【101:なぜかみんなが凛太を褒める】
「うぐっ……いや、俺たちはそんなことはやって……ない」
もう声にならないような小さな声で、勝呂さんは唸るように言葉を絞り出した。
そこに追い打ちをかけるように神宮寺所長が冷たく言い放つ。
「とぼけてもムダですよ勝呂先輩。私もさっき、取引先から裏を取りました。往生際が悪いですね。いい加減負けを認めたらどうですか?」
所長は、さっきまで接待していた取引先の担当者から、リベートの話を聞き出したらしい。
「何を言ってんだよ麗華。これくらいのことでとやかく言うなよ。ビジネスの世界は食うか食われるかだ。人のためとか正々堂々だとか、きれいごとでは成功できない。俺は今までそうやって成功してきたし、今後も成功者になりたい。お前だってそうだろ?」
勝呂さんはこの期に及んで、まだそんなことを言ってるのか。呆れてものも言えない。
「いいえ。私はそうは思わない。自分の利益よりも人のために一生懸命になって、そしてしっかりと結果も出す。そうすべきです」
「そんなのは甘ちゃんの理想論だ。机上の空論だ」
「いいえ。世の中にはそういう人がいますよ。ねえ平林君」
「はい、俺もそう思います。俺なんてまだまだ成功するには程遠いけど、それでもやれると信じています」
「そんな甘いことを言ってないでさ、麗華。また俺と一緒にやろうぜ」
勝呂さんは笑みを浮かべて、猫なで声を所長にかけた。
しかし所長はクールにピシッと言い返した。
「私は自分のチームメンバーを裏切る気なんて、さらさらありませんから」
「あ、ほら。お前は俺に憧れてるって言ってたよな。だからさ、また一緒に……」
「そう言えば、昔は勝呂先輩をカッコいいと勘違いしてた時期がありましたねぇ」
「勘違い?」
「今は人を見る目ができましたから。あなたなんかよりも、この平林君の方が、よっぽどカッコいいってわかりますよ、勝呂先輩」
「はあ? この冴えない男が? 俺よりカッコいい?」
──いや、ちょっと待って。
いくら勝呂さんに対抗するためとは言え、このシリアスなシーンで、そんな冗談をぶち込まないで欲しいよ所長。
ほら。勝呂さんも呆れ返って、なにげに俺をディスってるし。
彼に文句を言いたいとこだけど、話の主旨はそこじゃないから俺は黙っとく。
「ええ、そうですよ。あなたはビジネスマンとしても、男としてのカッコ良さでも、平林君に負けてる」
「ははっ……何を言ってんだ麗華。俺に反発したいのはわかるが、そんな説得力のない話をされてもなぁ……」
肩をすくめて呆れ顔をした勝呂さんに、ルカが横から声を発した。
「いいえ勝呂さん。私もそう思いますよ。凛太先輩の優しい顔はイケてます。あなた方よりも私は、凛太先輩の顔が絶対好みです」
──え?
ルカまでがそんな……
いくら勝呂さんをやり込めるためのセリフだとわかっていても、そこまで言われたら恥ずかしすぎて隠れてしまいたい……
──と呆然としてたら。
突然ほのかがなぜかワチャワチャし始めた。
「あああ、ちょっと待って待って待って! みんながそんなに言うなら、あたしにも言わせてよっ!」
なんか負けじと前に出てきてる。
どうしたんだコイツ?
いや、別に乗り遅れちゃいけない流れとかじゃないから。
「ひらりんの顔ってね。えっと……あの……見慣れたらすっごくカッコいいし可愛いんだから!」
「み……見慣れたらって……」
いや、ほのか。
とって付けたように言わなくていいぞ。
あまりの作り話に、かえって悲しくなるから。
「あ、ごめんひらりん。えっと、それから……」
ほのかはなんだか、一生懸命セリフを探してる。
なんとかして俺の良いところを探そうという、その姿勢はありがたいけど。
「それにひらりんは、あんたらみたいな”張り子の虎イケメン”じゃないんだからね!」
「張り子の虎イケメン? なんだよそれ?」
「ガワしか無くて中身がスッカスカってことよ!」
ほのかは人差し指を立ててドヤ顔。
上手いこと言ったでしょオーラが半端ない。
──いや全然上手くないから。意味がかえって伝わりにくいだろ。
ほのかのそんな態度に勝呂さんはあっけに取られてる。
何を隠そう、俺もあっけに取られてる。
「でもひらりんは、スイカイケメンだから。中身もぎっしり詰まってるのよっ! おっほっほ」
なんだよ、おっほっほって。
ほのかの暴走が始まった……
スイカイケメンってなに!?
