【10:ルカはほのかをケアする】
ルカが洗面所に入ると、ほのかは真顔で鏡をじっと見つめていた。
「ほのか先輩、見っけ」
「あっ……ど、どうしたのルカたん。なにか用?」
「あの内定者さん、どうやって辞退を取り消してもらったんですか?」
ルカの質問に、ほのかは経緯を説明した。
「へぇ、やりますね、平林さん」
「あ、ああ……えっと……まあね。それはありがたいんだけど、ちょっとムカつく……」
ほのかは唇を尖らせて、頬をぷっくり膨らませている。さすがに美女。そんな顔も可愛い。
「私、思ったんですけど」
「なに?」
「ほのか先輩は平林さんが、私達に気に入られるために媚を売ってるって言ってましたよね?」
「うん、そう思ってるけど、なに?」
「そんな人がいきなり、仕事のことでハッキリと注意をするでしょうか?」
「いや、あの……」
「やっぱり平林さんは、媚びてるわけじゃなくて親切な人。そして相手のことを思って言いにくいことでも言おうとする人。そんな人だと思うんですけど、ほのか先輩はどう思います?」
「あ……」
ほのかはルカの言葉に、何か言いたそうだけれども、口をパクパクするだけで言葉が出ない。
まるで金魚だ。
「まあ平林さん、だいぶんほのか先輩に気を遣いながら言ってましたけどね」
「ま、まあそうだけどさぁ…… あ、あたしだってそれくらいわかってるし」
ほのかは両手を腰の横で、ブンブンと前後に振ってる。小柄だから、まるで駄々っ子の仕草みたいに見える。同時に揺れている豊かな胸は、全然子供っぽくはないが。
そんなほのかをあやすかのように、ルカは優しい声を出した。
「ですよね、ふふふ。とにかくほのか先輩。とにかく内定辞退は回避できて良かったですね」
「あ、うん。そだね、ありがと」
ほのかは少し複雑な表情でルカにそう返事した。
◆◇◆◇◆
〈凛太side〉
愛堂さんは小酒井さんをケアすると言って、トイレに行った小酒井さんを追いかけた。愛堂さんは『素直に謝っといてくださいね』というアドバイスもくれたし、ホントにありがたい。
そんなことを考えていたら、小酒井さんが一人でトイレから戻ってきた。
「あ、小酒井さん」
俺が声をかけると、彼女はじっと俺を睨んだ。
やっぱりまだ不機嫌なのか?
ちょっと怖い。大丈夫かな?
あ、いや、ビビってる場合じゃない。
ちゃんと謝らないと。
「小酒井さん、ごめんな。悪かった」
「な……なんで謝ってるの?」
俺の突然の謝罪に、小酒井さんはとても意外な顔をしている。
「いや、まだ出会ったばかりなのに、偉そうに指摘したからさ。それに後輩の愛堂さんの目の前だったし」
「あ……いや、別にルカたんの目の前って、それは関係ないでしょ。それともなに? あたしが後輩の前で指摘されたら嫌がるような、心の狭い女とでも?」
いや、その可能性があると愛堂さんが教えてくれたからなんだけど……
かえって気を悪くさせたか?
「いや、そうじゃないけど。誰だってそういうのは嫌かなぁと思ったから謝る」
俺の言葉を聞いて、小酒井さんはちょっと考え込むように無言になった。
もしかしてヤバいか?
うーん……誠意を持って謝ってるつもりなんだが…
小酒井さんには通じないのだろうか?
──と思っていたら、小酒井さんは突然俺の顔をじっと見て、落ち着いた声を出した。
「あたしはそんな心の狭い女じゃない。平林君が言ったことは、落ち着いて振り返ったら、確かにそうだなって気づいたのよ。だからさっきはあんな態度を取って悪かった。あたしの方こそ謝る」
「えっ……?」
小酒井さんがペコっと頭を下げた。
マジか?
俺の気持ちが……通じた?
しかもさっきまではアンタとしか言わなかったのに、今は初めて名前を呼んでくれたよ。
「それよりも、お礼をまだ言ってなかったよね。内定辞退を撤回してもらえたのは、平林君のおかげ。ありがと」
小酒井さんはまだ憮然とした表情なんだけど、頬がほんのり赤くなってる。
この人はペラペラと喋れる割には、なかなか本音が言えない、素直になれない不器用なタイプなんじゃないか?
愛堂さんが言ってたように、やっぱりホントはいい人なんだという気がする。単なる直感だけど。
「あのさ……」
「なに?」
「さっきのプリン、もらってもいい?」
「えっ……? 甘い物は苦手じゃ?」
「ううん。あれはルカたんが勝手に言っただけ。ホントは甘い物、大好きだし。特にプリンは大好物」
──そうなのか!?
そりゃ良かった!
プリン好きに悪いヤツはいない!
俺は心の中でガッツポーズ……とまではいかないが、ホッとした。
「そっか。じゃあ、今から食おっか」
「仕事中なのに?」
「所長は外出中だし、今からおやつタイムってことでいいんじゃね?」
「なるほど」
俺がニヤリと笑うと、小酒井さんもニマっと笑った。アイドルのような美少女なのに悪い笑顔だ。
俺が冷蔵庫からデザートプリンを出してる間に、小酒井さんがスプーンを二つ出してくれた。今まで無愛想だった反動で、それだけでも凄く優しく感じる。
やっぱり本当は、小酒井さんはきっと優しいヤツなんだよ。
「「いっただきまーす!」」
小酒井さんはプリンの蓋を外しただけで、ペロリとピンクの唇を舌で舐めた。ちょっとセクシーだ。
──きっとコイツ、食いしん坊だな。
俺はそう確信した。
そして二人してプリンをパクつく。
その時ガチャリとオフィスのドアが開いた。
「あーーっっっ! 二人ともズルいです!」
「なかなか帰って来ないルカたんが悪いのだ」
小酒井さんはプリンを食べる手を止めることなく、愛堂さんに悪態をついてる。
──のだ……って何だよ。面白いヤツ。
と凛太は苦笑いする。
「じゃあ、私も食べます!」
愛堂さんは悔しげな顔で地団駄を踏みながら、冷蔵庫に向かって歩いていく。
結局──
三人して、仕事中にプリンを平らげた。