【15:ほのかはなぜだか、あわあわしてる】
「そっか。じゃ、俺たちはベストパートナーということで」
ちょっと冗談のつもりもあって、そう言った。そしたらなぜか小酒井さんは、突然あわあわし始めた。栗色のゆるふわヘアを揺らしながら、小豆色の瞳がゆらゆらと揺れている。
「平林君は、べべべ、ベストパートナーということにしたいわけね。あははー いきなり私に惚れられても困るんだけどぉ」
「はっ?」
なんの話だよ?
なに言ってんだコイツ?
惚れるってなんだよ?
氷川さんも、仲間としてだって言ってたじゃないか。
「そそそそ、そうね。ひら、ひら……平林君がどうしてもって言うなら、私とベストパートナーってことにしといてあげてもいいんだけど」
なんかよくわからんけど。
いきなり上から目線になってるし。
でもあわあわしてる小酒井さんが面白くて、話に乗ってみることにした。
「ああ。じゃあ、どうしても、ってことで。ひとつよろしく」
「そ、そうなんだね。ひら、ひら……ひらりんがそう言うなら、そうしといてあげる」
「うん」
ん……?
ひらりん?
まあ、俺の名前は今までだって、多くの友達にひらりんと呼ばれてきた。きっと呼びやすいんだろな。
小酒井さんも親しみを込めて言ってくれてるんだろうし、まあいっか。
でもこんなに焦ってあわあわしてる小酒井さんは初めて見た。割とずっととんがったキャラだったから、なんだか新鮮だ。
「小酒井さんが俺をひらりんって呼んでくれるなら、俺はなんて呼んだらいい? ほのちゃん、とか?」
「ほのちゃん……? それはヤダ。麗華所長に呼ばれてるみたいだし」
「じゃあ、やっぱりほのか、か?」
小酒井さんがあまりにもあわあわしてるもんで、面白くて完全に冗談のつもりでそんなことを言った。
「ふぇっ!? なな、なんでアンタがあたしをいきなり呼び捨てにするのよっ!? ひらりんのくせに!」
なんなんだよ、ひらりんのくせにって?
──あ、怒らせたかな?
さすがに失礼だったか?
「いや、あの……親しみを込めたつもりなんだけど……ごめん」
でもやっぱり名前の呼び捨てなんて、いくら冗談だとしてもちょっと調子に乗りすぎだな。小酒井さんは機嫌を害したに違いない。反省だ。猛省だ。
──ん?
機嫌を害したというか……小酒井さんは顔中真っ赤じゃんか。大丈夫か? 風邪ひいて、熱でも出てるんだろうか?
そうだとしたら大変だ。こんな所で立ち話をしている場合じゃない。
「小酒井さん、体調は大丈夫か?」
「へっ? な、なんの話? 全然大丈夫だけど?」
小酒井さんはきっと俺に心配をかけまいとして、何もないフリをしているのだろう。
でもこんなに顔が真っ赤なのは、やっぱり熱があるからに違いない。
「無理すんなよ」
俺は右手のひらを、小酒井さんの額にぴとっと当てた。
やっぱり熱いじゃないか。
「ひゃぅっ……?」
今までキョドってあわあわしていた小酒井さんの動きが、ピタッと止まる。
そして潤んだ瞳で俺の顔をじっと見つめている。
「おいお前、やっぱり熱があるんじゃないか?」
小酒井さんの額は、かなり熱を帯びている。
瞳が潤んでいるのも、きっと熱のせいだ。
こりゃまずい。
本格的に発熱しているようだ。
「あの……お前じゃなくて、ほのかだし」
「はい?」
こんな時に、コイツは何を言っているのか?
そんなこと、今はどうでもいいじゃないか。
それよりも医者に連れて行かなきゃ。
でも変に逆らって、機嫌を害されても困るな。
きっと熱のせいで、おかしなことを言っているだけだろうけど、小酒井さんの言うことに合わせて、ほのかって呼ぶか。
「わかったよほのか」
「は、はいっ!」
なんだ? やたらと威勢のいい返事が返ってきた。
「熱は大丈夫か、ほのか?」
「はい!」
まただ。威勢のいい返事。
元気そうにも見える。
病気なのか元気なのか、いったいどっちだ?
「熱が出てるみたいだから、医者に行こうか?」
「い、いえ……だ、大丈夫! 大丈夫だから、とにかくオフィスに帰ろぉ」
「辛いなら遠慮するなよ? ホントに医者に行かなくていいのか?」
「うん、いい! 大丈夫だから。ホントに大丈夫だから。会社に戻らなきゃ!」
「あ……ああ。そう言うならわかったよ。とにかく会社に帰ろう、ほのか」
「はい!」
またもや威勢のいい返事。
うーん……ワケわからん。
でもほのかって呼ぶと面白いリアクションをするってことはわかった。
嫌がってるわけではなさそうだ。
面白いから、今後もほのかって呼んでやるか、あはは……
でもまあほのかの体調は大丈夫そうだし、少しほっとした。
一旦会社に戻ることにしよう。
愛堂さんも心配して待ってるだろうから。
そう考えて、俺たちはそれぞれの営業車に乗って、オフィスへと帰った。
***
オフィスに戻ると、予想どおり愛堂さんが心配そうな顔で出迎えてくれた。
「あ、どうでしたか?」
「あ、うん。ちゃんと謝ったら、氷川さんは許してくれたよ」
俺はそう答えたけど、愛堂さんはまだ心配そうに言った。
「でも氷川さんって厳しい人らしいから、かなり怒られたでしょ?」
愛堂さんが不安な顔をほのかに向けたら、ほのかは「あははー」と笑った。なんて能天気なヤツだ。熱が出て辛いんじゃないのか?
「それがね、ルカたん。あたしが着いた時には、氷川さんと平林君が和気あいあいと話してたんだよ」
「えっ……? そうなんですか? 凄いですね平林さん」
愛堂さんは元々綺麗な目を、これ以上ないくらい大きく見開いて俺を見た。
──いや、そこまで驚かなくても……
「あ、いや。氷川さんって高校時代サッカー部のマネージャーだったらしくてさ。たまたま俺のことを知ってたみたいで、そのおかげなんだよ。俺が凄いとかじゃないよ」
「あ……平林さん、サッカー部でしたもんね」
「え……?」
──あれっ?
「俺が元サッカー部だったって、愛堂さんに言ったっけ?」
「えっ? あ、いえ……言ってませんでしたっけ?」
「いや、言った覚えがないなぁ」
「あっ、そうでしたっけ? あっ、そうですね。今の話の流れで、そうなんだと思い込んだだけでした。あ、それとも他の人の話と勘違いしたかな。えへへ。あはは」
だよなぁ。愛堂さんに言った覚えはないし。
それにしてもいつも淡々としてる愛堂さんなのに、なんかキョドってる。
「さ、サッカー部ってカッコいいですね、ひ、平林さん」
「あ、いや。世間一般的にはカッコいいのかもしれないけど、俺はそうでもなかったよ。下手くそだったし。あはは」
高校のサッカー部の時にはトラブルとかもあったし、ちょっとしたトラウマになってる。だからあんまり高校サッカー部時代の話はしたくないんだよなぁ。
そんなことを考えていたら、愛堂さんはこう言った。
「あの、私…… サッカー大好きなんですよ」