「ほのか先輩。スイカイケメンって、なんですかそれ? もうちょっといい例えはないのですか? カッコ悪さ盛り盛りですが?」
「い、いいのよっ! あたしがスイカ大好きなんだからっ!」
「そうなんですか?」
「そうよ」
「じゃあ食べちゃいたいくらいのイケメンってことですか?」
ついさっきまでシリアスなシーンだったはずが。
ほのかの暴走に毒されたのか、ルカまでがわけのわからないことを言ってる。
「うん、食べちゃいたいくらい!」
ほのかはペロリと舌で赤い唇を舐めた。
めっちゃセクシーだ。
「うぐぉっ⁉︎」
アイドルみたいな可愛い顔でそんなエロいこと言われたら、さすがに冗談だとわかってても思わず変な声が出た。
いやいや、ホントになんなんだよこの会話。
女性への耐性の低い俺に向けてそんなセリフはやめろ。
いや、やめてください。
「ここここらっ、ルカたん! 何を言わせるのよっ!」
ほのかはテンパって顔が真っ赤だ。
焦ったように俺を睨んだ。
ルカが言わせたっていうより、ほのかが勝手に暴走してるだけじゃないか。
「ももも、もちろん冗談だからねっ、ひらりん!」
「ああ、わかってるよ」
そんな俺たちのやり取りを勝呂さんは呆然と眺めていたが、突然ハッと我に返って怒りだした。
「おい、お前ら! なめるのもいい加減にしろっ! なんの話をしてるんだよ!?」
「ふふふ、まあまあ勝呂さん。落ち着いてくださいよ。これで私たちの結束の強さがわかりましたでしょ?」
こんなハチャメチャ展開にもかかわらず、所長は落ち着いた態度で勝呂さんに切り返した。さすがだ。
「はんっ。会社は仲良しクラブじゃねえ。いくら仲良くったって、仕事が上手くいくかどうかは別モノだ」
「さあ、どうでしょうね? それはこれからはっきりするんじゃないですか?」
所長は不敵に笑って、そして背筋を伸ばし、人差し指を勝呂さんにビシッと向けた。
「とにかく勝呂さん。私たちは正々堂々と闘って、あなた達を打ち負かします!」
うわ、所長。抜群のスタイルと美形な顔でのそんなセリフ。カッコ良すぎる!
勝呂さんは神宮寺所長の迫力に圧倒されて、「うぐっ」と唸った。
「所長! 俺たちは所長にしっかりとついて行きますよ。真っ当なやり方で勝ちましょう! なあほのか、ルカ!」
「もっちろんよぉ!」
「はい! 所長と凛太先輩のためなら私がんばれます!」
「あれっ? あたしはぁ?」
「あ、もちろんほのか先輩のためにもがんばりますよ」
「ふぇっ……あたしを仲間外れにしないでよぉ……」
またバカバカしいやり取りを始めた俺たちを見て、勝呂さんは苦々しげに言い放った。
「くっ……好きにすればいいさ。そして後悔したらいい」
勝呂さんは言葉の内容は強気だが、声は弱々しくて顔も憔悴しきっている。
俺がさっき言ったように、地元の有力企業の間にヒューマンリーチ社の悪評が立てば、圧倒的に仕事がやりにくくなることを彼もわかっているに違いない。
「いいえ、勝呂さん。あなたこそ後悔なさらないような仕事をしてくださいな」
所長は冷たく返して、俺たちに「さあ、帰りましょうか」と声をかけた。




