【103:ルカは逡巡する】
◇◇◇◇◇
<ルカside>
飲み会がお開きになりみんなと別れたあと、自宅までの道のりを一人歩きながら、ルカは心にざわつくような感覚を抱いていた。
それは麗華とほのかの、凛太に対する態度。
麗華が男性に向かってカッコいいなんて言うのを初めて聞いた。
今まで例えば芸能人に対しても、彼女がカッコいいなんて言うのをルカは聞いたことがない。
──麗華所長は凛太先輩のことを、よっぽどお気に入りなんだなぁ。
そしてさらに意外なのがほのかの発言。
ほのかが凛太に『大好き』というセリフを言うなんて考えられないことだ。
なんてったってほのかは毒舌キャラなんだから。
「ほのか先輩がポジティブな感情を素直に出すのはいいことよね。同僚として大好きだって言ってたし」
歩きながら、ついそんな言葉が口をついて出た。
だけど。
──本当は、異性として好きなんじゃないのかな?
ルカの女の勘がそんなことを耳元で囁く。
「あ、でも……もしそうだったとしたら、ほのか先輩と凛太先輩ならお似合いかも」
あえてルカはそんなセリフを口にした。
そうしないと、自分の感情がぐちゃぐちゃになりそうだったから。
──そう。
自分にとって凛太は、遠くから眺めるだけの憧れの人。
それでいいんだ。
それでいいって心に決めたんだ。
それ以上のことを望むがために、万が一凛太との仲がぎくしゃくするのは嫌だ。
「それにほら。凛太先輩だってほのか先輩のことを大好きだって言ってたし。きっと凛太先輩は、私みたいな面白味のない女より、ほのか先輩のような明るくて楽しい女性が好みに違いないよね」
──だから私は、これ以上凛太先輩との仲を近づけたいとか願うべきじゃない。なんなら凛太先輩とほのか先輩がうまくいくように、私は応援することにしよう。
ルカはそう自分に言い聞かせながら、自宅にたどり着いた。
***
「お帰りルカ」
「ただいま」
ルカがリビングに入ると、母がいつものように笑顔で迎えてくれた。
「そうそう。パート先の社長さんからからね、サッカーのチケット貰ったんだ。予定が入って行けなくなっちゃったんだって」
「ふうん」
「来週の日曜日に日本台スタジアムであるらしいよ。ワールドなんちゃらってやつ。お母さんサッカーわからないし、ルカにあげる。二枚あるし友達と行ってきなさいよ」
「え……まさか?」
日本台スタジアムというのは、地元志水市のプロサッカーチームの本拠地である。
そこで来週の日曜日に行われるワールドなんちゃらと言えば──
「まさかワールドカップアジア最終予選の日本代表戦チケット!?」
「あ、うん。そうかな……? よくわかんないけど。かなり貴重なチケットだって社長さんが言ってた」
母が差し出したチケットを見ると、間違いなくワールドカップ予選のものだった。
しかもメインスタンドと書いてある。値段が高いいい席だ。
──うわっ、プラチナチケット。
現在日本代表は最終予選グループで、ライバルのオーストラリアと同点で首位に立っている。そして来週の試合はまさにそのオーストラリアとの最終戦。
つまりこの試合に勝った方が、来年行われるサッカーワールドカップに出場が決まるのだ。
ワールドカップのアジア最終予選を地元志水でやるなんて、ただでさえめったにないことだ。しかもこんなに超重要な試合なのだ。
サッカーをあまり知らない母はわかってないけど、こんなチケットは普通ならめったに手に入らない。レア中のレアものなのだ。
凛太の影響で今ではサッカー好きのルカにとっては、ぜひ一度生で見てみたい喉から手が出るほど欲しいチケットだった。
思わずごくりと喉を鳴らして、ルカは受け取ったチケットをマジマジと見つめる。
「ホントにいいの?」
「うん、いいよ。他に誰も行きたい人がいないって社長さんが言ってたし」
──凛太先輩……めちゃくちゃ喜ぶだろうなぁ。え? もしかして私と凛太先輩二人でサッカー観戦?
凛太と二人でサッカーを見に行くシーンがふと頭に浮かんで、ルカの口から思わず「ひゃん」と声が漏れた。
「どうしたのルカ? 大丈夫?」
「あ……な、なんでもない。大丈夫だから。ははは」
苦笑いで母を誤魔化して、ルカは自分の部屋に急ぐ。
元サッカー部である凛太にこの話をすれば、とても喜ぶのは間違いない。
だけど休日に二人で出かけることを誘っていいのだろうか?
もちろん凛太とお出かけできるなんて、それはルカにとって飛び上がるほど嬉しいことだ。
だけど凛太との距離を近づけることを願ってはいけない。
さっきもそう自分に言い聞かせたはず。
それに個人的に一対一で出かけるのは、麗華所長やほのかにも、変な感情を抱かせてしまうのではないか。
そんな考えがルカを圧迫する。
土日の休みの間もずっと、ルカは思い悩んでいた。
そして──
やっぱりこのチケットのことは凛太には言わないでおこう。
日本代表戦は、自分一人で観に行くことにしよう。
そう結論付けて、月曜日を迎えた。
***
月曜日の昼休み。
ほのかと麗華は顧客回りで外出していて、たまたまオフィスにはルカと凛太二人だけがいた。
二人とも弁当を食べ終わって、ほっこりとした雰囲気になっていた時に、凛太がふとルカに話しかけた。
「そう言えば、今週末の日曜日は日本代表戦だな!」
普通ならいきなり日本代表戦なんて言われても『何の話?』となるだろう。
だけどサッカー好きの間でこのワードは『今週末はいよいよ、サッカー日本代表のワールドカップアジア最終予選の大事な試合だな! めちゃくちゃ楽しみ過ぎて俺は死にそうだ!』ということまで意味してる。(多分)
ルカは一瞬、もしかしてチケットのことを凛太が知ってるのかとギクリとしたが、サッカー好きならごく当たり前な会話だと思い直した。
アニメ好きが『今週末から2期だな!』と言うだけで、『いよいよあの超期待なアニメ〇〇の2期がテレビ放映始まるな! 楽しみすぎて夜しか寝られない!』と言いたいのだと理解するし、オタク同士でその話題を出すのは極めて当たり前、というのと同じだ。
「そうですね。すっごく楽しみですね。オーストラリア、倒せますでしょうか?」
「オーストラリアはアジア最大のライバルだからな。でも今の日本代表ならきっと大丈夫だ。楽しみすぎる。早く日曜日にならないかな」
「凛太先輩。まだ月曜日で今週が始まったばかりですよ」
「あっ、そうだな。いや、すまん。楽しみ過ぎる気持ちがあふれ出してるよな、あはは」
「ですね、ふふふ」
凛太は高校時代の部活でトラブルがあったせいで、サッカー部時代の話はあまりしたがらない。
だけどサッカーそのものは今も大好きで、歓迎会の日に二人で話題が盛り上がって以降も、何度かルカとサッカー談義に花を咲かせている。
ホントに楽しそうな笑顔を見せる凛太。
そんな凛太の笑顔が、ルカの心に針のようにチクリと突き刺さった。
凛太がそこまで楽しみにしている試合を生で観れるチケットを自分は持っている。
そのことは凛太には言わないでおくと心に決めたけど、凛太の笑顔を見ると──黙っていることに、ルカは心の痛みを覚えたのだ。
──どうしよう……私、どうしたらいいんだろう?
ルカは心の中でぐるぐると渦巻くように感情が揺れ動くのを感じる。
「あの……凛太先輩……」
ルカは躊躇いながら口を開いた。
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