の人事部長さんが来られました。アポイントなしで申し訳ありませんが平林さんにご挨拶って……」
えっ?
人事部長が来たっ!?
なんとっ!?
突然のことで俺は驚いた。
「了解。あ……ルカ。人事部長を応接室にご案内して」
「はい、わかりました」
「ほのか。紹介するから同席してよ」
「あっ、うん……じ、人事部長よね……ウエブアド本社の……」
ほのかは急に焦った顔になって、なんだかおたおたしている。
「そうだよ。今回世話になったんだから、一緒にお礼を言おう。それにほのかも人事部長とつながりを持っておいたら、今後はなにかとやりやすいだろうし」
「そそそ、そうね。わわわ、わかった……」
突然人事部長に会うことになって、ほのかは動揺しているみたいだ。
顔をふるふると左右に振るもんだから、ゆるふわの髪と……そして大きな胸が揺れている。
ほのかってやたらと偉そうにしたりするくせに、こうやって子供みたいにおろおろすることもあって、なかなか面白いヤツだ。
俺とほのかは一緒に、人事部長が待つ応接室へと向かった。
「失礼します!」
「おおぉーっ、平林君! 久しぶりだなっ!!」
ウエブアド社の人事部長、平松部長が俺の顔を見るなり、満面の笑みで両手を大きく広げた。
平松部長は50歳くらいの、とてもダンディで気さくな人だ。
俺との再会をホントに喜んでくれているのが伝わってきて嬉しい。
「お久しぶりです、平松部長!」
「今回も平林君には本当に世話になったよ。ありがとう、ありがとう!」
「いえ、こちらこそ、田中さんのフォローをありがとうございました。最初にお電話をした時には、まさか部長自ら来ていただけるとは思っていませんでした」
「何を言ってるんだよ平林君。私たちは平松平林のひらひらコンビじゃないか!」
──いや。そんなコンビを結成した覚えは微塵もないけど。
真顔で言ってるけど、相変わらず冗談が好きな部長だな。
……と思ったら、やっぱり平松部長はニヤッと笑った。
「あはは、冗談だよ、平林君。久しぶりに君の顔を見たかっただけだ」
「ありがとうございます。私も平松部長に久しぶりにお会いできて嬉しいです」
「まあ君に会いたがってたって言えば、私なんかよりもこの相原君なんだけどな! あっはっは!」
そう言って平松部長は、横に立っている明るい茶色のショートヘアで、背が高いスーツ姿の女性に目を向けた。少しハーフっぽい彫りの深い美人だ。
いかにも仕事ができそうで、小顔の美人で、だけれども優しそうな表情の女性。
そして相変わらずスタイルが良くて、短めのスーツスカートから伸びる脚がとても綺麗だ。
「もぉ、部長っ! そんなことを言わないでくださいよ!」
彼女はちょっと拗ねたような顔つきで平松部長を睨む。
「すまんすまん、相原君! ついついホントのことを言っちゃったよ、あっはっは」
それは俺が面談フォローをお願いした、ウエブアド社・人事部のエース社員、相原 芽依さん、その人なのだった。




