【123:宴の終わり】
***
慎重な神宮寺所長だからと安心していたから、飲むペースを上げてることに俺はなかなか気づけなかった。
「こら、凛太っち」
突然テーブルの向こう側からちょっと怒ったような声が聞こえた。
横を向いてルカと雑談してた俺が前を向くと、真っ赤で目が座った所長の顔があった。手にはお酒のグラス。
「キミはね、だいたいズルいよ」
「あ、すみません」
──だいたい……ズルい?
叱られたと思って反射的に謝ったけど意味がわからない。俺、なにか悪いことしたかな?
でも所長は怒ってる感じだし、とにかく心して話を聞こう。
「あの、所長……どういうことでしょうか?」
「まずね、他人のためを最優先で考えて行動する誠意がズルい」
「へ?」
説明を聞いてもさらに意味がわからなくなるだけだった。いや、所長のことだ。きっと何か深い含蓄のある話に違いない。
「次に、なんとか問題を解決しようと諦めない熱意がズルい」
「はい?」
「それからその優しそうな顔がズルい」
「えっと……つまり?」
ズルいとか言われてるけど、褒められてるような気もするし……でも叱られてるんだよな?
つまり、どういうことかわからない。
「つまりキミはズルい」
「えっと……すみません所長。俺、頭が良くないんで意味がわかってません。それはダメなことだから、直せとおっしゃってるんでしょうか?」
所長は人差しを立てて左右に振った。
「違うよ。褒めてるの。そんなキミだから、そりゃあ取引先にもチームメンバーにも信頼されるよねって」
「あ、ありがとうございます。……でもそれならズルいって?」
「いやもう、それはズルいしか言えないでしょ! この人たらしめっ!」
え? なんで褒められながら責められてるんだ?
って、責められるというより、からかわれてる感じか?
怒ってる顔じゃなくて、呆れてる?
いや違うな。感心してると言うか、惚けてる顔?
──あ。
この座った目つき。やっぱり所長は相当酔ってる。言ってることが支離滅裂だし。
普段の所長なら絶対にこんなこと言わない。
所長がちょっとニヤリと笑った。
やっぱりからかわれたみたい。
「そうだそうだっ! ズルいぞひらりん!」
おいおい、ここで乗っかってくるなよほのか。
話がややこしくなるだろ。
「なんだよ。なにがズルいんだ?」
「えっと……色々と」
思わずずっこけた。
やっぱコイツ、深く考えてなかったな。
やれやれ、という目を隣に座るルカに向けた。
「そうですね……ズルい……かもですね」
「うわ。ルカまでそんなこと言う?」
四面楚歌ってやつか。
そう言えば……と、初めて志水営業所に赴任してきた時のことを思い出した。
あの時俺は、もの凄い美女三人に囲まれてうまくやっていけるだろうかという不安に包まれていた。
うん。今まさにその不安が的中したのかもしれない。
美女に囲まれてからかわれるなんて……やっぱり怖すぎる。
──って、もしも男友達に言ったら『羨ましいだけだ。死ね、ひらりん』とか言われるんだろうけど。
とは言え、俺も半年前の俺ではない。
ここに来る前は、俺みたいな平凡男は美人に相手にされないだろうって思ってた。
だけど男とか女とか関係なく一生懸命やれば、認めてもらえるってことがわかった。
それはこの三人が単に美人というだけじゃなくて、みんな親しみやすくて性格がいいからかもしれないけど。
いずれにしても、美人だからというだけではビビらなくなったのは俺の進歩だ。
だからこの場もビビらずに、しっかりとした態度で臨もう。
「所長、ありがとうございます! 褒めていただいたと捉えて、でも俺なんかまだまだのところが多いので、今後も成長できるように精一杯頑張ります!」
俺の人生史上最高に爽やかな笑顔を心がけて、目一杯感じよく言ってみた。
「ふぁっ……」
「ほぇっ……」
「うううっ……」
そんな俺を見て、三人が三人とも変なため息をついた。
──あれっ?
やっちゃいましたか?
やっぱ俺みたいな平凡男が爽やかに振る舞っても、女性陣からしたらおかしいだけ……なんだろうか?
うわ、しまった。いいカッコなんてするんじゃなかった。
ごく普通にやろう。
「まあとにかく所長。もう飲むのはやめときましょう」
俺はさっきの雰囲気をリセットするように、真面目な感じで所長に言った。
「ええ〜? ヤダっ!」
なんだこれ?
所長がわがまま娘みたいになってる。
ヤバい。所長が壊れかけてる……
ほのかとルカもさすがに驚いた目を向けてる。
二人は一気に酔いが覚めたような顔をした。
「こら所長! 酔っ払いすぎだって!」
──え? えええ?
