【107:ルカは優しいな】
どぎまぎしたルカは、ずっと気になって頭に残っていたことを、つい口にしてしまった。
「あの……ほのか先輩は怒ってないでしょうか?」
「え? ほのかが? なんで?」
「だって私と二人で観戦に行くって凛太先輩が言った時に、ほのか先輩が羨ましそうな顔してましたから」
──ほのか先輩や所長にそのことを知られたくなかったのに……
ルカはホントはそう言いたかったのだけれども、そんな言い方をしたら凛太を責めることになってしまう。だから遠回しながら、心の中の引っ掛かりを口にしてしまった。
「いや、大丈夫だよ。ほのかは別にサッカーに興味はないんだから」
「それはそうですけど……」
「なぜか、確かに羨ましそうな顔はしてたけどな。きっとお祭り騒ぎみたいなところに行ってみたいって思ってんだろうね」
──いや、きっとそうじゃなくて。
ルカが何かを言いたげな表情で凛太を見つめていたら、凛太はふと何かに気づいた表情になった。
「ルカは優しいな」
「え……?」
「ほのかが羨ましがるようなことを言ったから、気を遣ってるんだろ?」
「あ、はい。まあ……」
「俺もさ。ルカと二人でサッカー観に行くことを、ほのかと所長に言うべきか迷ったんだよな。でもやっぱり言っとこうと考えた」
「そう……なんですか?」
てっきり深く考えずに凛太は話したのだとルカは思っていた。だけどそうじゃなかったのだ。
「内緒にしとくのは、なんだか他の二人を裏切るような気がしたんだよね。俺はできるだけ、ルカにも他のみんなにも、正直でありたいと思ってる」
真剣な顔の凛太。
「この前のアニメ映画みたいにさ、みんなに言うと恥ずかしいからとか、理由があったらもちろん秘密にするけどね。そこは俺は口が固い方だと思うので安心してくれ」
「あ、はい。それは信用してます」
「だけど特に秘密にする必要のないことは、隠し事はしたくないんだよなぁ。……ルカは俺の気持ち、わかってくれるかな?」
──そうだった。不器用なくらいに真っ正直で、他人のために一生懸命になる人。それが凛太先輩だった。
ルカは改めて、そう思い返した。
そしてそんなところが、とても好きなのだと改めて思う。
「はい。わかります」
「うん、ありがとう」
ルカの首肯に、凛太は嬉しそうに微笑む。
「それにさ。ちゃんと言っといた方が、ルカだって先輩二人に変な気を遣わなくて済むだろ? 後でバレたりしたら、余計に変に思われるだろうし」
──いや、それは……今日のことを二人に言うのは、凛太先輩が思っているのとは違う意味で気を遣うんですけど……
とは思うものの。
確かに後でバレたら、たぶん取り返しがつかないくらい、ほのかに嫉妬されるに違いない。
「それに二人に隠してたら、俺もルカもせっかくのサッカー観戦を心から楽しめないかなって。心置きなくサッカー観戦したかったんだよ」
確かにああやって大っぴらにしておいて、そしてなんのやましさもなくサッカーを見たことを後日報告した方がいいかもしれない。
──そうよね。凛太先輩とはサッカーを観ただけで、特にやましいことはないってちゃんと報告したら、ほのか先輩も許してくれるよね。うん、大丈夫。
そこまで考えて、ふとルカは気がついた。
いつもグジグジと考えてしまって、思い切った行動ができない自分なのに。
今はポジティブに考えている自分がいる。
これは──やっぱりいつも前向きな凛太の影響なのだとルカは気づいた。
「あ、はい。そうですよね。ありがとうございます、凛太先輩!」
吹っ切れた気がして、ルカは笑顔で感謝を口にした。
「せっかくの日本代表戦だし。今日は思いっきり楽しもうぜルカ」
「はい。りょーかいです」
手をおでこに斜めに当てて、兵士のような敬礼をするルカ。嬉しそうに目を細めた顔が滅法可愛い。
そんなルカを見て、あまりの可愛さに今度は凛太がドギマギする。そんな凛太の姿に、ルカは嬉しくて思わず「うふふ」と声を漏らした。
「ん? ど、どうしたんだよ? 俺、なにかおかしなこと言った?」
「いいえ。やっぱり凛太先輩だなぁ……って思ったのです」
「え? それって、もしかして俺ディスられてる?」
「いえいえ。最大級の褒め言葉ですよ」
「ええ〜? そうかなぁ? 子供みたいだって思われてるような気がする」
「まあ、そうですね」
「あ、やっぱり!」
悔しそうな凛太に、ルカは口を押さえて「ぷっ」と笑いを漏らす。
──子供のような真っすぐさも凛太先輩の魅力ですね。
ルカは心の中で、凛太にそう語りかけた。
***
「いやあ、やっぱスタジアムの雰囲気はサイコーだなぁ!」
超満員のサポーターで青に染まったスタンドをぐるりと見回して、凛太は感嘆の声をあげた。
サッカーのピッチを横から観るメインスタンドの中段の真ん中辺りに、二人は並んで座っている。ここは試合がよく見える席だ。
「こんな良い席で試合を観れるなんて、ホント、ルカのおかげだよ!」
「はい、私も嬉しいです」
ルカも少し興奮して、キョトキョトとスタンドを見回す。
左右に首を振って周りを見ていた凛太が、ふと近く座る女性の顔に目を止めた。
「あっ……」
「どうしたんですか凛太先輩?」
「日の丸のフェイスペイント……いいなアレ」
凛太はまるでお菓子を欲しがる子供みたいに、ボソリと呟いた。