あろうことか、ほのかが所長の後頭部をパシンと平手打ちした。
なんてことするんだよ。こりゃ所長は激怒するぞ……
って一瞬血の気が引いたのだけれども。
「ふぎゃっ……」
所長は変な声を出して、後頭部を手で押さえて涙目になってる。
こんな所長見たことない。
いつもキリッとして大人っぽく所長が、酔って子供みたいになってる。
これは相当ヤバいぞ。
でも……こんな所長可愛い。
あ、いやいや。可愛いなんて言ってる場合じゃない。
「これ以上酔わせたら、ホントにヤバいな。そろそろお開きにしようか」
「うん、そうだね。あたしが所長の家まで送っていくよ」
ほのかが送り役を買ってでてくれた。
男の俺が送って行くより、ほのかが所長を送ってくれた方が問題はないだろう。
なんだかんだ言って、ほのかも優しいヤツだ。
そういうわけで、祝勝会兼決起会はお開きとなり、ほのかと所長は電車に乗って帰って行った。
俺とルカは駅の改札口で所長とほのかを見送り、ここから徒歩で帰る。
「じゃあ俺たちも帰ろうか」
「はい」
二人並んで自宅への夜道を歩き出した。
「いやあ、所長は盛大に酔っ払ってたね」
「ホントですね。あんなにキャラが変わるくらい酔った所長は初めて見ました」
「そうだね」
──と言いながら。
実は俺があんな所長を見るのは初めてじゃないことはルカには内緒だ。
「ルカも結構飲んでたけど大丈夫?」
「はい、私は大丈夫ですよ!」
横を歩く俺を見上げて、ルカは両手でガッツポーズをした。そのせいか足元がふらつく。
「あっ……」
ルカが俺の腕にしがみついて、転倒は避けることができた。
「ほら、言ってるそばから危なかったな。気をつけろよ」
「あ、はい……すみません」
申し訳なさそうに頭を下げるルカ。
また歩き始めたけど、よく見るとまだふらついてる。息も少し荒いしやっぱり結構酔ってるな。
「ホントに大丈夫か?」
「えっと……自分で思ってるより酔ってるみたいです。ヤバいですね。すみません」
「なんなら支えに、腕を持ってもいいぞ」
「ありがとうございます」
ルカは両手を伸ばして俺の腕を手で握る……と思ったら。
「あ? え?」
がっつり腕を抱きかかえるようにしてきた。
きっとだいぶん酔ってて、まっすぐ歩くのが難しいんだろうな。
ドキリとしたけどルカはそのまま歩いてるので、俺も歩みを止めずに歩き続ける。
腕にしがみつくルカの体温が熱くて汗ばむくらい。
お互いにアルコールが入ってるし、これだけくっついたら熱いのも当然だ。
「すみません凛太先輩。助かります」
「お、おう。気にしなくていいぞ」
酔い過ぎたのなら仕方ない。
俺の腕がルカの転倒防止に役立つなら全然構わない。
「送られ狼……」
「え? なんて?」
ルカが何かつぶやいたけど、声が小さくて聞き取れなかった。
「いえ。なんでもありません。今日はホント楽しかったですね」
「うん、そうだね」
「だから私もついつい飲みすぎました。ご迷惑をおかけして申し訳ないです」
「いや全然。迷惑だなんて思ってないから」
ルカは身体を預けるように、ピトっと俺の腕にくっついて歩いてる。
こんな状態はホント珍しい。大丈夫かな?
やがて二人の帰り道が分かれる場所まで来たけれども、ふらつくルカをこのまま一人で帰らせるわけにはいかない。だから少し遠回りをして、ルカの家の前まで送っていった。
「家まで送ってもらっちゃってホントすみません」
「いやいや、気にしなくていいから。じゃあまた明日からがんばろうな」
「はい。よろしくお願いします」
家の前でルカは、立ち去る俺が角を曲がって見えなくなるまで見送ってくれた。
ホントにいい子だな。
そこからは自宅まで一人で歩いて帰る。
さっきまでルカがくっついていた腕がスースーと涼しい。
宴の後ということもあって、急に寂しさを感じた。
「さあ、また今期も目標達成できるようにがんばろう!」
その寂しさを吹き飛ばす意味もあって、元気な声を出してみた。
半年後の締めの時にはまた志水営業所のみんなで美酒を味わえるように。
また精一杯がんばろう。
営業所の仲間の美女三人を思い浮かべながら、俺は心からそう思った。
軽〜く読める超短編書きました
◆『【短編】実の兄妹のはずが、血が繋がっていなかった 〜だからと言って恋に落ちたりしないよ。ぜぜぜ絶対に……〜』
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